第3話 悠月の父親

 地図の作成は、思っていた以上に労力のいる作業だった。


 安佐度アサドの要求は、単に国や山河の位置関係に留まらず。その地で目にできる建物や人々の姿、植物など、かなり細かいところまで再現させようとしていた。


 当然、講義の時間だけでは間に合わず、昼の休憩時や帰る間際に集まって仕上げることになってしまう。

 自然と、四人で過ごす時間が増えていった。

 


「悠月殿の筆運びは迷いがないな」


 真人の言葉に、目を丸くした悠月が照れたように視線を落とす。


「そんなこと無いですよ。雑念だらけです。ただ」

「ただ?」

「父の雑記帳に破理亜ハリア国の宮殿についての記述があって。それが無意識に頭に残っていたんだと思います」


 その言葉に驚いた。

 すかさず探りを入れる真人。


「雑記帳に破理亜ハリア国のことが書かれているとは! お父上はどのような方なのですか?」


 いつものように、一颯が間に入ろうと口を開きかけたが、悠月は警戒する様子も見せずにあっさりと明かしてくれた。


「こちらの、大学寮の算道博士でした」

「えっ」

「僕が幼い頃、事故で亡くなってしまったのですが」


 ああ、だから……

 聖樂みらく博士とも縁があったのか!


 大学頭だいがくのかみ以外の博士の位階は正六位のため、悠月が最初に言っていた、家の位階が六位以下という言葉も辻褄が合う。


 なんだ、そう言うことか。


 種明かしをすれば大した事情では無かったと拍子抜けした真人だったが、雑記帳の内容には心惹かれるものがあった。


 それに……事故で亡くなったとは曰くありげだな。さり気なく尋ねてみるか。


「お父上のこと、お悔やみ申し上げる」

「もう、十年も前のことです」

「雑記帳はお父上の形見になってしまったのですね」

「……そう、ですね」

「おいっ」


 堪りかねたように一颯が間に入ってきた。


「人の傷抉るようなことをへらへらと尋ねやがって」

 

 その言葉に、流石の真人も急ぎすぎたと気づいた。


「すまない」

「いえ、大丈夫です。幼い頃のことなので、父との思い出もこれくらいしかありませんし」


 案外さっぱりとした悠月の反応に、ほっと胸をなでおろした。


 気まずくなりかけた空気を払いのけるように、静かな声が課題という現実へ引き戻してくれた。


破理亜ハリア国の宮殿の壁には、一面に施釉瓦せゆうがわら(青い瓦・タイル)の装飾が施されていると安佐度講師は仰られていました。他の組と差をつけたいなら、絵に色をつけるのもありかと」


「「「えっ!?」」」


 声の響きとは裏腹に、大胆な弘杜の提案を聞いて、初めて三人の声が揃った。


藍銅鉱らんどうこうの顔料なんて、簡単に手に入るわけないだろう」


 目を剥く真人に淡々と答える弘杜。


「東市に時折余剰品が出回りますよ」


 ぽんと膝を打って一颯が言う。


「明日にでも行くか」

「おい、お前ら……貴族の子息たるもの、市に自ら出入りするなど」

「ふん、これだから箱入り息子は役にたたないんだよ」


 細めた目元に微かな優越を浮かべながら、一颯が真人に言い放った。


「そう言うお前は行ったことがあるのか!」

「当然だな」

「私は時折、使用人のふりをして見にいきます。市はこの国の縮図であり、国のあり様がよくわかりますので」


 涼やかな面立ちが少しだけ好奇心に色づく。怜悧な瞳を輝かせて弘杜も頷いた。


 部の悪さを感じた真人は、縋るように悠月に目を向けた。

 

「僕も一颯さんと一緒に何度か」

「なっ……」

 

 はあっとため息を吐いて目を瞑った。


 齢十六となるこの歳まで、真人は何事も他人に後れを取らぬよう精進してきたつもりだった。その中には、貴族の子息としての品格を守ることも含まれていたのだが、よもやそれが世間知らずで甘い輩と蔑まれることになるとは思ってもみなかった。


「わかった。明日みんなで行こう」



 翌日の講義の後。

 大学寮から南に四半刻ほどの道のりを歩き、東市を目指す。

 道中でこっそりと衣服を着替えた。


 常日頃、色を重ねた仰々しい格好をしているが、今は単色の麻布一枚。

 少々肌寒く感じるも、案外身軽で動き易い。


「一颯さんと真人殿は、手足が大分出てしまっていますね。お二人と同じ身の丈の方は少ないですから」


 そう言いながら、クスクスと笑みを漏らす悠月。


案山子かかしみたい」


 と言ってまた、「ふははっ」と声をあげて笑った。


 長い手足を持て余し、なんとも情けない顔になった真人と一颯が顔を見合わせてから、ふんと背け合った。 


「悠月殿は案山子を見たことがあるのですか?」


 弘杜が溢れ出る探究心を隠すことなく尋ねる。


「ええ。母方の里には田んぼがあって、父の死後しばらく厄介になっていたので」


 素材は? 効果のほどは? と立て続けに問う弘杜へ丁寧に答える悠月を見ながら、真人は改めて思った。


 悠月殿は色々苦労しているんだな。


 にも関わらず、清らかな美しさを纏い続ける悠月に、世を呪う陰りは微塵も感じ取れなかった。


「しまった! 市が閉まる日没まで、残り半刻ほどしかありません。急ぎましょう」


 市の内情に詳しい弘杜の案内で、一先ず真っ直ぐに顔料屋へ向かう予定だ。



 成条京にはこの東市と対になるように西市も開かれていて、共に多くの人々の生活を支えていた。


 官営のため市司いちのつかさによって管理されており、米、塩、魚といった食料品から衣類、食器、文具等の日用品、弓や鞍まで何でも揃う。

 開いているのは正午から日没まで、敷地は七万平方メートルにも及ぶ。

 

 取引は売り手と買い手の合意によって決められ、物々交換が主流だ。少しずつ貨幣も使われるようになってきたが、まだ十分な流通量とは言えなかった。


 使用人の姿に変装した四人組。

 なるべく目立たぬように歩くつもりが、目新しさにきょろきょろと視線が動く。


 客引きの大きな声。

 目にも眩しい色の洪水。

 行き交う人々の熱気。

 鼻腔をくすぐる汁物の匂い。


「これが市というものか……」


 にぎにぎしい雰囲気に少しばかり度肝を抜かれた真人の横で、悠月が嬉しそうに人々を見つめていた。


「やっぱり、活気があって楽しいですね」

「今日は迷子になるなよ」

「あれは……一颯さんが振り返りもせずにどんどん行ってしまうから」

「日没が迫っています。顔料屋は少々奥まった所にあるので、もう少し歩調を速めてください」


 弘杜の言葉に、慌てて前方に意識を戻した。

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