第2話
「全員、殺してやる!」
おばあちゃんを殺した兵士たちが憎くてたまらない。
右手に短剣を握りしめ、なりふり構わず敵を殺すために駆け出す。同時に左手で呪符を取り出し、呪詛を唱えると蔓が地面から伸び出し、奴らの脚に絡まった。
まずは、おばあちゃんの亡骸を愚弄したあのニヤついていた奴からだ。
「何だ!? くそっ、脚が動かねぇ!」
「ッ、蔓は後回しだ! とにかく撃て!」
兵士たちは予期せぬ事態に動揺する。
俺はカカシ同然になった奴らの銃撃を避け、短剣を兵士の首元に突き刺した。
「あがっ……! ぐ、ぅあぁ……!」
男は切り傷から汚物を垂れ流しながら、うめき声を上げる。
だが、同情の余地なんてない。
「た、隊長! 我々はどうすれば!」
「うろたえるな、今考えている! ……子供にとって女神は守るべき存在……! 全員、あの大樹を攻撃しろ!」
「で、ですが、それだと収容対象を傷つけてしまう可能性が――」
「いいからやれ!」
兵士を二、三人殺したところで奴らの動きが変わり、銃口を俺ではなくお姉ちゃんの方へと向けた。
お姉ちゃんは樹だから身を守るすべがなく、このままだと傷ついてしまう。
「させるか!」
俺は兵士たちとお姉ちゃんの間に入り、防壁の呪符を使って銃撃を止める。しかし、一点張りの攻撃に霊力で作られた防壁はガラス片のように砕け、俺の体をかすめた。
「くっ!」
「やはり、女神が足枷となって満足に戦えないようだな。第一班はそのまま子供を牽制し続け、第二、第三班が拘束から抜け出すまで援護しろ!」
銃弾が体に食い込むと、赤い血が流れ落ちる。体は異様に熱く、痛みが全身を走った。けれど、今立っているこの場所から引けない。
不利な状態に陥った俺は、奴らが次々と蔓を切り落とし、自由になっていく様子をただ見ていることしかできなかった。
「景明、私のことはいいから早く逃げなさい!」
「お姉ちゃんまでおばあちゃんと同じことを言うの!? あいつらに捕まったらどんなことをされるかわからないんだよ!? いいから黙ってて!」
俺のことを思ってのお姉ちゃんの言葉が、嫌味に聞こえカッとなってしまう。
俺がどんな気持ちで彼女のことを守っているのかも知らずに……。
「全員、拘束を解いたな。一気に畳みかけるぞ!」
「ッ!」
銃弾の雨を浴びた俺の体は衝撃で吹き飛び、霊樹の太い幹にぶつかり、おばあちゃんの亡骸の横に倒れた。
しかし、奴らは引き金を引く指を緩めない――肉が削げ、骨が砕けても、銃を撃ち続けた。
「……これだけ撃ってもまだ息をしてるなんて……異常です!」
「こいつらの体は普通の人間とは違って頑丈だ。だからこそ、人外相手にも戦えたのだろう」
「そんなの化け物と何ら変わりありません! また怪しい術を使われる前に自分がとどめを刺します!」
意識が朦朧する中、俺を化け物扱いする偽りの正義の執行者の声が聞こえてくる。
心の拠り所だった屋敷は燃え、平穏だった日々は悪意によって引き裂かれる。横にいるおばあちゃんに手を伸ばそうとするも腕に力が入らない。
とにかく惨めだった――。
「おばあちゃん……お姉ちゃんを守れなくてごめん……」
奴らは俺を殺した後、お姉ちゃんを陵辱するつもりだ。
何もできず、絶望の中で朽ち果てていくのが悔しく感じ、目から血なのか涙なのかもわからない液体が溢れ出た。
小さい時から俺を捨てた母親の代わりに、大切に育ててくれた家族。いつだってお姉ちゃんに守られてばかりだった俺が、彼女を守ることすら叶わないのが悔しくてたまらない。
だから俺は兵士を憎む以上に、弱い自分が憎かった。
「汚らわしい化け物め! 仲間の仇だ!」
銃口を頭に突きつけられ、いよいよ終わりを迎える。人殺しの悪行を働いた兵士が情に訴えるのが馬鹿らしくも、腹立たしく思えた。
だがその時、背後にそびえ立つ霊樹が眩い光を周囲に放つ。白い静寂に包まれ、すべての時が制止する中、俺とお姉ちゃんだけが身動きを取れた。
どうやら俺はまた、彼女に守られてしまったようだ――。
「景明……もう傷つかないで……」
「……泣いているの……お姉ちゃん?」
薄れゆく意識の中で、涙を流すお姉ちゃんの胸に優しく抱き寄せられる。
思い返せば、彼女には迷惑をかけてばかりだった。
「私はあなたを一人になんかしないわ……でも、それがあなたを破滅へ追い込むと知っていながらも、私には止められない……ごめんなさい……」
彼女が何に対して謝っているのかはわからない。でもこの際、そんなことはどうでも良くなっていた。
なぜなら最後に、子供に戻ったように母親である彼女の温かい胸の中で眠れることに幸せを感じているからだ。
「これから私とあなたはひとつになるわ。けれど、あなたがあなたのままでいられないかもしれない……それでも私は、あなたのことを愛しているわ……」
そう言うと、お姉ちゃんの体は徐々に光になり、俺の体を包み込んだ。
すると、冷え切った体――背中の奥、脊椎に新たな熱が宿った。それはまるで途切れていた血流が全身を駆け巡り、今まで眠っていた潜在意識が覚醒した瞬間のようだった。
そして、制止していた白い空間に色彩が戻り、時が再び歩みを見せた――。
「チッ。急に大樹が光ったと思ったら、今度は独り言をぶつぶつと……さっさと――ッ!?」
兵士の言葉は途中で途切れ、驚きの表情を浮かべる。
まあ、目の前で死にかけだった化け物が何事もなかったように立ち上がり、片手で銃身を捻じ曲げていれば、当然の反応か。
「さっさと? お前がさっさと死ね」
「ぎぁあああっ!?」
俺はもう片方の手を兵士の腹部に突き入れ、また引き抜くと大きな声で絶叫が上がった
しばらくの間喚き散らすかと思いきや、奴はすぐに死んだ。
「ッ、異常事態だ! ターゲットが女神を取り込んだ! 作戦を変更、直ちに女神ごと排除しろ!」
兵士が声を荒げてたじろぎ、先ほどまでの余裕だった態度が一変する。
確かに傷はいつの間にか再生しており、体は嘘のように軽い。おまけに、虚ろだった意識も鮮明になっていた。
「女神を取り込む……? お姉ちゃん、もしかして俺の中にいるの?」
「……ええ、いるわよ」
「やっぱりそうだった……傷も治っているし、力も前より強くなってるのを感じる……。これならおばあちゃんの仇が取れるよ、お姉ちゃん!」
「……そう……よかったわね……」
いきなり力を手に入れたことで、少し怖さを覚えたが、それよりも歓喜が勝り、俺は心の中で舞い上がった。
けれど、お姉ちゃんの声には嬉しさや安堵よりも、恐れや不安の方が強く感じられた。
せっかく、この凄い力を使って敵から彼女を守れるっていうのに、どうして嬉しくなさそうなんだ……?
「うぁあああっ!? く、来るなぁぁッ!?」
「そんな遅い弾、当たるわけないだろ?」
力みなぎる体を動かして走ると、一瞬で相手との距離を縮めた。
敵を殴ればおもちゃのブロックのように体が弾け、手で首を絞めれば細い木の枝のようにへし折れる。
その暴君とも呼べる戦い方を前に、兵士たちは次第に恐怖を覚え始めた。
「泣くんだ……? はは……あははは……人殺しのお前らでも泣き叫ぶんだ! なら、おばあちゃんが受けた苦しみを思い知りながら死んでいけ!」
俺は、おばあちゃんが受けた屈辱、それ以上の絶望を与えながら兵士たちを蹂躙していく。
――やがて、生きている敵は一人もいなくなり、周りには血だまりと死骸だけが残った。
けれど、興奮と葛藤に混じった感情は抑えが利かなかった。
何より、「最初からお姉ちゃんとひとつになっていれば」と思う度に、運命という言葉を呪った。
「お姉ちゃん、すごいよこの力! でも、もっと早く俺にくれれば、おばあちゃんだって死なずに済んだのに……どうして、教えてくれなかったの……?」
「……ごめんなさい……あなたに答えることはできないわ……」
「何でだよ……さっきから謝ってばっかりだし……俺たちは家族じゃないの!? ねぇ!」
俺は怒りの矛先をお姉ちゃんに向けた。
どんなに問い詰めても、彼女はただ謝るだけで理由を教えてくれない。
彼女を責めるのは理屈で間違っているとわかっていても、そうすることでしか鬱憤を晴らせなかった。
けれど、家族を疑いたくないから、俺はこれ以上追求するのはやめた。
「……怒鳴ってごめん……」
今一度、冷静さを取り戻した俺はお姉ちゃんに謝った。きっと彼女にも答えられない理由があるはずだから、今の自分がわがままだということはわかっていた。
それよりも、いつまた兵士たちが援軍を送ってくるかわからないため、急いでおばあちゃんを弔わなくてはいけない。
「おばあちゃん……俺のことを愛してくれてありがとう……さようなら……」
彼女の遺体を丁寧に整え、敬意を込めて火を灯し、燃えていく様子を見守る。本当ならもっとちゃんとした別れを告げたかったが、あまり時間をかけられないことがどうしようもなく悔しかった。
そうして遺体が灰になったのを確認した後、俺は自分が育ったこの場所を最後にもう一度見渡した。
ふと見ると、お姉ちゃんが宿っていた柳は、枯れ木になっていた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます