明星のネフィリム

冬椿雪花

第零章 異形の兵士たち

プロローグ

 呪われた魔法の影響で日蝕が引き起こされ、空は暗黒色に染まる。


 奴隷兵士である俺と仲間は、味方部隊による砲撃支援――敵軍をおびき寄せるための囮にさせられ、敵味方双方からの攻撃を浴びて死んだはずだった。


 だが、超人兵士『ネフィリム』になる過程で体内に植えつけられたのおかげか、負傷した体は再生。まるで嘘のように動けた。


「がぁっ……あ……」


 目の前で敵兵の体が黒い触手によって串刺しにされ、宙に浮いている。それら十本の、軟体生物に似た器官は俺の背中と両手首の内側から生えており、正真正銘、体の一部だ。


 どういう仕組みかはわからないが、三途の川を渡りかけた時、俺たち全員は、自分の中にいる存在と共鳴し復活を遂げた。


 その証拠に、仲間も次々と立ち上がっていた。


 わずか三十人にも満たない部隊で、六千人規模の敵旅団を薙ぎ払う。これほど痛快で、理不尽な戦いはあるだろうか。


「目を背けるな、か……ああ、一人ひとり敬意をもって殺すさ!」


 俺は触手の先端から、毒液を注入した。


 刺さった敵兵の体は内側から黒ずみ、瞬く間に崩れていく。最後には灰となり、風に吹かれて形を失った。


 その光景を目にしていた敵軍は、たちまち恐慌状態に陥った。


「ひっ!?」


 背中の八本の触手を海中で移動するタコのように動かし、敵が反応するよりも早く近づく。掌打を繰り出すと同時に、手首の触手を縮め、相手の体に叩き込む。


 すかさず残った触手で毒霧を拡散させると、周囲の敵たちは死に絶えた。


 そんな中、他の仲間たちも、俺に負けじと敵軍への蹂躙を始めた。


「あはははは! ペーターを傷つけた報い! 死をもって償えぇぇッ!!」


「くっ……このままだと魔導鎧のシールドが……がぁぁああッ!?」


 怒り狂ったザビーネが、敵の装甲兵に機関銃から放たれる弾丸の嵐を浴びせる。


 敵は魔石由来のエネルギーを防壁として、装甲に展開する鎧を着た者だ。


 しかし、彼女は弾薬ベルトを無限に複製し、恋人であるペーターの体が融合した機関銃に絶え間なく給弾する。相手の防壁は、その凄まじい弾幕と火力によって削られ、次第に砕けていく。


 それに追い打ちをかけるかのように、彼女の周囲の空間からより多くの機関銃の銃口が現れ、火を噴いた。


 敵は瞬く間に穴だらけになり、塵と化した。


「メェェエエエーー!!」


「何だ、この羊の化け物は!? あぁぁああッ!?」


 七つの目と七つの角を持った二足歩行の巨大な仔羊と化したエミリオ。おぞましい咆哮で敵を震撼させ、その巨体を生かしながら戦場を圧倒する。


 特に、顔の中央に位置する巨大な眼で睨まれた者たちは、正気を失っていく始末だ。


「や、やめろ!? 離せ――、うぐっ!?」


 大きな手で相手の体を掴み、空いたもう一方の手――自分の手の平から生えた口を、相手の口に押し当て、無理やり何かをねじ込む。


 体が異様に膨れ上がったその者を敵兵に目掛けて投げると、体内を食い破って出てきたイナゴの大軍が敵に多大な損害をもたらした。


「『カイザー・イェーガー』が全滅……これが、敵味方から忌み嫌われた者たち――ネフィリムの力だというのか……」


 皇帝の猟兵の名を冠する精鋭部隊――それを率いる敵の指揮官が、戦場のあり得ない光景を目の当たりにして呆然となる。


 相手が少年兵だからという理由で、微かな同情心を抱いてしまった。そんな子供たちは、今や異形の姿に変貌し、戦局は一瞬にして転覆。気づけば彼の旅団も、狩る側から狩られる側になっていた。


 その判断に、彼は深い後悔を覚えた。


 しかし、非情な戦争は彼に悔い改める時間すら与えない。俺たちが穢れた力を振るう度、敵の将兵たちは次々と死に追いやられる。


 この熾烈な塹壕戦にも、幕引きの時が訪れようとしていた――。


「見ているか、ニリア……俺はまた人をたくさん殺してしまった……」


 俺は自分の体に宿る神格、女神ニリアに語りかける。だが、彼女からの返事はなく、傍から見れば空言を口にしているようにしか見えない。


 それもそのはず、かつての俺は復讐心に取り憑かれ、家族であった彼女を道具のように酷使してしまった。それでも彼女は俺のことを愛し、止めようとしたが、当時の俺は聞く耳を持たなかった。


 結果、彼女は俺に授けた神の力を封じ、この異世界へと追放――人の心を取り戻すためのを俺に与えた。


「人って、何だろうな……」


 以前まで快楽に思えていた殺戮は、今では苦悶にしか感じない。この人を殺す目的の力でさえ、ニリアのものではなく、もっと恐ろしい別の異物だ。


 何より、年を重ねるにつれて虚しさが増し、彼女の考えがようやく理解できるようになった。そして、いつか自分なりの答えが見つかった時、彼女と再会できるのであれば、真摯に謝りたい。


 そんな思いを抱く俺は、彼女への贖罪の言葉と、過去に侵した過ちを振り返る。


 空虚な戦場に一人残った敵指揮官のもとへ、静かに足を踏み出した――。

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