episódio.25 匕首③
ややあって、沈黙の打開に口火を切ったのはアルコであった。
「きみ、公国のまわしもンだろ?」
アルコの誤解たるや、滅相もない。
キドンはモーティナ王妃の嫉妬をこうむって啸風子の魔法をかけられたのであって、決してシェメッシュ小邦へ送るまわしものがためではない。
アルコが疑っている間諜の誤信を晴らすため、キドンはおおいに首を横に振って否定する。
さればアルコが、「じゃあ、きみはいったい何者なんだ」と問い詰めるので、返答しかねるキドンは浮き足立つように目を泳がせた。
ルンブラン公国の忠節国士隊将帥であるほかに何者でもないキドンが黙秘を貫いていると、そろそろアルコがただでえさえつのる
ゆえにキドンは至急に、その返事としてみずからの喉仏を手甲で軽く叩いた。なにそやを示唆しているようだが、日々言葉なき啸風子と疎通をはかっていた御賢察なアルコにはすぐに行間を読めた。
「もしかしてきみ、声が出ないの?」
アルコのいくばくか親身な質問に、キドンはひとつうなずく。
さよう、キドンは失声症であった。
先天性でないが、いずれの日からか声が出なくなったのだ。
キドンの唖者たる実状を半解したアルコは、声帯の枯れたような人間にまわしものがつとまるはずもなかろうと、うすうすではあるが胸中の疑念を解消する。
さすれば、自身の着用していたトゥニカとククルスを脱ぎて、獣皮の剥けて真裸のキドンへと差し出した。
「帰りな」
同時に、キュロット一枚のアルコは、胸を張ってキドンに帰国を促す。
敵国の将帥が、マザーランドにて食客のパラサイトとなって寄生されても困るからだ。
その思惑の中には、啸風子との友情に免じた部分もあったであろう。
凱旋を催促するアルコを、キドンは自身の処分についてを
するに、科白なかれどもキドンの深憂が伝心したアルコは、まさでにそれを承諾すると断言する。断言する代わりの台詞として、彼はキドンに、
「ぼくたち、親友じゃないか。そうだろ?」
シェメッシュ小邦聖騎士団総長アルコという青年は、当場にて謀殺しても差しさわりはなかった啸風子キドンたる大将首を、最愛の親友なりと特認して煮え湯を飲ませて裏切りはしなかった。アルコは、祖国への忠義ではなく、友情のゆかりを選んだのだ。
アルコの啸風子を友人と認めること
———愛している。
かくもの一文すら声が出ないせいで発言もままならず、自分の一途なる執心をアルコに伝えられぬのがなにともなやもどかしい。
このまま
とはいえキドンは、いくら初恋にのぼせ上がろうとも、ルンブラン国王タイラントへの忠誠心を忘れたわけではない。
かようにして人型に復古したからには、合わせる顔でもって公国へ帰らねばならない。シェメッシュ小邦へ寝返りたいというイニシアティブなどとてさらさらないのなら、なおさらのことだ。
名残惜しい決別ではあるが、アルコへの懸想は変わらぬ。
キドンは、アルコから受け取ったトゥニカを着衣してククルスを羽織った。
それから、帰途とおぼしき、シェメッシュ小邦への来路とは反対方角の
そのあいだのアルコは、キドンとの間隔にへだたりが広がっていくさまを、アンビバレントな心境で口をつぐむままに目で追う。
恰好なる鬼の首を今度こそのがさんがために、アルコにはその背中を射殺すという選択肢もあったはずだ。しかしてそれを選ばなかったのは、人間になった啸風子が自分にとっての、なににも代えがたい黄金たる親友だったがゆえである。
二人の間柄は、両国の
アルコは、腰帯の匕首を手に取ってそばのぬかるみに投げ捨てた。岩陰に置いたままの竹弓も、とうとう握ることはなかった。
キドンの決してかえりみぬ背格好を、アルコは最後まで見送るのだった。
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