明星のネフィリム
冬椿雪花
第一章 地に堕ちし者
第1話
目の前で、おばあちゃんが地面に横たわっている。彼女の体は無数の弾痕に貫かれ、鮮血が止めどなく滴り落ちていた。
多数の襲撃者に対応しきれず、判断が一瞬遅れた俺を、彼女は敵の銃撃から庇ったせいだ。
そう、すべては俺の不甲斐なさが招いたことだ。
「――ッ!? おばあちゃん……」
戦闘の最中、あまりの悲惨な光景に言葉が出ない。いや、むしろ頭が追いつかず、言葉よりも先に体が動いていた。
急いで彼女の元へ駆け寄り、その痛々しい体を抱きかかえる。そして、まだ安全である巨大な霊樹の麓まで後退した。
しかし、後ろからはおばあちゃんを傷つけた奴ら――この神域を汚す、招かれざる客である武装した兵士たちが銃を撃ってくる。
俺はそれらを避けながら、ひたすら走った。だが同時に、心の奥底から憎しみもこみ上げてきた。
長い間、誰も知らないところで、妖怪や化け物相手に戦い続けてきた俺たち。普通の人とは違い、異能力を持つという理由だけで世界から「異常」と見なされ、命を狙われる。
ましてや時代が変わり、ある日突然現れた連中に、「自分たちこそが正義の味方で、全ての異常存在を排除する」などとふざけたことを抜かされ、敵視される。
できることなら、この場で今すぐ襲撃者たちを八つ裂きにしたい。でも、まずはおばあちゃんの治療が先だ。
それに、どんなに傷が深くても、きっとニリアお姉ちゃん――慈愛の女神なら、何とか治してくれるはずだ。
そう信じて、俺は彼女の元へと急いだ。
「……
「何言ってるんだよ!? おばあちゃんを置いていけるわけないだろ!? あと少しでお姉ちゃんのところに着くんだから、しっかりしてよ!」
おばあちゃんの体温が徐々に冷えていく。後ろでまとめていた白髪はほどけ、いつもよりも老けて見えた。
正直、彼女の弱っていく姿を見たくなかった。
「くそっ、やっぱりいつも使っているあの剣がないからだ! 剣があったら、おばあちゃんがあんな奴らに負けるはずなんてない!」
「……剣は力を必要とする者に託しました。それに、私が死ぬ運命は変わりません」
「変なこと言うなよ! 今、お姉ちゃんのことを呼び出すから待ってて!」
俺はおばあちゃんを霊樹の根元にそっと下ろし、声を張り上げた。
「お姉ちゃん! おばあちゃんの命が危ないんだ! お願いだから助けて!」
俺の声に反応して、大きな柳の樹が風に揺れ、淡い光を放つ。すると、その光は集まり、人型の実体へと姿を変えた。
腰まで伸びたプラチナブロンドの髪、慈愛に満ちた金色の瞳。頭の上には天使を象徴する光の輪があり、背中からは三対の純白な翼が生えている。
神々しくも繊細な装飾が施された法衣を纏い、全身から溢れる緩やかな光が彼女を女神としての威厳を際立たせる。それが彼女の印象なのだが、今日に限って彼女の瞳は悲しさを帯びており、光の輝きもどこか弱々しく感じた。
「景明……残念だけど、
「え、嘘でしょ……? お姉ちゃんはすごい女神なんだろ? 何で治せないんだよ!」
「私の力はそこまで万能じゃないわ……それに、死ぬ運命にある人を助けることはできないの……」
「何だよ、それ! いいから早く治してよ!」
お姉ちゃんが理不尽なことを言うから、思わず怒声を浴びせてしまった。
でも彼女は何も言わず、ただ黙っているだけだった。
「ニリアにあたるのはやめなさい、景明。自分の命が尽きかけているのはわかっています。それよりも、私の最後のお願いを聞いてくれますか?」
「……いやだ……願いを聞いたら、おばあちゃんが死んじゃうよ……」
「あなたは強い子です。わがままを言うものじゃありません。……どうかもう一度だけ、あなたの顔をよく見せてくれませんか?」
「顔なんか見たって、意味がないよ……」
おばあちゃんは手を俺の頬に当てる。
こう言えば断れないのを知っているから、俺は余計に卑怯だと感じた。けれど、これが大好きな彼女の最後だと思うと、涙が止まらなかった。
「ふふふ。凛々しい顔ですが、涙で台無しですよ? でも、孫に見届けられて死ねるのは悪くありませんね。……私はあなたにとって良い祖母でしたか?」
「うん……でも俺はまだ未熟で、おばあちゃんに何も返せていないよ……」
「そんなことはありません。あなたが日に日に成長する姿を、誰よりも近くで見ることができました。それだけで十分です」
そう言うと、おばあちゃんは視線をお姉ちゃんの方へと向け、彼女とも別れの挨拶をした。
「ニリア、景明のことを頼みましたよ」
「ええ、任せて……」
お姉ちゃんは俺にとって親同然の存在。彼女たちは多くは語らず、ただお互いの信頼と目だけで会話を交わした。
「景明、あなたの祖母でいられて幸せでした……これからは、ニリアと助け合い……決して心を、憎しみに囚われてはいけませんよ……」
その言葉を最後に、おばあちゃんは糸が途切れたかのように力を失い――亡くなった。
「おばあちゃん……おばあちゃんッ!!」
俺はおばあちゃんの亡骸を腕に抱えながら泣いた。彼女の体の熱が消えていくにつれて、彼女との思い出が頭の中に駆け巡った。
そんな彼女が、もうこの世にはいないのだと理解すると、悲しみがより一層強くなった。
「ターゲットAの死亡を確認した。これよりターゲットBを排除し、女神の確保にあたるぞ」
「了解だ、隊長。しかし、ババアのくせに厄介だったぜ。死体は処理班にでも任せるのか?」
「ああ。回収した後、研究に回す予定だ。それより、Bの潜在能力はAを超えると報告にもあったはずだ。相手が子供だからといって油断するな」
「あいよ」
耳障りな声が聞こえ、振り向くと兵士たちが霊樹の周りを取り囲んでいた。
そして、奴らは今、確実に言ってはいけないことを口にした。
「お姉ちゃんを確保する? おばあちゃんの体を研究するだと……? ふざけるなッ!!」
「待ちなさい、景明――」
お姉ちゃんが何かを言っているが、もう頭に入らない。
目の前の敵を殺したくて仕方がない俺は、腰から短剣を抜いた。
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