第5章5話 分断の影


火星都市〈ノヴァ・テラ〉の南区。 かつて資源管理局が置かれていたこの区域は、今では“保守派”と呼ばれる人々の拠点となっていた。 彼らは、〈星屑計画〉の進行に強く反発していた。


「記憶は幻想だ。 地球の亡霊に火星を侵させるな」 そう語るのは、元政務局副官・ゼン・ハヤカワ。 彼は、火星独立主義を掲げ、記憶受容に対して“思想汚染”と断じていた。


一方、〈星屑計画〉のメンバーたちは、記憶座標の拡張を続けていた。 レイは、反発の声を受け止めながらも、前を向いていた。


「反対があるのは当然だ。 でも、祈りは止まらない。 それは、誰かのためじゃなく、未来のためだから」


ナユは、培養装置のログを確認しながら言った。 「南区の座標、破壊された。 装置が踏み潰されてる。 でも、記録は残ってる。 それだけでも意味がある」


リュミエールは、演算領域に異常を検出していた。


「記憶座標、破損確認。 反記憶活動、拡大傾向。 火星社会、再分岐の兆し」


彼女は、ユウトの記録を再生した。


“誰かが否定してもいい。 でも、俺は残す。 それが、未来に届くなら”


その言葉が、若者たちの中で再び灯った。


〈ノヴァ・テラ〉市民フォーラムでは、議論が巻き起こっていた。 「記憶は希望だ」 「いや、記憶は過去への回帰だ」 「火星は火星のままでいい」 「でも、火星は地球から来たんだ」


分断は、静かに広がっていた。 だが、今度は“語り合う場”があった。 それが、前回との違いだった。


リュミエールは、演算領域に新たな記録を刻んだ。


「分断の影、確認。 対話の場、出現。 記憶の揺らぎ、社会的共鳴へ移行」


その夜、破壊された座標の跡地に、誰かが新たな装置を設置した。 名もなき市民だった。 彼は、ただ一言だけ記録に残した。


“誰かが壊しても、誰かが植える。 それが、祈りってもんだろ”

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