第20話『全ヒロインと出会っていたぁ!?』

 会議とは会議。

 ネモーネの部屋を出てからほどなくして、俺は軽い話し合いで終わると思っていた考えの甘さを実感している。


 広間という場所は、入り口のエントランス的な場所で行われると思っていたけど、そんなことはなく。

 名前の通り、ゲームをプレイしていたときには1度たりとも拝むことのなかった、動画とかニュースとかでしか見たことのない、お金持ちの宴会を開く場所。

 今回は各所にテーブルがあったりはしないけど、部屋の中心に置いてある長くて長いテーブルに椅子が8つあり、まさかの全員集合。


 そして、なぜか俺がテーブルの端――いわゆる、一番偉かったり主役だったりする場所に座っている。


「今日はなしにするんじゃなかったの?」

「ええ、ボクもそのつもりだった。そして、みんな同じ疑問を抱いていることでしょう。ネモーネを除いて」

「その言い方はよくないんじゃないかな。僕だって不可抗力を認めてもらえると思うけど」

「落ち着いてセリィナ。俺がネモーネの部屋に行ったことが悪かったなら謝るから」


 善意から申し出たのに、ネモーネは頭に手を当てて、他のみんなが目をギロッと鋭り、その目線がネモーネに集まっているのを感じた。

 話題の切り出し方が悪かったのか、俺が気兼ねなくネモーネの部屋に訪れたことが悪すぎたことなのか。

 たしかに、女子の部屋に約束なく入ったことが誤解を生む可能性はある。

 それが確定はしていないけど、お金持ち御令嬢であれば、よくない噂が立ってしまうのはよくないと思う。


 でも、案内してくれたメイドさんは何も否定しなかったし注意もしてこなかったよ?


「本当に俺が悪かったんだ。ずっと男だと思っていたから、気兼ねなく話せると思って」

「それは本当よ。私が証言してあげる」


 名乗り出てくれたのは、カナ。


「うちは今日、ずっとアルアくんの後ろからほとんどを見ていた」

「そう。ならしょうがないわ。アルア君には悪気がないんだものね」


 カナの発言によって、一瞬だけヒリついた空気が緩んだように思う。


「じゃあ、ここからは私が。とりあえずルールを決めることにしましょう」


 ミセルが軽く手を上げ、ここから本当の会議が始まるらしい。


「まず大前提として。節度を守った、健全な生活を心がけること。そして、各々の部屋でアルアくんを長居させないこと」


 まあそうだよな。

 さっきも思ったけど、未来が明るい御令嬢が一般男子生徒とあらぬ噂が立ったら大変だ。

 じゃあ、そもそもなんで俺をここに済ませようと思っているのかが矛盾しているわけだが。


「逆にアルアくんの部屋に長居しないこと。加えて、侵入しないこと」

「え」


 ん? 侵入?

 てか気のせいじゃなかったら、誰かが「え」って言わなかった?


「あーし的には、長居する分にはいいと思うんだけど~? 一緒に勉強するときとか、しょうがなくない?」

「わたしもそう思うわ。朝起こすとか、着替えを手伝うとか、いろいろとお世話をしてあげる必要もあるわけだし」

「アッシュの発言には賛同するわ。でもラーチェル、どうして同級生のクラスメイトがアルアくんのお世話をする前提で話をしているの」

「え、だって」

「だってもじゃないでしょ。もしもお世話が必要だとしても、それはメイドさんのお仕事……」


 途中で話を辞めたミセルは、少しだけ眉間に皺を寄せて考え始めた。


「メイドさんがアルアくんのお世話――を許可してもいいのかしら」

「僕はいいんじゃないかと思うけど」

「うちもいいと思う」

「ボクはどうかと思うよ。アルア君だって年頃の男子なんだから、恥ずかしいでしょ」

「違う、違うわよ。そうじゃない。もしもメイドさんがアルアくんのことを――」


 ミセルが最後まで言葉を発しなくても、一瞬で空気が変わったことを察知した。

 それぞれが、それぞれの反応をしているけど、ただならぬ空気に変わったことだけはわかる。

 何があるというんだ、メイドさんが俺のことをなんだって言うんだ!?


「俺がメイドさんと仲良くなってもいいんじゃないか? じゃないと俺、さすがに大変というか、いろいろわからないしできないからさ」

「それは一理あるけど……困ったものね。アルアくんだけに不自由を押し付けるのはおかしな話だし」

「だよな。俺だけが何もできないならいいが、みんなに迷惑をかけたくないし」

「!! そ、そうね。じゃあせめて、専属のメイドさんを用意しましょう」

「ありがとう、助かるよ」


 ――と、言う感じに話し合いが進んでいって諸々の事項が決まった。


 1、俺の部屋に訪れる場合、メイドさんを1人だけ部屋の前に待機させること。

 2、俺が誰かの部屋に行くときは、風紀と節度を保った付き合いをすること。

 3、俺に専属のメイドさんが1人だけつくこと。

 4、大浴場2つのうち1つを、俺専用に改修すること。

 5、朝のご飯はみんなで食べること。


 という感じに決まった。

 所々、どうなってしまうのか不安に思うこともあったけど、建設的な話し合いができたし、いい感じにまとまったんじゃないかな。


 部屋に風呂があるのは嬉しかったけど、前の寮みたいに大浴場があるのは嬉しい。

 男1人で貸し切り状態で使用することにはなるのは、悲しくもあり寂しいけど。

 専属のメイドさんがついてくれるのも、正直嬉しい。


「じゃあ解散で。みんな、また明日」

「あれ」

「アルアくんごめんね。決まったことは決まったことだから、1人で部屋に戻ってね」

「わお」

「迷っちゃったかもだけど、頑張ってね」


 と言い残し、俺だけが部屋に取り残されてしまった。


 この寮へ連れてこられたときみたいに目隠しされていたわけじゃないから、たぶん大丈夫だろうたぶん。

 そう思いながら、いざ両手を広げても届かないぐらい広い廊下を歩きだす。


『もしもーし、女神様でーす』

『うわビックリしたぁ』

『さすがに面白い展開すぎて、感想を聞きたくて話しかけちゃった』

『楽しそうで何よりです。俺は混乱続きですよ』

『それでそれで、面白かったお礼に教えてあげる』

『何をですか?』

『気になっていた全ルートのヒロイン、今さっき全員揃ってたよ』

『え』

『メインヒロインなミセルちゃん、ギャルなアッシュちゃん、幼馴染なラーチェルちゃん、偽装男子なネモーネちゃん、御令嬢なイリナールちゃん、委員長なセリィナちゃん、大和撫子なカナちゃん。これで全員だよ』

「うっそ、マジっすか」


 危ねっ、あまりにも驚きすぎて普通に喋っちゃった。1人でよかったぁ。


『マジマジ大マジ。そして、薄っすらと気づいていると思うけど、全員のルートが入り混じって新しいルートが構築されちゃってるの』

『やっぱり……じゃあミセル攻略ルートはありつつも、完全初見の展開が続くってことですよね』

『そうそう、そういうこと。これから大変だね~』

『でも、そういう展開の方が楽しいってことですよね』

『うふふっ』


 他人事だと思って、声色がずっと明るいし顔が見えなくても、満面の笑みで喋っているのが容易に想像できる。


『じゃあ私も伏線的キーワードを言ってお別れしてみようかしら』

『なんですかそれ』

『じゃあ、また後で』

『ちょ! おちょくらないでください!』


 今日の夢に出てきそうなほど聞いた言葉に出した女神からの返事はない。

 意味がわかってスッキリしたというのに、言い逃げもいいところだ。


 ああもう、別の気になる内容を仕込んでいくなんて最悪だ。

 俺からアプローチされることを知っているヒロインたちと、同じ屋根の下で生活するって……――。

 あっちの心持ちも気になるところだし、俺をここへ連れてくる強引さも恐ろしいし、俺は俺でどんな態度でみんなと接したらいいんだよぉ!

 しかも強制的に顔を合わせることになるわけだし、朝ごはんはみんなで食べることになっているし。

 くっ……ど、どうしたらいいんだ……。


 時間が経過してほしいと思いながら、時間稼ぎのためにゆっくり経過してほしいという矛盾を抱えつつ、微かな記憶を辿って部屋への道を歩き続けた。

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ファンタジーラブコメゲー世界に転生するも、ゲームクリアしたのは1回だけな件~え、こっちは攻略可能対象はわからないのに、ヒロインたちは俺からアプローチされることを知っているって本当ですか?~ 椿紅 颯 @Tsubai_Hayato

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