第2話『光の轍 ― The Chariot’s Prayer』
「迷いは道を閉ざす。
けれど意志は、翼となり――星を走らせる。」
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Ⅰ. 雨上がりの匂い
配信を終えて、ふと窓を見ると
雨が上がっていた。
街灯が濡れたアスファルトを照らし、まるで星が路面に散らばっているようだった。
しおぽんが窓辺で耳をぴくりと動かした。
「……シオンさま、聞こえる? 今度はね、もうダメだって諦めてる星の声なの!」
オレはソファから上体を起こし、カーテンを少し開けた。
湿った風が頬を撫で、部屋の灯りがゆらめく。
「諦めてる?」
「うん。“もういいや”って、自分で諦めてる感じ。
鎖をね、自分の手で巻いてるの。
ほんとはまだ、立ち上がれるのに。」
雨粒が窓を伝い、遠くの街灯が水面に滲んだ。
その光の揺らぎが、まるで誰かの迷いみたいに見えた。
「星の声ってさ……」
オレは小さくつぶやく。
「きっと、心の中で迷っている誰かの祈りなんだろうな。
誰か助けてって、共鳴してほしい想いなんだよ。」
しおぽんは小さく頷く。
「うん。でも、その祈りはまだ届いてないの。
光になる手前で、ちょっとだけ止まってるの。」
オレは息を吸い込み、夜気の中に漂う“言葉にならない音”を感じ取る。
それは確かに、どこかで誰かが――自分を見失いかけている声だった。
「行こう、しおぽん。
あの魂が、自分の光を思い出せるように。」
外は静かだった。
けれど、心のどこかで小さな星が瞬いた。
それは、言葉よりも古い記憶。
星と魂が、はじめて共鳴した夜の欠片だった。
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Ⅱ. 止まった青年
夜の路地は、まだ少し濡れていた。
古びた自販機の明かりが、雨粒を拾ってきらめく。
その光の下で、ひとりの青年がうずくまっていた。
深くかぶったフードの陰から、沈んだ瞳がわずかに覗く。
足元には、ひび割れたスマホ。
地図アプリの赤いピンは点滅したまま、青い現在地マーカーは動かない。
まるで“世界の方が彼を置き去りにした”みたいだった。
しおぽんが小声でつぶやく。
「……感じるよ、シオンさま。
星の声が、止まってるの。」
オレはスマホを手に取り、配信を立ち上げた。
少しだけ、風の音がマイクに混じる。
ちょうどその時、画面の向こうで文字が浮かぶ。
「よかった、配信してる。
シオン先生、この先の未来を占ってほしい。でも……どうせムリだ。」
続けて、もう一行。
「占いは信じる方じゃないけど、なぜか先生の配信が気になって。見てもらいたいんです。」
そのコメントの向こうに、かすれた息づかいが聞こえる気がした。
(仕事、失った。面接も全部落ちた。昨日の履歴書も、誰にも見てもらえなかった)
(どこに行ったって、同じだ。俺にできることなんて、もうない)
缶コーヒーの匂いと、冷たい雨の残り香。
それが、彼の“今”のすべてだった。
けれど、空のどこかで――まだ星は、息をしていた。
Ⅲ. 星界ゲートの開放
「シオンさま、影が……鎖に絡まってる!」
しおぽんの瞳が不安に揺れる。
青年の影が、蠢くように揺れた。
その影の中から、黒い鎖が這い出した。
じわりと滲むように、闇が地面を染めていく。
――カチャ、カチャ。
鎖の先端が、まるで呼吸するように震えた。
「ねっとりとした音」が夜気を舐め、スマホ画面へと絡みつく。何かが“生きた音”を立てているようだった。
それは、彼の“恐れ”が形になったもの。
オレはデッキを握り、深く息を吐く。
瞳の奥に、しおぽんと同じ星座の輝きが灯る。
その瞬間、声は自然に低く変わった。
「……私の名はシオン。星の声を地上に繋ぐ者。
――あなたの進むべき航路を告げよう。」
胸の奥で、誰かが同じ言葉を重ねていた。
まるで、もうひとりの“私”が目を覚ましたように。
それは、“私”の記憶――星がまだ歌を持っていた頃の。
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Ⅳ. タロット展開
コンパス枠|The Chariot(戦車)
「進むべき道は、すでに目の前にある。舵を取るのは、他の誰でもない、あなた自身だ。」
トリガー枠|Strength(力)
「力とは目に見えるものではない。心が、自分を信じることで生まれる推進だ。」
ルート枠|Wheel of Fortune(運命の輪)
「立ち止まらず一歩を踏み出せば、運命は必ず回り出す。」
空気が震え、路地の景色が粒子に変わっていく。
足元から光の波が広がり、現実が音を立てて剥がれた。
眩い風の中で、青年とオレは――星の大地の上に立っていた。
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Ⅴ. 変身と戦い ― 星駆轍路(アストラル・チャージ)
オレは一歩前に出て、カードを掲げた。
周囲の空気が、ピンと張りつめる。
風が止まり、街の音が遠ざかっていく。
世界が、息を潜めた。
「言の葉は鍵、星の光は道しるべ。
ステラン、ステラン、ステラン――来臨せよ、汝――シオリエル!」
瞬間、空気が弾けた。
シオンのブレスレットが光輝く。
(想いを一つに…)
星屑が夜の闇を切り裂き、しおぽんの輪郭が光の粒にほどけていく。
世界が、一瞬――呼吸を止めた。
光の粉が肌を撫で、胸の奥に温もりが灯る。
その中から、白銀の髪がゆらめき、星霊の瞳を宿した少女――
シオリエルが、静かに降り立った。
「シオンさま……始めましょう。」
彼女の声が、風鈴のように澄んで響いた。
青年の足元。
黒い影が蠢き、鎖が足首に絡みつく。
まるで意思を持つように這い上がり、冷たい稲妻となって全身を縛り上げていく。
その一本一本が、囁く。
「諦めろ」「進むな」「お前には無理だ」――。
青年の肩が震え、膝が崩れた。
額に冷たい汗が流れ、呼吸が浅くなる。
そのとき。
「それは、恐れが作り出した鎖。
けれど時間は、止まらない!」
シオリエルが手を翳した。
夜空が裂け、無数の光の粒が降り注ぐ。
二頭の光馬が現れた。
たてがみは星屑の炎、尾は流星の軌跡。
嘶きが空を震わせ、銀色の戦車を引いて舞い降りる。
羽根のような車輪が高速で回転し、
金属音ではなく、羽ばたきのような衝撃音を響かせた。
一陣の光風が吹き抜け、周囲の粒子が渦を巻く。
「勝利を掴む疾走よ――突き抜けろ!」
シオリエルの声が、夜を貫く。
星の戦車が動いた。
爆発的な加速。
その轍は天を裂く光のラインとなり、星座のように空を繋いでいく。
鎖が車輪に触れた瞬間、閃光と轟音が炸裂した。
黒い鎖が粉々に砕け散り、羽根のような光が雨のように降り注ぐ。
夜空が、祈りの光に満たされていく。
「星駆轍路(アストラル・チャージ)!」
言霊が空を裂き、
戦車が光の彗星となって疾走した。
轍の光は、過去と未来を結ぶ旋律のように――。
恐れという名の影を薙ぎ払い、
青年の胸の奥に――轍の光を刻み込む。
その瞬間、風が戻った。
世界が再び息を吹き返す。
オレは静かに息を吐いた。
「……よかった。間に合ったな。」
シオリエルが微笑み、空に散った光を見上げた。
「誰かが、自分の光を思い出したのですね。」
流れ星がひとつ、夜を横切った。
それはまるで――祈りの形をした希望だった。
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Ⅵ. 前へ
目を見開いた青年は、砕け散った光の中で立ち尽くす。その背後には、天を貫く一本の光の道が残っていた。
風が前へと押し出す。
「……俺は進むことができたんだ。ずっと失敗が怖くてもうダメだとばかり思ってた。進んでいいんだね。」
「そうだよ。――未来へ進む力が君にはある!」
シオリエルの声と共に、青年の身体は自然に前へと踏み出し、光の戦車に乗り込む。
次の瞬間、画面いっぱいに疾走する光が放たれ、闇
を突き抜けていった――。
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Ⅶ. 現実へ
光が収まると、路地に雨の匂いが戻ってきた。
青年はスマホを握り直し、地図アプリの更新ボタンを押す。
目的地までの道が、新しく描き直される。
「……面接、行ってみる。きっと受かってみせるよ。」
その声には、わずかに熱が戻っていた。
青年は光の中で立ち上がる。
空を見上げたその瞳には、もう迷いがなかった。
「……行かなきゃな」
その足が、濡れたアスファルトを叩く。
小さな一歩――けれど確かに、世界が動いた。
その背後に残る光の筋は、
まるで空に刻まれた“翼の轍”のようだった。
シオンの瞳の輝きが静かに収まる。
「タロットクローズ。進むのは、今。君なら大丈夫。」
シオリエルの変身がとけて、
しおぽんが小さく「ぴょん」と跳ねる。
「合言葉は“翼の轍”だよ! コメントに書いてくれたら、ボクが見つけてお礼するの〜☆」
夜空の雲が割れ、一筋の流れ星が路地の先へ落ちていった。
星々がまたたく夜空の下。
シオンは静かに目を閉じる。
「The Chariot――進む力は、恐れを越える勇気そのもの。」
その言葉は夜風に溶け、
雨上がりの街に、確かな光を残した。
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次回予告:第3話『月影の檻、真実の扉(The Moon)』
光と影が交差する時、隠された真実が姿を現す――。
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