デビル/ライクライク
冬冬
1.悪魔狩り
第1話 どん底人生
朝起きて、クソみたい朝食を取る。
クソみたいな面したおっさん達に混ざって、鼻を刺す腐敗臭にまみれながら悪魔の死骸を運び、解体する。
時には悪魔狩りの囮として使われたり、悪魔を殺すよう命じられたり。相部屋だったおっさんの面も何度変わったことか。
仕事が済めば冷や水で身体を洗い、クソみたいな飯を取って一日が終わる。
ほんとクソみたいな毎日だ。
だから、おれはこのクソみたいな毎日とおさらばする。
ヤクザの遊興に名乗り出た。
「悪魔を殺せば借金もチャラだろ」
そう言ったことに後悔はない。
だが、いざ目の前にすると後先考えない発言だったなと思ってしまう。後悔していないと思うのは強がっているだけだろうか。
「ほら、好きなの選べや」
禿頭で恰幅のいいヤクザの男が言う。
見せびらかすように、または急かすように、右手に持った拳銃で自分の肩を叩いている。
「銃を、貸してくれよ」
「要求できる立場だと思ってんのか?」
予想通り、要求は拒絶される。
拳銃まで向けられると流石に言葉も返せない。
目の前にある武器に目を落とす。
包丁。
手斧。
マチェット。
チェーンソー。
おれは海外のホラー映画に出てくる不死身の殺人鬼ではない。人間は殺せても、悪魔を殺すには心許ない武器ばかりだ。
それでも選ぶしかない。
包丁はリーチが無さすぎる。
チェーンソーは機動力に欠ける。
消去法でマチェットか手斧の二択だ。
ヤクザの反応を窺いつつ、おれは二つとも同時に手に取った。
一つだけとは言われていない。
右手にマチェット。
左手に手斧。
そんなおれを見て、恰幅のいい禿頭ヤクザは鼻で笑う。
「さっさと行くぞ。悪魔狩りが来る前に行かねえと、おめえが死ぬとこ見れねえからな」
これがヤクザの行う遊興だということは理解している。
悪魔を殺せば、借金をチャラにしてやる。
時々、そんな誘い文句をヤクザたちは労働者へ持ち掛けてくる。
おれの場合、少し状況は異なるが、トントン拍子で進んでしまった辺り、死んだところで労働力には問題ないと判断されていたのだろう。
黒のミニバンに詰められ、向かう先は悪魔のところ。片田舎の町を離れ、山奥を進み、とある廃村でミニバンは止まった。
「着いたぞ。出ろ」
言われるがままミニバンを降り、拳銃を突きつけられ、歩けと指示される。
一応、今のおれは両手に凶器を持っている。
恰幅のいい禿頭ヤクザが常に拳銃を突きつけてくる理由としては十分だろう。
苔むした石畳は隆起してたり陥没してたりと歩きにくい。朽ちた屋根が時の重さに耐えかねて傾き、井戸の縁には錆びた
踏み入れた廃村に風はない。
鳥の鳴き声もしない。
あるのは全身を襲う寒気と————
「相変わらず臭えな」
何かが腐ったような異臭。
そんな異臭は廃村を進めば進むほど濃くなり、ヤクザたちの顔色も警戒に包まれる。
「ここの悪魔はな。今日明日には処理するやつだ。何で処理するか分かるか?」
警戒を露わにする他と違って、恰幅のいい禿頭ヤクザだけは余裕そうだ。こんな風によく分からない問い掛けをしてくるくらいには。
そんな問いに対して、おれは首を横に振るだけで口は開かない。
「手に負えないからだ。前に仲間が五人殺された。だからな、おめえが殺せるような悪魔じゃねえってことだ」
仲間が五人も殺されたという廃村には、確かに悪魔が潜んでいる。
何かが腐ったような異臭。
風が止み、動物は本能的に近寄らない。
悪魔の潜む場所はこの世から切り離されているみたいで気持ち悪い。
石畳は石階段へ変わり、両脇には杉の木が生い茂る。陽の光も届かないそこは、さっきまでとは比にならないほど不気味で、異臭や寒気も増している。
この先に悪魔がいる。
一段上がり、続けて二段、三段。
依然として拳銃を向けている恰幅のいい禿頭ヤクザはおれの後ろをついて来る。しかし、他のヤクザたちは階段下で待機するらしい。
石階段を登った先は神社だった。
色が落ち、所々が欠けた鳥居の前で思わず足を止めてしまう。背中に銃口がぶつかるが、そんなこと一切気にならないくらいには、目の前の存在に息が詰まった。
上半身は裸の老婆。
下半身は蛇。
醜悪な悪魔は社の屋根で蜷局を巻いている。
「おわぁっっ………!!?」
鳥居の前で足を止めたおれの背をヤクザが蹴り飛ばした。倒れそうになったが、マチェットを手放し、地面に手を着いてすぐに立ち上がる。
振り返ろうとして、社上の悪魔が動き出したのでやめた。
「殺せたら自由の身だぞ」
蜷局を巻いていた下半身がゆるやかに動き出し、冷えた空気を裂くように一筋の吐息が地面を撫でる。
上半身が持ち上げられ、老婆の鋭い眼光がおれを射抜く。
真っ黒な瞳は瞼がないのか瞬きを一切しない。醜悪に尽きる老婆の顔は直視するのも恐ろしく、ひらりと伸ばされた長い舌は蛇のそれと同じだ。
眠りから覚めてお腹が減っているのか。
何度も何度も舌を出し、頬まで裂けた口からは汚泥のような唾液が垂れ、社の屋根を伝って地面に落ちる。
「くそっ…………」
何故、自分が悪魔を殺せると思ったのか。
嫌というほど悪魔は見てきた。
悪魔にも姿形は様々で、自分でも殺せそうなものもいるし、実際に殺したこともある。
だが、今目の前にいる悪魔はレベルが違う。
ヤクザが五人殺されたというのも納得がいく。
社から地面に降り立った悪魔の全長は五、六メートルはあるだろう。持ち上げられる上半身も二メートルはある。
見上げるほどの巨躯の悪魔は裂けた口を開き、けたたましい歯軋りのような音を上げ、蛇の尾で地面を打つ。同時にその巨躯が弾かれた弦のように突っ込んで来た。
見えていれば避けることは出来る。
しかし、手放したマチェットを拾う時間はない。手斧を片手に砂利の上に飛び込んで、突進して来る悪魔を躱す。
砂利の上を何度も転がり、悪魔から距離を取る。
「そんなんじゃ殺れねえぞ!」
ヤクザの声が響く。
ここは奇妙なくらい静かなせいで、ヤクザの声もやけに大きく聞こえる。
顔を向ければ恰幅のいいヤクザは鳥居の手前で突っ立ったままだ。突進して来た悪魔は鳥居を挟んで二メートルもないくらいの距離にいる。
だが、悪魔はヤクザが見えていないのか。
再び持ち上げられた老婆の上半身は砂利の上に転がったおれに向く。
真っ黒な眼光は近くにいるはずのヤクザではなく、何故かおれに向いているのだ。
「おかしいだろっっっ!!?」
悪魔は再び突進して来る。
立ち上がって、おれは社へ走った。
逃げ込めるような場所は社しかなかったから、そっちへ逃げた。ぶち破る勢いで社の扉へぶつかり、中へ入る。
当然、先はない。
行き止まりだ。
「くそっっっ………!!!」
考えている暇はなかった。
ぶち破った社の扉から悪魔が顔を覗かせた瞬間、おれは老婆の額に手斧を振りかぶった。刃は眉間に深々と刺さり、汚泥のような体液が飛び散る。
体液を浴びることも気にせず、深々と刺さった手斧を放し、悪魔の横合いを抜けようとして—————
「おぉぁっっっっっ…………!!!!?」
相手は悪魔だ。
額を斧で割られて死ぬなんてことはない。
だが、怯むくらいはしてくれてもいいだろう。
悪魔が腕を伸ばし、横を通り抜けようとしたおれの先を塞いだ。おまけに塞いだだけでなく、人間の頭を軽々と握り潰せるくらいはある手を振りかぶった。
悪魔の手がおれの胸に直撃し、鋭利な爪が服を、肉を引き裂いた。
今度は鮮血が飛び散った。
それが自分のものであるという感覚はあまりない。
それよりも胸を打つ衝撃が脳を揺さぶり、叩き飛ばされたおれの身体は社の壁を突き破る勢いだった。
社の壁を破り、宙を舞うおれの視界は鬱蒼と生い茂る木々を映す。意識は辛うじてあるが、胸の痛みが遠く感じる。
どこまで落ちていくのか。
ふと頭を過った考えはすぐに否定された。
背中を強打し、落下は止まる。
しかし、滑る勢いは止まらない。
「ぅっおぉぁっっっっ⋯⋯⋯」
坂を転がる勢いを止めることは叶わず、転がる度に全身を強打する。痛いとか、そんなこと考える余裕もない。
止まることも出来ず、なるがままに坂を転がり続け、再度全身が宙を舞った。
視界に映るのは雲一つない青空。
どうやら、森の中を抜けたらしい。
そして耳元に届くのは川のせせらぎだ。
宙を舞っていた身体は飛沫を上げ、水に包み込まれる。
冷たい水が肌を刺し、空気が肺から逃げていく。手を伸ばし、足掻く気力はもうない。
伸ばしたところで誰にも届きはしない。
深く、静かに沈んでいく。
痛みも焦りも、全てが水に溶け消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます