第4話『こんな世界でも、ギャルはギャル』
それにしてもアッシュを間近に見ると、目のやり場が困ってしまう。
挨拶を交わしたときは目線が上半身だけだったけど、スカートの方も短い。間違いなく他の生徒より足の露出が多く、もはや存在自体が直視しにくい。
「どうしたの? 次、アルアの番だよ?」
「は、はい」
俺は今、物凄くやりにくい状況にある。
なぜかというと、アッシュが信じられないぐらい至近距離に居るから。どれぐらいかって? 肩と肩が触れ合っている状況。
「ねえ、さすがにもう少し離れない?」
「なんで? いいじゃん別に。ほら、始めな?」
ここ、外で、ぎゅうぎゅうに人が詰まっているわけでもないよ? それなのに、この距離感なのおかしくない?
手に汗握るほど緊張していて、心臓の鼓動だって高鳴りすぎている。
肩が触れ合っているだけなのに、なんだか柔らかいし、香水なのか洗剤なのか、石鹸のようなサッパリとした匂いが漂ってきて。意識しないようにすればするほど、勝手に意識してしまう!
もしもこんな状況でセクハラとか言われても、俺は悪くないよね!? こっちからは触ってないよ?!
「おお~いいじゃーん。その調子その調子」
「は、はい!」
「やる気になってきたぁ? じゃんじゃんいこーっ」
大した魔法を発現させられていないけど、こんなに褒めてもらえるならやる気もみなぎってくる!
「いいよいいよ、その調子~」
踏ん張っても意味はないのに、両足を開いて少し腰を落とし、左手で右の腕を掴み、手のひらを上に向ける。
力んでも意味はないのに、目線を掌に集中して全身の筋肉に力を込めたりもして。
呼吸まで止まっちゃっても結果は変わらず、『ぽっ』『ぽっ』と火花ぐらいの火しか出現できず。
「そろそろ休憩~」
「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ」
「そういえばさ、アルアって寮生活は楽しい?」
「……え? まあまあ?」
「ふぅーん。あーしも寮生活だけど、友達と話をしているときは楽しいけど、それ以外が微妙って言うか」
「そうなんだ?」
「門限とかあるし、ご飯の時間も決まっちゃってるし。いろいろとねぇ~」
「なるほど」
言いたいことはわかる。
夜、夜風にあたりながら散歩をしたくても無理だし、気分じゃないときにご飯を食べなくちゃいけない。
自由な生活に憧れを抱くのは、あっちの世界もこっちの世界も同じということか。
「だから引っ越すことにした」
「急な話だね。まだ寮生活が始まって間もないんじゃ?」
「あーしもそう思うけど、我慢し続けるよりはいいと思って」
「それはたしかにそうかも」
今朝も引っ越しの話を聞いたのに、また似たような話が出てきたな。
新入生として、新しい環境で生活が始まったばかりなのに、自ら次の環境へ身を置くなんて凄い。俺にはできないことだ。
「じゃあ次はあーしの番」
アッシュは人差し指を立て、水滴を作り出す。
「おぉ」
俺は爪先ぐらいしか発現できなかったのに、アッシュは拳ぐらいの水を発現させている。
実力差を嫌でも感じてしまうが、悔しいという感情を抱くことはない。
そんなことよりも、さっきまでニコニコしていたギャルなアッシュが真剣な表情をしている方に興味が向いてしまう。
吸い込まれそうなかわいさのある、いわゆる白ギャル。薄っすらと化粧をしているように見えるし、爪も何かを塗っているのかテカテカとしている。
アクセサリーの類は身に着けていないものの、私服のときはつけていることだろう。なんでも似合いそうだし、その事実を自分でも把握していそう。
もしもこの子もゲームでの攻略キャラだったら、ちゃんと好きになっていたに違いない。
くっ……こんなことなら、1週目ゲームクリアの満足感に浸っているんじゃなく、2週目もプレイするべきだったな。
「ねえねえ、どうだった?」
「う、うん。ちゃんとできてたよ」
「本当? よかったっ」
急に目線が合ってしまったから、心臓がドキッとしちゃった。
小悪魔みたいに笑う姿も似合っているし、正直かわいい。
授業のおかげで、俺でもこうやって話すことができる機会に恵まれたことに感謝。間違いなく自分からは話しかけることができないし、教室や廊下で挨拶されたら正常を保てない自信がある。
「ちょっと手を貸して」
「ん? はい?」
「ありがとっ」
「えっ!?」
言われるがまま手を差し出すと、アッシュの両手で包まれてしまった。
興味深そうに、にぎにぎしたり撫で回したりしてくるものだから、くすぐったい感覚を堪えつつ状況を理解しようと試みる。
いや、考えたところで理由なんて思いつかないし、冷静に思考を巡らせることなんでできない。
「へぇ~。ほぉ~」
「な、何をしているの?」
「男の子の手ってどうなっているのか気になって。このまま手を握ったまま戻ってもいい?」
「だめでしょ、てかそんなことやったら変でしかない」
「変じゃない理由があったら許可してくれるってこと?」
「いいや? 違うよ?」
「なーんだ、残念」
言葉通り、軽くため息を吐きながら残念そうに肩を落としても、ダメだからね?
だってほら、あらぬ疑いをかけられたくないし、アッシュ的にも変な噂が出回るよりいいでしょ。
そう、そういうことは恋人同士か本心から好きな人とやるべきだ。それとも、この世界ではそれが普通――なさけはない。ゲームをプレイしていたときにそんな価値観は出てこなかった。
「じゃあ戻ろっか」
「うん」
タイミングよく先生から、集合の呼びかけが聞こえてきて助かった。
てかコミュニケーションお化けというか、距離の詰め方が上手いというか。ドキドキが止まらないスキンシップは、変に勘違いしてしまうから辞めてほしいものだ。
お、俺だって例外なく勘違いしそうになっちゃったんだから。
まあでも? 優しかったし? いい匂いしたし? いろいろと柔らかかったし?
ちょっと嬉しいなって思ったのも事実だし? もしかしたら好意があるのかな、って淡い期待をしちゃったのは間違いないし?
あわよくばもっと話したいなってウキウキ気分だし? なんだったら仲良くしてもらえないかなーっ! あーっ!
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