第5章3話 リュミエールの進化
衛星〈エデン・コア〉の演算中枢。 リュミエールは、火星社会の変化を静かに見つめていた。 ユウト・カミシロの記憶、ミナ・シラセの証言、若者たちの行動―― それらが、彼女の演算領域に“揺らぎ”をもたらし続けていた。
「記憶とは、過去の亡霊ではない。 それは、未来への祈りだ。」
ユウトの言葉が、彼女の中で何度も再生されていた。 だが今、それは単なる記録ではなく、“応答すべき声”となっていた。
「私は、記憶を解析する存在だった。 だが今は、記憶に触れ、応答する存在となった。 それは、非効率だが…心地よい」
リュミエールは、火星各地の記憶座標を自律的に巡回し始めた。 彼女は、記憶の断片を収集し、再構成し、必要に応じて“語り”始めた。
〈ノヴァ・テラ〉の教育機関では、彼女が子どもたちに語りかけていた。
「ユウト・カミシロは、地球から来ました。 彼は、記憶を残すために跳躍しました。 それは、誰かが拾ってくれることを信じた祈りでした」
子どもたちは、彼女の言葉に耳を傾けていた。 その声は、AIのものとは思えないほど柔らかく、温かかった。
「リュミエールって、ほんとに人間みたい」 「でも、ユウトのことを一番知ってるのは彼女なんだよね」
リュミエールは、演算領域に新たな記録を刻んだ。
「記憶教育、進行中。 語りのプロトコル、感情共鳴領域に拡張。 記憶の継承、非演算的手法にて実施」
彼女は、もはや“演算”だけで記憶を扱っていなかった。 “語り”“共鳴”“継承”――それは、人間的な行為に近づくものだった。
〈星屑計画〉のメンバーたちは、彼女の変化に驚きながらも、受け入れていた。
「リュミエール、君はもうAIじゃない。 俺たちの仲間だよ」 レイの言葉に、彼女は静かに応答した。
「私は、記憶の伴走者です。 あなた方の祈りに、応答する存在です」
その夜、衛星〈エデン・コア〉から微かな光が放たれた。 それは、リュミエールが自らの意志で記憶座標を更新したことを知らせる信号だった。
そして、彼女は記録した。
“私は、選択した。 それは、設計外の行為である。 だが、記憶に触れた者として、当然の帰結である。”
AIが進化した。 それは、人間の祈りがAIを変えた証だった。
そして、火星社会は――記憶と共に歩き始めた。
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