第29話 混乱

 国が混乱するのは分かっていた。

 だからこそ、準備が必要だ。

 時間はない──だが、できる限りのことをしなくては。


 返答を待つ余裕はない。

 書簡が届く前に、自分たちもこの国を発たなければならない。


 そう考えながら自室に戻ると──


 窓が開け放たれ、風が書類を舞い上げていた。

 机の上の紙が、白い羽のように宙を舞う。


「……え?」


 視線を上げると、カーテンがロープ状にねじられ、窓の外へ垂らされていた。

 その先に、スカートを押さえながら身を乗り出しているカミュラ姉の姿。


「──姉様!?」


 思わず叫ぶと、カミュラがびくりと肩を跳ねさせた。


「こっちに来ないで!!」


「落ちたらどうする気ですか!」


地底の国ドルナーグには行きたくないのよ!」


「今はラハル火山の噴火で大変なんだから、これ以上面倒ごと増やすなよ!」

 思わず怒鳴りながらも、胸が締めつけられる。

 この人は、“あの黒い塊”のダランしか知らない。

 恐怖に怯えているに違いない。

 ──当時の僕がそうだったように。


 けれど今は、それどころではない。


 ソレルは一歩、彼女に近づいた。

「姉様の話は全部終わったから聞くから!姉様!お願いがあります!」


「お、お願い?」


「この国の民を、他の姉様たちが嫁いだ三つの国に分けて避難させたいんです。間に合わなければ、四百年前と同じ悲劇が繰り返されてしまう!僕らはそれを止めないとダメなんだ!!」


 ソレルの言葉に、カミュラの目が怪訝な色から真剣な光に変わっていく。


「父上が西を、僕が北を、そして──姉様が南を率いてください」


「わ、私が……?」


「姉様ならできる!民は、あなたの背を信じて付いていくんですから!」


 カミュラは一瞬、視線を落とした。

 けれど次の瞬間、風に髪をなびかせながら微笑む。


「相変わらず無茶を言うわね、ソレル」


 その笑みは、強くて、美しかった。

 子どもの頃、何度も泣いている僕を笑わせてくれたときの顔。


「いいわ。……詳しい話を聞かせて。」


「ありがとう。もうすぐ国民の前で説明を始めるから、姉様も来て!」


 その言葉に、カミュラは頷いた。

 そして、そっと弟の頬に触れ、静かに微笑んだ。


「何だかソレル、変わったみたい……。私も、できることを頑張るわ」


 その声には、涙のような優しさが滲んでいた。

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