第5話『な、なんだってぇえええええ!?』

 さて、昼食のことはまるで考えていなかった。

 偶然にも財布があるから、ゲームの記憶を辿って学食へ向かえばいいか。

 今日はどうにかなるけど、明日からどうするべきか考えておかないとだよな。


 えーっと……たしか、現菅方面に向かってから――だったはず。


「――」


 もしも迷子になりそうだったら、誰かに尋ねよう。と、歩き出す。


 改めて思うけど、ゲームでも思っていたけど学園の校舎は途轍もなく広い。

 遊んでいたときは場面転換のおかげで移動時間を短縮できていたけど、実際に歩くと教室1部屋分を通過するのが大変。正確な距離はわからないけど、1教室あたり10メートル以上はあるだろうか。


 そして通過する人たちの容姿も、さっきの授業中に思った通りレベルが高い。

 ゲームではここまで作り込まれていたのかはわからないけど、映り込んだモブキャラも好きになってもらえるような意図を感じる。

 なんとなく普通に声を掛けられるだけで、ドキッとしちゃいそうだもん。女子と話し慣れていない点は置いておいて。


「ん?」


 ポケットに違和感を覚え、廊下の端によって足を止める。


「なんだこれ」


 誰とも接触しておらず、昼食のため席を立ったときは間違いなくポケットに何かが入っていることはなかった。

 だが今、取り出した手紙であろう袋がこの手にある。


 表と裏を見ても差出人の名前は書かれておらず、であれば学園の書類だろうか、と予想立てた。

 でなければ、基本的に誰とも接点のない俺へ誰が手紙を出すだろうか。


 とりあえず中身を取り出して――っと。どれどれ。


『女神です。伝えることを忘れてしまっていたので、急ではありますが手紙を送らさせていただきました』


 なるほど、そういことなら納得。


『では結論からお伝えいたします。彼女たちは、あなたから攻略されることを既に知っております』


 はい?


『転生したことによりシナリオが逆転してしまい、今度はあなたが攻略される側になっていると思ってください』


 うーん、わからん。


『基本的にはゲーム進行のようなペースですが、ゴールは決まっているようなものです。一応、この世界では誰か1人に決める必要はない、とだけ』


 ほう、なるほどね?


『以上になります。この手紙は自動で消滅しますので、ご了承ください。短い時間でしたが、お話しすることができて楽しかったです。善行に捧げた人生の後、実りのある人生になることを切に願っております』

「!?」


 この一瞬、周りに人が居なくて助かった。

 持っていた手紙が急に消えたものだから、さすがに大袈裟なリアクションをしてしまったじゃないか。

 姿と声どちらも思い出せなくなってしまった女神様からの手紙、ありがたく保存しておきたかったのに。


 とりあえず、再び足を進める。


 それにしても驚いた。

 女神様からの手紙もそうだけど、あんまり理解できなかった内容を理解しなくちゃいけない。

 整理すると、ゲームでは攻略対象だった女の子たちが俺から好意を伝えられることをなぜか把握しているとのこと。で、それを踏まえて俺を攻略対象に定めている、という話でもあった。


「……」


 ラブコメゲーなのだから、シナリオが反転したと考えたら理解できなくもない。

 そもそも俺がイレギュラー的な存在だし、もしもでも起きないようなことが起きてしまったのだろう。


 でもさ俺、ミセル以外の攻略対象は知らないよ?


 もしかして、金髪ギャルのアッシュがそうだったりするのかな。

 いーや、あれは陽なギャルが組む人が居なかった俺に優しくしてくれただけの話だろ? ほら、勘違いしちゃうじゃん。我ながら、ちょっと優しくしてもらっただけでコロッと好きになりそうだった。危ない危ない。


「お」


 昇降口まで行って曲がるとすぐ、食堂から漂ってきているであろう匂いを感知。このまま足を進めていけば目的地に到着できそうだ。


 再び足を進めながら考えても、難しいことはわからない。

 さっきの手紙は女神様から頂いた代物で間違いないのだろうけど、全ての内容を信じたくても……どうなんだ?

 ゲームシステムを使えず異性へのアプローチを積極的にできる自信はないから、ありがたいといえばありがたい。


「……」


 だが、いや、うーん……。

 てかさ、全員と付き合えるとして。そりゃあもうハーレムな展開は、憧れがないといえば嘘になる。でも、抵抗感がないわけじゃない。

 元々寸住んでいた国では、一夫多妻な制度はなかった。妄想の世界だからこその憧れだったという話だ。


 ん、待てよ。

 そもそもの話、こっちからアプローチしてくることを知っているというだけで、あちらにも拒否する権利がある。であれば、強く拒絶されることもあるわけだで手放しに喜べる話ではない。


「――ふぅ」


 じゃあ、そこまで気にすることでもなさそうだな。

 だって今の俺はゲームシステムがない、ただの凡人だ。

 最初に攻略したミセルだって、偶然イベントと同じことが起きただけとも考えられる。


 そうだ、ラブコメゲーに転生したと言って恋愛ができるとは限らない。

 思いあがらず、等身大で生きていこう。

 まずはご飯を食べることが大事で、この空腹を誘う匂いの元へ向かうだけだ。

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