どうせ泣くのなら。
晴れ時々雨
第1話
彼と交際することになって気づいたことがある。
深く知っていくにつれ、より彼の内部に潜りたくなった。自分を彼の一部に、彼を自分の一部にしたい。私は他人を愛することはその人との同化だと無意識に思い込んでいた。しかし感情が肥大化するにつれ、同化が唯一不可能なことであるという事実に打ちのめされ、彼の気持ちを知る前とは違う切なさに胸を焦がしていた。
トータル的に彼に甘えることが多くなった。彼も私を好きだと言ってくれるけれど、何故かいまいち信じきれていない自分がいた。直接感じたくて、すぐに体で求めてしまう。私を愛でる彼の肌の熱さだけは信じられた。けれどその熱は一過性で、一晩たてば夢にさえ思える儚さだった。言葉で確かめたいと口を開きかけてやめる。こんなことの繰り返しだった。
彼といる自分はめんどくさい部類の人間だった。逢瀬が明け、別れると急いで一人になれる場所を探す。そうしないと人前で涙をさらす羽目になるからだ。彼とのひと時の別れは、まるで今生の別れのようだった。次の約束をしてさよならをする時間が来るたび、永遠の別れをする気分。そんなことあるわけがないと分かっているはずなのに、櫂海と離れるといちいち胸が切り裂かれるような苦しみに襲われ、その激しさに耐えられなくなって泣いてしまう。こうしてなんとか説明しているけれど、本当は上手く表せる言葉を知らない。ただかなしくて、本当に悲しくて涙が止まらない。あまりにも苦しくて、心臓が何かに握り潰されているような感覚がする。
彼とならどこへ行ってもいい。でもなるべくなら私たちしかいない場所がいい。そこでならどんなに求めても彼は応じてくれる。そんな優しさがときに不信感を煽った。身勝手な自分の欲が、どす黒い穴のように突然目の前で口を開く。(あなたの優しさが欲しいんじゃない)。彼の愛し方の正解を誤っているのかもしれなくて不安だ。
櫂海は私に何も求めない。縛りもしない。ひたすらな優しさに包まれると物足りなく感じることさえあった。私は彼に大事にされながら、さも傷つけられたかのように悲しみ、そのうえ実際に形に残るよう傷つけられても構わないとまで考えていた。こうした私が彼に対して抱く揺るぎのない感情は、それ故に危なっかしいものだったろう。
判断基準が極端に偏き始めると、現実的な別れを想像するようになった。もし櫂海の望みが別離なら受け入れる。安直に彼の望みを叶えられる喜びと、彼を想うかなしみからの解放でしばらくは気が晴れるだろう。けれどそうなったらあっさり人の姿を放棄する自信がある。
きっと櫂海にはこのあさましい気持ちがバレていたのだと思う。だから彼は敢えて優しさだけを私に与えたのだ。
櫂海は私に、自分の認識について疑わせるような行動をとった。まるで私を尊い人物であるかのように扱うのだ。彼の言動を途中まで信じれば、この上なく情けない人間になれる。けれど彼の優しさに正気を失い切ることが出来ないさもしい私は、感受し慣れた痛みに変換して、それに直面するしかなかった。
もうここまで違う生き物同士が同じ時間を共有することなど不可能だ。正直に全部を言い表すなら、彼のやる事なす事すべてに、なぜどうして、と疑問ばかり募っていた。なのに離れることが自分の選択肢にはない。
どうして、の解として、彼は私の後ろに別の人物をみている、という結果を導き出した。私たちが、前世か何かで運命と死を分かち合い、後世を約束した間柄なのではないか、という突拍子もない考えが、真実のような顔をしてひょっこりと現れたのだ。
ならばしかたない。どちらかが死ぬまで、或いは櫂海が別離を提案するまで、苦しみを抱きながら誤解を与えつつ、余生を全うする。余生ったってまだだいぶあるからつらい。ひとまず待ち合わせの店へ向かう。時間は30分過ぎた。待ってもらわないと向かえない私をいつも待つ、櫂海の姿を確認しなければ。
どうせ泣くのなら。 晴れ時々雨 @rio11ruiagent
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