🌙昼想夜夢(ちゅうそうやむ)

夢中花(Yue Mèng Huā)

🌙昼想夜夢


作者:夢中花(Yue Mèng Huā)


第3話:指先からほどけていく夢




髪を結んでいたゴムが、ふと緩んだ。

気づかないうちに、指先から何かがほどけていく。


それが“夢”だったのか、

“記憶”だったのか、

私にはもうわからなかった。



季節がいくつ巡っても、

心のどこかで彼のことを想わない日はなかった。


けれど私はいつも、日常に守られているふりをしていた。

ルナと笑い、家族を支え、今日を無事に終えることを

何よりも大切にして。


そうやって、胸の奥にある小さな波紋には目を向けないまま、

ただ、静かな日々を過ごしてきた。



そんなある日。


「ママ、カレーつくるから一緒に味見して」

夕方、ルナがそんなことを言った。

鼻歌を歌いながら、台所に立っている。


ふと、スパイスの匂いに包まれた瞬間、

あの日の静岡の旅を思い出した。


彼が、「これ、ちょっと辛いな」って笑っていたあの晩。

子ども用の甘口カレーをこっそり味見していた、優しい横顔。



私は黙って、ルナの横に立った。

鍋の中をかき混ぜながら、彼がいた頃の記憶が

湯気と一緒に立ちのぼってくるようだった。


そのぬくもりが、なぜか今夜は

胸にしみるほど、遠かった。



夜、ひとりになってから、

私は押し入れの奥から旅のアルバムを取り出した。


ルナを肩車する蓮、

海辺で私を見つめていたあのやわらかな眼差し、

笑い声が今にも聞こえてきそうな横顔。


ページをめくるたびに、

その光景がそっと、心に降ってくる。



スマホを手に取った。

彼とのトークルームを開く。


「ルナがカレーを作ったよ」

「あなたの好みに似てたかも」


…そう打って、

すぐにすべてを消した。


スクリーンの向こうにいる彼に、

この想いをどんなふうに届ければいいのか、わからなかった。


深く沈んだ気持ちが、

言葉に姿を変える前に消えてしまった。



その夜、彼からLINEが届いた。


「ルナがひとり立ちしたら、

加理奈を迎えに行くかも。」


「加理奈と一緒に暮らしたいって思ってる。」


画面の文字が、まるで

水面に差し込む光のように滲んで見えた。



私は、ただスマホを見つめながら思った。


あのとき、もし彼の差し出した手をとっていたら——

今、私はどんな景色を見ていたんだろう。


でもそれは、選ばなかった“夢”の続き。

すでに指先からほどけて、

風のなかに消えてしまったもの。



それでも、

記憶の粒がふいに光を放つ夜がある。


もう触れられないのに、

まだ、心の奥で息をしている。



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