第13回 #結婚式、だね

りゅうは、ケンヂを隣に呼んで、一冊のパンフレットを渡した。

ケンヂは、それを足の上に何となく隠すわけでも、目立つようにする訳でもなく置く。

それを確認してりゅうは、配信ボタンを押した。



「はい、こんばんは。りゅうです。」

「ふ、ふふ……。」

《何かいい事あった?》

《ケンヂくん嬉しそう》

りゅうは、少し苦笑い気味な表情を浮かべたものの、直ぐにケンヂの肩を抱いた。

「もう、ケンヂは隠し事が苦手だよねぇ。」

「ごめんごめん。もー、リスナーに1個もドッキリできてない。」

そう言うと、ケンヂは、一冊のパンフレットを画面の前に差し出した。

《もしかしてもしかして》

「ご察しの通り、式場が決まりましたー!」

「式は、誰も呼ばないことにして、ふたりきりであげようと思ってます。」

「配信に関しては………。」

りゅうが、チラッとケンヂの方を見る。

ふたりとも、明らかに演技にしか見えない神妙な表情を浮かべていた。

「ふ……。」

じわじわと神妙な表情のまま、りゅうが話をしようとしていた時、ケンヂがまた笑い出してしまう。

「こーら。ケンヂ!」

「ごめ!あー、もう隠し事も無理!」

ニヤニヤ笑い出してきてしまったケンヂに、りゅうは溜息をつきながらも表情は柔らかい。

「仕方ないな。隠しきれないケンヂくんどうぞ。」

「15分だけだけど、式場で配信する許可を頂けました!」

《え、そんなことできる?!》

《まじ!どんな技使ったの?!》

ザワザワとコメント欄がザワつく中、りゅうとケンヂは顔を見合せた。

「技っていうか、ちゃんと宣伝もするからってことだよ。」

「そーそー。ギブアンドテイクだね。」

《めっちゃ楽しみ》

《あー、親のように楽しみだわ》

《神様ありがとう!!!!》

すごい速さで流れていくコメント欄に、ふたりはフフっと笑って顔を見合せた。

「式場の宣伝については、式場での配信が終わってから載せさせていただきます。」




「まじかー。」

さきは感嘆のため息を吐いていた。

まさか、推しのふたりが本当に結婚(内縁の妻のような)して、結婚式までするとなると、涙が自然とじわりと滲んでくる。

確かに、ふたりは割りと順風満帆な方だとは思う。

幼なじみ同士で、お互い初恋同士で、それでもふたりは前から変わらず、時に喧嘩はするものの、穏やかに時を刻んできた。

それを知っているリスナーだからこそ、何時でも応援しているふたりだからこそ、胸が熱くなるというものだ。

「燐ちゃんも聴いてたかな。」

ふと、友人のことが思い浮かんで、ササッとDMをする。

『聴いてたよー!ケンヂくんナイス』

「やっぱり。美味しいとこ持っていったもんなぁ」

『ねえ、私、結婚式配信の日有給とる。』

燐のその言葉に、さきは同じ気持ちなのだとわかると、気持ちが跳ね上がった。

ニコニコと笑みを浮かべて、スマホをタップする手元が早い早い。

「じゃあ、お互いまた報告しよう」

『おっけー。健闘を祈る!』

燐とのDMを終えると、さきは「ふふふ。」とニマニマ口元がにやけている笑みを浮かべていた。

「絶対に結婚式の時は、予定入れないようにしよう──。」

さきは、ぐっと拳を作り、心に決めたのだった。







数ヶ月後───


「ケンヂ、ちょっと話してもいい?」

「……うん。」

結婚式前日。

ふたりは早めにベッドに入ったものの、寝付けないでいた。

そっと、りゅうがケンヂの手を握ると、少し照れくさそうにしながらもギュッと握り返す。

「幸せにするから。」

「……うん、俺も幸せにする。」

もう、プロポーズもされていて、それを受け入れてて……それでも、結婚式と言う大きなことをするというのは、緊張もする。

それに、大きな節目にもなるため、少しの不安と大きな期待が入り交じった。

「明日の、りゅうのタキシード見たら泣いちゃいそう。」

「せっかくメイクしてもらうのに。」

クスクス笑うりゅうだったが、それに対してケンヂは怒りはしなかった。

なんとなく、そうやってりゅうが気持ちをほぐそうとしてくれているのが分かっていたからだ。

「メイクかー……配信はフィルターたよりにしちゃうからな。」

「明日は、めちゃくちゃかっこ可愛いケンヂが見れると思うとドキドキするな。」

「それは、りゅうもだからね。」

お互いに顔を見合わせると、小さく笑いあった。

「愛してるよ。ケンヂ。」

「うん、俺も愛してるよ。」

ふたりは、ぎゅっと手を繋いで握りしめると、ゆっくりと呼吸をすると静かに目を瞑った。



「おはよう。」

「───っ!やっぱ恥ずかしい!」

「何、ケンヂ急に。」

ふたりが朝起きて目覚ましをりゅうが止めた。

そして、ケンヂの方を見ると、バッチリ目が合った。

そうかと思えば、頬をかすかに染めて恥ずかしそうにケンヂは布団を被ってしまった。

「え、なになに。」

「なんか、試着したりゅうの姿思い出しちゃって。その、めっちゃかっこよかったから、心臓今日もたなさそうって。」

ばーと、息継ぎもなしに話しきったケンヂは、布団の中からまだ出てこない。

「ふふ、嬉しいんだけど時間がないから…せーのっ!」

りゅうがケンヂが潜っている掛け布団の中に入ると、目を見開いて口をパクパクさせているケンヂと目が合った。

「ケーンヂ?ほら、行こっか。」

「……りゅうが起こして。」

「いいよ。」

ケンヂが、「え。」と言葉を発する間もなく、りゅうはケンヂの両頬を両手で包み込んだ。

「……おいで。」

至近距離で目と目を合わせて言われたケンヂの方は、驚いて身をすくめる。

ケンヂが、動けない中でりゅうは、微かに唇を擦り合わせるように口付けた。

りゅうが唇を離すと、いつも口付けているはずのケンヂは首まで真っ赤だった。

触れ合った箇所から、トクトクトクと、りゅうにはケンヂの速い心音を感じていた。

ケンヂは、その近い距離でりゅうの優しい笑を見てしまえば、息を詰めるしか無かった。

「おいで。結婚式だよ。」

「う、ん……。」

ここまで来ると、ケンヂにはぎゅうとりゅうに抱きついて、ベッドから出る以外の選択肢はなかったのであった───。



─────、

「病める時も健やかなる時も……。」

ふたりは、互いにタキシードを着て神父の前に立っていた。

りゅうは、シルバーのタキシード。

ケンヂは、ネイビーのタキシードを纏っていた。

小さな、白を基調としながらも、木や花の温もりが感じられる温かさがあるチャペルをふたりはえらんだ。

割増にはなったが、今日一日貸切にした。

特に顔バレを気にしてはないが、やはり気まずい思いをするだろう。

ハレの日に、そんな思いをしたくないと思う。

「───誓いますか?」

「誓います。」

「では、指輪の交換を。」

ここで、式中、初めてケンヂはりゅうの顔をま正面から見た。

きっと、りゅうのことだから、優しく余裕のある表情をしていると思っていた。

だが、ケンヂは、りゅうの表情に驚いた。

うるうると目には涙を溜め、泣きそうなのを必死にこらえているりゅうの表情だった。

(やば……逆にドキドキする……。)

所謂、ギャップというものであるのだろうが、そんなりゅうをケンヂはほとんど見た事がない。

(りゅう、可愛い……。)

一方、ケンヂは、と言うと逆にワクワク、ソワソワとした地に足が付いていないような様子が伺えた。

指輪の交換は、最初はりゅうからケンヂにすると、ふたりの中で反論も不満もなく決まった。

むしろ、それがいいというように。

「──ありがとう、りゅう。」

「ケンヂ、ずっと一緒にいようね。」

「うん。」

ケンヂは、自分の手に嵌められた指輪を見て、嬉しそうに目を細めた。

次はケンヂの番、と言うようにりゅうが少し遠慮がちに手を差し伸べる。

「愛してるよ。」

ケンヂは、りゅうを真っ直ぐに見つめ、指輪を指に通すと、少し恥ずかしげに笑った。

その瞬間、りゅうの頬にひと雫の涙が伝った。

いつも、気丈に振る舞うりゅうの涙で、ケンヂの胸はじわじわ暖かくなる。

「では、誓いのキスを。」

神父にそう言われると、ふたりは向き直り、世界で一番甘い口付けをしたのだった。





ふたりは、チャペルのロビーにいた。

カメラのセッティングをして、椅子に腰を下ろす。

もちろん、まだふたりともタキシード姿だ。

「なんか、タキシードで配信とか恥ずかしいかも。」

そんなことを言い出したのは、以外にも好きそうなりゅうだった。

「りゅうが珍しいね。そんなこと言うの。」

「うーん、照れるって言うか。」

「大丈夫、かっこいいし似合ってるよ。」

ケンヂは、本心で言っているんだと、りゅうに伝わるくらい、眩しい笑顔を向ける。


「じゃあ、いきますか。」


「こんにちは、同棲ラヂオのりゅうです。」

「ケンヂです!」

「そして!」

「「本日結婚式でしたー!」」

少し赤くなった目をしているりゅうと、やわりかい空気に包まれたケンヂが2人声を合わせて言う。

《おめでとー!!》

《ちょ、ふたりともタキシード似合いすぎだし!》

《ふたりともかっこいいよー》

《お母さん涙出ちゃう(´;ω;`)》

コメント欄にはふたりを祝福するコメントで溢れていた。

《スクショタイムお願いします!》

「スクショタイム?」

あまり普段は『スクショタイム』という言葉に食いつかないりゅうが言葉を口にした。

ケンヂも珍しそうに「お?」と言う視線を向ける。

「りゅう、スクショタイムする?」

「うん、今日くらいは、ね。」

その言葉に飛び上がるくらいに喜んだのは、リスナーではなく、ケンヂの方だった。

「ホントに?ホントに?」

「え?」

「あー、じゃあ気が変わらないうちにやろう!」

そう言うとケンヂは、パッと顔の横に左手を掲げる。

その手には指輪がキラキラと輝いていた。

「え、」

「ほら、りゅうも。」

そう言うと、ケンヂはりゅうのを取った。

少し躊躇いながらも、おずおずと、りゅうもケンヂと同じように左手を顔の横に出す。

「はい、スクショタイム。」

ニッコリケンヂが笑って言うと、りゅうは少し照れたようにはにかむ。

少しの間、そのまま流れてくるコメントを見ていた。

《幸せそうで嬉しい。幸せになってね》

《まだまだこれからもよろしくお願いします!》

《こちら側も2人のこと大好きです!》

「ありがとうー。」

「なんか嬉しいね。いつもいる仲間にお祝いしてもらえて。」

「うん、嬉しいね。」

りゅうと、ケンヂは二人で顔を見合わせると、手を重ねて、木漏れ日のように柔らかく笑ったのだった。





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