第31話 地底の国
導光鉱石が、脈を打つように瞬いていた。
普段は穏やかな淡光が、今は赤く滲み、息をするたびに明滅している。
空気が、重い。
岩壁の奥で、何かがゆっくりとうねっているのを肌が感じ取っていた。
「──全員、避難を急がせろ!」
指示を出しながら、ダランは石段を駆け下りた。
狭い坑道を照らす導光灯の揺らぎが、まるで不安そのもののように震えている。
地の民たちは無言で荷を運び、互いの肩を支え合いながら奥の避難路へと消えていった。
声を出しても遠くへは届かない。
だからこそ、人々は“目”と“手”で伝え合う。
〈大丈夫〉 〈ここは安全〉 〈急げ〉
次々と交わされる無言の言葉たち。
その連鎖を見ているだけで、胸が熱くなる。
──ソレルも、きっと今ごろ空の下で。
人々を導いているのだろう。
そう思うだけで、息が少し楽になった。
あの時、引き留めていたら──あの優しい手を掴んでしまっていたら──
きっと彼まで、この地の闇に呑まれていた。
(……それでよかったんだ。あいつは、光の中にいるべきなんだ)
天井の岩がきしむ。
淡い光を放っていた導光鉱石が、一つ、また一つと崩れ落ちた。
闇が押し寄せてくる。
ダランは懐から、小さなアルネラの花を取り出した。
ソレルが去る直前、袖口に忍ばせていったものだ。
地の国の光を閉じ込めたように、静かに光っている。
その光を見つめながら、彼はそっと胸に当てた。
「……お前の声が、まだここにある」
そう呟いた瞬間、足元が大きく揺れた。
導光路の奥から、まるで大地の心臓が鳴るような衝撃が響く。
誰も声を上げない。
けれど、その沈黙の中にある“祈り”が、確かに伝わってきた。
ダランは拳を握り、空を見上げる。
そこには、岩の天井越しに透ける淡い導光。
ソレルが作った、あのレンズの光。
(……見ているか、ソレル。
お前の光は、ここまで届いてる)
彼は静かに目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
次の瞬間──
地の底を突き上げるような、轟音が走る。
導光鉱石が弾け、光が一斉に閃いた。
闇と光が反転する。
世界が、燃え上がる。
その中で、ダランはただ一つの言葉を胸の中で繰り返していた。
──「愛してる」
声は届かない。
けれど、それでよかった。
届かなくても、ソレルならきっと分かる。
導光の最後の輝きが、彼の姿を包み込んだ。
それはまるで、地の底から生まれた“黎明の光”のようだった。
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