第14回 #いつもいいってワケじゃない。









それは、一通のDMから始まった。







「いや、りゅう落ち着け?誤解だって。」

「いや、でもこれって、ケンヂでしょ?」

「いや、めちゃくちゃ知らないんだけど。」



夜中にさしかかろうとしていた頃。

配信を終え、スマホをいじってエゴサやタグ検索をして、りゅうは一日を締める。

エゴサやタグ検索の何が楽しいのか、ケンヂはりゅうに聞いてみたこともあった。

ケンヂは、そういった類のことをしそうに見えて全くしない。

りゅうのスマホを覗こうともしない。

エゴサやタグ検索について、あまり関心がないとばかりに、邪魔はしないが不思議そうな表情を浮かべて、少し遠巻きに眺めている。


そう、まさに今日もそんな時だった。



す、すす、と、りゅうの指がスマホの画面をスクロールしていたかと思うと、急にタップした。

その後すぐ、眉間に皺を寄せたかと思うと、何かを確認するようにスマホの画面から距離を離したり近付けたりする。

その後、すー、と静かにケンヂに視線を向けたかも思うと、口を開いた。

「え、ケンヂ。女の子と会ったりしてる?」

「はあ?」

「これ、ケンヂじゃん?」

そう言って、りゅうはケンヂにスマホを向けた。

そこには、可愛らしい淡いピンクのワンピースを着た、黒髪ロングの女性とケンヂっぽくも見える男性が写っている写真があった。

「………は?」

「ケンヂ、ぽいよね?」

「いや、そんな覚えないけど……。」

ケンヂは、困惑していた。

確かに写真に写っているのは、ケンヂのように見えなくもないが、周りの景色もよく分からず、場所もよく分からない。

相手の女の子の顔は割とはっきり映っていたものの、ケンヂも見たことがなかった。

りゅうの反応を見るに、りゅうも見た事がないのだろう。

「でも、着てる服もケンヂが持ってるやつだよね。」

「え、りゅう、疑ってる?」

「じゃあ、これって何?」

そう言われてケンヂは、黙った。

もちろん、女の子と二人で親しげに歩いた記憶は無い。

だが、証拠もない。

言い返せる、正当な確固たるものが何も無かった。

だが、たかがDMで送られてきただけの写真を信じるりゅうにもイラッとしたケンヂもいた。

「──りゅうは、その写真を信じるってことなんだ?」

「どういう意味?」

「………いいよ、もう。」

ケンヂは、思った。

どこの誰のDMだか知らないものに、振り回されるなんて、と。

(俺のこと、信用してくれなかった。)

ただただ突き刺さる現実。

ケンヂは、りゅうから離れると、物音ひとつ立てず、寝室へと行ってしまった。




りゅうは、実はとても複雑な思いでいた。

ケンヂに限って、浮気なんて。

と、もちろんりゅうも思っていた。

ただ、こうして写真を突きつけられれば気は動転するし、もしかして、男の俺に飽き飽きした?という不安もなくならないわけではない。

それは、絆がどうだとか、そういったことを抜きに、常に考えてしまう頃なのだ。

「配信、どうしよう……。」

どうしようも何も、できる状況でも、状態でも無いことは、りゅうも分っている。

それに今、配信をどうのこうの言う時なのかと聞かれれば、大概の人は違うだろう、と言うだろう。

ただ、りゅうにとっても、恐らくケンヂにとっても配信は二人だけの問題ではない。

例えば、事前に配信できないと言ったことを伝えられていれば、今日休むことはなくもないとえるのだが……。

かといって、どちらか一人が休むと急に言い出すこともおかしい。

りゅうは、悩んだ。

ケンヂの容疑が晴れた訳でもない今、笑顔で配信できる気持ちにはならなかった。

「それこそ、ビジネスカップルになるじゃん……。」

一番自分達がそう言われることが嫌だと言うのに。

ケンヂが、しょげたように肩を落としていると、後ろで小さくドアが開く音が聞こえた。

「だって、ケンヂが悪いんだ。」

「だから、俺は女の子となんか会ってない。」

ケンヂは、バッと今開いた方のドアを振り返り、りゅうに向かってはっきりとそう言う。

それでも、りゅうの表情には揺れる瞳に悲しみの色がみてとれた。

「……じんしてる、けど、信じられなくなる時もあるんだよ。」

ポツリと続いた言葉に、ケンヂは目を見開いた。

「りゅうは、俺のこと信じられないってこと?」

「だってさ、リークがあったら、それは、ちょっと引っかかるよね。」

「でも、俺はそもそも女の子と連絡すら取ってない。」

その言葉に、りゅうは少し下を向くと、唇を噛み締めた。

「……りゅう。」

不安そうな目をして、ケンヂは、りゅうのことを見つめる。

そのケンヂの目に、りゅうは少し気持ちが揺らいだように視線を下に伏せた。

「一人で考えたい。」

だが、りゅうはそう言うとケンヂがいる部屋のドアを閉めてしまった。









(俺じゃない。でも、頭から信じてない相手にどうしたら良いか分からない。)

ケンヂは思っていた。

りゅうがもし、もう少し違った反応をしてくれたりしたら話し合いにもなったかもしれない。



信じてもくれない。

話をしてもくれない。



じゃあ、どうしろというのだろうか、と。

誤解を解くことは、このままでは話し合いでは無理なんじゃないかと思う。

そんな空気にされてしまった。

たった一通の誰からかも分からないDMによって。

(誰かも分からない、相手の方が上?あんな、誰にでも加工できるような写真で?)

そう、今の時代よりずっと前にだって、合成写真は存在していた。

なのに、自分がいうことは、りゅうは信じられないというのは、少し……いや、だいぶショックが大きいと言えるじゃないか。

「愛してるのになぁ。」

ケンヂは、微かに目を伏せ短い溜息と同時にポツリと呟いた。

だが、一体誰がこんなことをすると言うのか。

今まで、自分たちの配信はとても穏やかにやってきた。

運良くアンチも少ない方だと思うし、喧嘩はあったにせよ、二人の仲も仲良くやってきた方だ。

それが。

それが、こんなことで(しかも事実無根)ダメになるなんて。

ケンヂは目に涙が浮かぶのを止められなかった。








りゅうにも、あのDMを信じるより、ケンヂを信じることが大切なのは、分かっていた。

分かってはいるのだが、確証がなくて、ケンヂにも見えなくもなくて、どうしようもなく胸がざわざわするのだ。

ケンヂが裏切ったという確証も無いのに。

最近、倦怠期ということはないが、少々二人でいることに慣れすぎた部分もあったかもしれないと、りゅうは思う。

「こんなスパイスなら、いらないよ……。」

りゅうだって、ケンヂのことは信じているし、大切だと思っている。

だからこそ、ここで『信じているから』だけで、なあなあにしたくなかった。

例えそれが、良い結果をもたらさなくとも。

これを乗り切ることができなければ、どっちみちだめだと思っているから。

「それにしても……なんであのDMは、俺にあんな写真を送ってきたんだろう……。」

何かを脅したり、要求してきたりしたいのならば、ケンヂに送っても良かったはずだ。


遠回しの脅し?

いや、それは考えにくい。

今、現在、あの写真で脅すような連絡はない。

目的が、雲ががっていてよく分からない。

なぜ、一体どうして。

「アンチが送ってきたっていうことも考えられる?」

ケンヂには、信じたいけど信じられないといった割には、りゅうは冷静だった。

まだ、裏切っているかもしれないという不安は完全に抜けたわけではなかったが、信じたくないわけではない。

「頭から血の気が引きすぎて、写真送ってきたやつのことなんか考えてもいなかった。」

それは、りゅうにとってもケンヂにとっても、それほど大きなことだったのだ。今回のことは。

冷静さを失うくらいに。

「えーーと、これか……。」

りゅうは、一通のDMを開いた。

アカウントを辿っていくと、どうやら捨て垢ではないようだった。

「なんだ、これ……。」

そこに映し出された投稿された内容は、りゅうに対する罵詈雑言。

あまり、そういったことを真に受けないりゅうでさえ、これは通報レベルと言えると思った。

「なんか──。」

ただのアンチではないと、りゅうは直感的に思った。

一つ一つ過去に遡っていくと、りゅうはあることに気がついた。

「ケンヂのことは、一つも書いてない……。」

その事に気がついたりゅうは、息を呑んだ───。

そこで、プロフィールを確認してみると、本垢なるものが存在していることに気がついた。

誰でも見れるようになアカウントだった為、恐怖心を感じながらもそれを開いた。

「今日のケンヂくん、本当に可愛かった。」

「好き、大好き」

「私と結婚してほしいなあ。」

「隣は私のほうが似合うのに」

そこに羅列してあったのは、ケンヂに対する恋心と、執着。

「もしかして、この子、ケンヂのこと好きで……ケンヂと一緒になりたいと思ってる?」

それに気がつくと、りゅうは弾かれたように立ち上がると、ケンヂのいる部屋に走り出した。






どたん、ばたん!!

と、静かな家の中に音が響いた。

ベッドに突っ伏して沈んでいたケンヂでさえ、顔を上げたほどだった。

ドタドタといった足音が、ケンヂに近づいてくるのが分かると、ケンヂは固まった。

「ケンヂ!!」

「え……?」

りゅうの泣きそうな表情に、ケンヂは面食らった。

今、その表情をしたいのはケンヂの方だろう。

だが、ケンヂはりゅうの突拍子の無い行動に何も言えなかった。

りゅうは、ケンヂの前に座り込んだかと思ったら、ケンヂの前で頭を下げた。

「──どういう意味?」

先に沈黙を破ったのは、ケンヂだった。

「DM送った人の投稿見たんだ。」

「うん。」

「俺のこと、滅茶苦茶に悪くいってた。」

「それで?」

「それで、ケンヂのことは何も書いてなくて──。」

そこまで聞き、涙が出そうなりゅうの顔を見てケンヂもピンときたらしい。

ケンヂは、りゅうが言葉を続けようとしたのを遮るようにりゅうの前に座る。

りゅうが顔を上げるのと同時に、ケンヂが珍しくりゅうの胸ぐらをつかんだ。

「──どんな思いしたと思ってるんだよ。」

「ケ、ンヂ……。」

「りゅうには分かる?どんな気持ちか。」

ぐっと、りゅうの胸ぐらをつかむケンヂの手に力がこもった。

もう、りゅうの目には零れんばかりの涙が浮かんでいる。

「ケンヂ、ほんとにごめん……。」

りゅうは、ただただ謝ることしかできなかった。

ケンヂは睨むようにりゅうを見つめ、ため息を付く。

そのまま、吐いた息より大きく息を吸い込むと、りゅうの背中に手を回しながら息を吐いた。

「だから──りゅうのこと、一生離してやらない。」

「ケンヂ?」

「一生をかけて償ってよ……。隣でね?」

「もちろん!」

りゅうが、ケンヂの言葉に目を細めると、溜まっていた涙がこぼれ落ちた────。



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