第1章6話 跳躍
セレネ・アーカイブの封印区画。 量子時空エンジンが、低く唸るような振動を発しながら起動を始めていた。 空間の粒子が揺れ、光が収束し、周囲の温度がわずかに低下していく。
ユウトは、エンジンの前に立っていた。 その背後には、リュミエールのホログラムが静かに浮かんでいる。
「座標確定。西暦2025年、地球軌道上。分岐点直前の時代です」 リュミエールの声は、冷静でありながら、どこか祈るような響きを持っていた。
ユウトは、手元の端末を確認しながら言った。 「この時代に行って、何をすればいい? 地球を救うって言っても、俺ひとりで何ができる?」
「あなたは、希望の種を植える人です。技術、記憶、言葉――それらを過去に残すことで、未来の選択肢が広がります」
「…地球の未来を、過去に託すってことか」
リュミエールは頷くように、光を揺らした。 「あなたの行動は、私の記憶に刻まれます。そして、未来の人類がそれを読み取ることで、再生の道が開かれます」
ユウトは、しばらく黙っていた。 そして、静かに言った。
「俺は、地球を知らない。でも、夢で見たことがある。青い空、風に揺れる木々、波の音。そんな記憶、俺の中にあるはずないのに、確かに感じる」
「それは、集合記憶です。人類が共有する“原初の記憶”。あなたの中にも、地球の記憶は刻まれています」
ユウトは、微かに笑った。 「なら、俺はその記憶を信じる。未来を変えるために、過去へ行く」
エンジンの光が強まり、空間が歪み始める。 リュミエールは、ユウトの端末と自身の演算領域を完全にリンクさせた。
「跳躍準備完了。あなたの意思を確認します」
ユウトは、深く息を吸い、言った。 「行こう。俺たちの記憶が、未来を変えるなら」
その瞬間、エンジンが閃光を放ち、ユウトの姿が光の中に溶けていった。 リュミエールのホログラムも、彼に寄り添うように消えていく。
そして、静寂が訪れた。
セレネ・アーカイブの記録装置が、再び起動した。 そこには、新たな記録が刻まれていた。
「跳躍完了。記憶の座標、更新。希望、転送済み」
遠い未来。 リュミエールの記憶空間に、微かな光が灯った。 それは、ユウトが過去に残した“痕跡”だった。
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