人でなしの俺を、それでも女神は愛してくれる ~復讐のために彼女を道具にして、世界を敵に回した陰陽師の末路~

冬椿雪花

第一章 地に堕ちし者 ~日本・復讐編~

プロローグ

「酷い顔だな……」


 朝の通勤客で賑わう駅構内のトイレ。その洗面台の前で、自分の顔を見つめながら俺はそう呟いた。


 死人のような瞳に、血色を失った白い肌。それだけでも十分酷いのだが、もっと最悪なことがある。

 

 ここ最近、まともな食事と睡眠が取れていないせいか、時折眩暈がして頭もうまく働かない。


 理由は、追われているからだ。


 機構の拠点を襲撃したことにより、その報復として奴らは政府機関に介入。その他、何らかの手段を行使して俺の身元を特定。そして、俺は指名手配され、警察が動く事態にまで発展した。


 要するに、事が大きくなり、世間から要注意人物として扱われるようになってしまったのだ。


「ニリア……何だ、その顔は……また俺を怒らせたいのか?」


「……あなたの身勝手な振る舞いに嘆いているのよ……」


「ッ、俺がどうなろうとお前には関係ないだろ! 俺をそんな目で見るな!」


 俺は鏡に映るニリアに対して罵声を浴びせた。


 彼女の憐みを含んだ眼が俺の神経を逆撫でしたからだ。


「いつまで復讐を続けるの? あなたは独りぼっち……もう誰もあなたのことを助けないのよ」 


「うるさい! そんなものに頼らなくても、俺は独りで生きていける! いい加減、目障りなんだよお前は!」


 ニリアは実体を持たない魂だけの存在。そんな彼女にいくら怒鳴っても意味がない。だから、心の中で怒りが募っていくばかりだ。


「くそっ、いつまで母親面するんだよ……」


 俺は冷水で顔を洗ってから、個室トイレを出た。 


 そして、正体がばれないように着ているコートのフードを深々と被る。朝の通勤ラッシュの中、人々に紛れながら駅内を進んだ。


「凶悪殺人犯、櫛名田景明くしなだ かげあき。この近辺に潜伏中……ふん、丁寧に顔写真まで撮りやがって」


 警戒態勢が日を追うごとに厳しさを増していく。


 ふと壁や掲示板の方を見ると、俺の指名手配用のポスターがびっしりと貼られていた。さらに、スマホからニュースサイトにアクセスすると、記事が全部俺のことで埋め尽くされていた。


 不本意だが、ニリアの言う通りだ。今さら管原家に助けを求めても、あいつらは俺を歓迎しない。連中のプライドを傷つけた張本人を、奴らが再び受け入れるはずがない。


 しかし、弱者に頼らずとも俺は強い。何せ、俺は神の力を手に入れたのだから。


 敵が来るなら、すべて返り討ちにすればいいだけの話だ。


「ねぇ、あの人。ニュースに載ってた人じゃない……?」


「え、嘘? 本当だ! は、早く警察に通報しないと!」


「――ッ!」


 女子高生たちの声と共に、その情報が瞬く間に周囲の人たちへと拡散する。


 顔をうまく隠していたつもりが、遅かれ早かれ、いつかはこうなるとわかっていた。


「チッ!」


 俺はすぐさまその場から逃げ出した。


 間もなくして、その後ろを通報を聞きつけた警察が追ってきた。


「どけ! 邪魔だ!」


 人混みを押しのけ、改札口を飛び越えて駅のプラットフォームへと上がる。けれど、良かれと思って駆け上がった階段の先は行き止まり。


 完全な判断ミスだった。


「ここで警官たちを倒すか……いや、それだともっと騒ぎが大きくなる。呪符もここぞという時のために残しておくべきだし、どうすれば……」


 俺が殺すのはあくまで機構の連中だけだ。無関係な人を巻き込まないという自制心がまだ働く限り、その手段は取りたくない。


 やむを得ず、温存していた呪符を使って透明化の術を唱え、この場をやり過ごそうとする。


 しかし、呪符はなぜか機能しなかった。


「何で発動しないんだ!? 霊力を送っているのに!」


《私が封じているからよ》


「ッ! どういうつもりだ、ニリアッ!!」


 癇癪を起した俺は周囲の目にもくれず、喚き散らした。


 事情を知らない人たちからすれば、支離滅裂な独り言を叫んでいる頭のおかしい奴にしか見えない。


「俺を裏切るのか!? お前のために戦ってきたこの俺が、どうなってもいいのか!?」


《……そんな戦い、私は望んでいなかった……》


「ッ! じゃあ、俺がやってきたことは全部無駄だって言いたいのかよ!」


 ニリアに問いかけても、彼女は必要以上に話をしてこない。こうなれば、追ってくる警察を蹴散らして逃走するしかない。


 けれど、戦う構えを取ったその時、俺はあるに気づいた。


「体に力が入らない!? まさか……!」


《ええ、は返してもらったわ。今のあなたはただの人間に戻ったのよ》


「――ッ!? このあばずれがぁ!! その力は俺のものだぁぁああ!!」


 体の制御を奪われた時のように主導権を握ろうとしたが、何も起きない。逆に、今回のものは以前のとは何かが根本的に違った。


 例えるなら、心臓から血液が全身に行き渡らず、力が抜け落ちていくような感覚だった。


「落ち着け、まだ方法はあるはずだ……待てよ、何でこんな簡単なことに気づかなかったんだ……! はははっ!」


 停車中の電車を見つけた俺は、その中へと駆け込んだ。


 車両内は満員だったが、俺は何も知らない乗客たちをかき分け、先頭の方まで足早に進む。それから、先頭車両にある運転室に入り、扉に鍵を掛けてから短剣を運転士の喉元に突きつけた。


「今すぐ電車を出せ! じゃないとお前の首を斬る!」


「ひっ!? わ、わかりました!」


 俺の脅しが効き、運転士は急いで電車を駅から発車させた。ものすごいスピードで加速したため、車内は激しく揺れ、乗客たちが悲鳴を上げた。


 俺はそれを気にも留めない。


 人は、よく追い詰められたら「何をしでかすかわからない」と言われるが、今の俺がまさにその状況だ。

 

 こうなったのは全部ニリアのせいだ。


 だから、俺は悪くない――。


《結局、未来は変えられないのね……でも、もし言っていたことが本当なら……》


「何わけのわからないことを言ってんだよ! 俺にわかるように話せ! ――それと運転士! あんたもさっきから何見てんだ! 運転に集中しろ!」


 意味不明な言葉をぼやくニリアに苛立ちが収まらず、隣で俺のことを覗き見ていた運転士に当たり散らした。


 以前の俺と比べると、あり得ないくらい荒い口調と態度へと変貌を遂げていた。その自覚はわずかにあったが、もはや止めることはできない。


「おい、次の駅で止めろ。いいな?」


「は、はいぃっっ!」


 次の駅で下車しようと思った俺は、怯える運転士に命令を出した。


 しかし、震える手が操作を誤ったのか、電車は駅を通過し、さらに加速した。


「俺は止めろって言ったよな? 死にたいのか?」


「違うんです! ブレーキをかけたんですが、電車が止まらないんです!」


「何だと? ……これもお前の仕業なのか、ニリア?」


 思い当たる節があるとすれば、この女の関与だ。


 たとえ、魂だけの存在になっても彼女は女神――常識を覆すような現象を起こしてもおかしくはない。


 ここは素直に、許しを請うべきか?


 いや、あれだけのことをしてきた俺を彼女が許すはずがない。そもそも俺自身、もう彼女を信用していない。


 謝るなんて選択肢は最初からないのだ。


《そうよ。あなたを追い込んだのは私の責任――私のことを恨んでも構わないわ》


「恨む……? ああ、憎んでやるよ! 心の底からなぁ!!」


《……あなたはこれから、もう一つの世界で巡礼の旅に出るの。私はいつかきっと、あなたが人の心を取り戻せると信じている。だから、それまで私は……あなたの奥深くで眠りにつくわ……》


 俺の中でニリアの存在が薄れていくのを感じる。


 それと同時に、電車は光の速さに到達。窓から見える景色が歪み、線状に引き伸ばされていった。


《ずっと待ってる……あなたを愛しているわ……》


 彼女の最後の言葉が俺の耳を掠めていく。


 光の尾を引くような勢いで電車は暴走。車内の照明が激しく点滅を繰り返す。


 意識が次第に遠のいき、これまでの復讐の記憶が走馬灯のように頭を駆け巡った。


 俺は正しいことをしたはずなのに、どうして誰も認めてくれないんだ――。

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