🌙昼想夜夢

夢中花(Yue Mèng Huā)

第2話:届かないLINE



夜がふけると、静寂が形を持ちはじめる。

心の奥に積もった記憶たちが、そっと姿をあらわす。

眠っている夫の背中と、娘の小さな寝息が、遠い世界の音みたいに聞こえる。


私は目を閉じることができなかった。

体は横たわっているのに、心だけがどこかへ歩きだしてしまっていた。



暗がりの中で、スマホの光だけが小さく脈打っていた。

指先が勝手に動いて、LINEを開く。


一番上に、まだあなたの名前が残っていた。

蓮。


あの頃と変わらないまま、私の中でだけ、

あなたの時間は止まっている。



最後に届いたメッセージは、たった一行だった。


「そっか、幸せならよかったよ。」


優しい顔をした、静かな別れの言葉。

けれど私は、その“静けさ”の下にある痛みに、気づいたふりをして目を逸らした。


ありがとうも、ごめんねも、ちゃんと伝えられなかった。

あの夜の沈黙が、今も私の胸の奥を、細く、細く、震わせている。



メッセージ欄に、文字を打つ。

「元気ですか?」——すぐに消す。

「ルナが、あなたのこと…」——指が止まる。


言葉が、心に届かない。

届かないと分かっていても、私はまだ、あなたに向かって言葉を打とうとしている。


まるで海の底に沈んでいく手紙みたいに。

深い場所で、誰にも読まれないまま、ただ漂っている。



そのまま眠りに落ちていた。

夢を見た。


静岡駅だった。

あのときの夕暮れの、あのホーム。


あなたがいた。

遠くに、だけどちゃんと私を見つけていた。


でも、一歩も近づいてこなかった。


私の足も動かなかった。

名前を呼ぼうとしても、喉の奥から出たのは、風のようなため息だけ。



翌朝、パンの匂いとルナの声で目が覚めた。


「ねぇママ、れんれん、ゆめにでてきたよ。

またあそぼうねって言ってた。」


笑顔でそう言う娘の声が、

まるで遠くで鳴る風鈴の音みたいに、私の胸に響いた。


私は「そうなんだ」と笑って返した。

けれど心のどこかに、

透明な棘みたいなものが、音もなく刺さっていた。



夜がくる。

再びスマホを手にとる。


画面の中には、未送信の一文だけが残っていた。


「ごめんね。」


送信ボタンを押すことは、

たった数ミリの距離なのに、なぜこんなにも遠いのだろう。


私はスマホをそっと伏せた。

夜風がカーテンを揺らしている。

ふいに、あなたの声が聞こえたような気がした。



届かなくていい。

それでも、あなたの中に“あのときの私”がまだ息をしているなら、それでいい。



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