第3話
「全く、これほどまでに強い想いを抱かれているとは、罪な者も居るのだな?」
広夜が小さく呟くと、夜鬼が意味ありげな視線を向けた。
「ん? 何か言いたげだな?」
と広夜が聞くと、
『いえ、何も』
と夜鬼が静かに答えて目を伏せる。
多治比家では、嫡男が急な病に伏せていて、医師を呼び診て貰うも原因が分からず途方に暮れていた。そんな折、広夜がこの屋敷を訪ね、
「急なお尋ねを失礼するが、何かお困りでは御座いませぬか?」
と門前で声をかけると家人の者が、
「あなた様は何方でございましょうか?」
と尋ね、
「
と広夜が答えた。すると家人が、
「主にお伝えしますので、暫くお待ちください」
と答え、それから暫くして、急ぎ門へ近付く足音が聞こえると、すぐさま門が開かれ、
「
と主が直々に出迎え、門の外に人がいない事を念入りに確認しながら
(歓迎されているのか、迷惑がられているのか? 複雑だな)
そんな広夜の思念に夜鬼が答えた。
(迷惑がられているのなら助ける必要はないです)
(そういう訳にもいかない。これが私の職務だからな)
広夜は夜鬼の思念に答えた。今は夜鬼も人には姿を見せず、気配を消して広夜の傍に控えていた。
広夜が通された部屋は、どんよりとした重たい空気が満ちていて、横たわる若い男の傍に髪の長い女がひっそりと座り、男の顔を覗き込んでいた。この女は生霊で、広夜と夜鬼以外には見えていないようだった。
「高円殿、如何でしょうか? やはり妖の仕業でしょうか?」
主が聞くと、
「妖と言えば妖ですが、生きた者の強い想いが障りとなっているようだ。皆は暫く離れていて頂けるかな?」
と広夜は答えた。
そして、皆が離れたのを確認すると、部屋の御簾を下げ、広夜は静かに尋ねた。
「あなたはどちらの姫君か?」
広夜の問いに、女は顔を上げてこちらへと振り向いたが、その顔は長い黒髪で覆われ、右目だけがその隙間から覗き、訝るように広夜を見た。
「安心しろ。私はあなたを祓いに来たのではない。話しを聞きに来たのだ。あなたの想いを聞かせて頂けるだろうか?」
と広夜は更に言葉をかけると、女は小首をかしげ、
『これは夢なのでしょう? どうして高円様が居られるのでしょうか?』
と尋ね、少しずつその容姿が変化していき、貴族の姫君らしく、美しく可憐な姿となった。
「これは、
広夜が聞くと、紀の姫は少し落ち着きを取り戻したように、静かに語り始めた。
多治比の若君との出会いは、半年前に行われた宮中の
「そうでしたか」
と広夜は紀の姫君の心中を思いやるように優しく答え、
「それでは、あなたはこの若君にどうして欲しいのかを、お伝えしてはいかがでしょう?」
と言葉を続けた。
『わたくしへの想いをお聞かせいただきたい。心変わりしてしまわれたのはなぜと問いたい』
紀の姫君が言うと、その瞳から一粒の涙が頬を撫でるように落ちていく。それはとても美しくそして悲し気だった。
「多治比の若君、紀の姫君に答えてはくれませぬか?」
広夜はそう言って、若君の身体を起こし、目を覚まさせた。
目の前に居る紀の姫君の透き通る姿に驚愕し、わなわなと震える若君の両肩に手を置いた広夜は、
「落ち着いて下さい。紀の姫君は、あなたのお気持ちを知りたいだけなのです。聞こえていたのでしょう? 答えて差し上げて下さい」
ともう一度、若君に言うと、
「私の心は他へ行ってしまい、申し訳なく思う。そして、もうあなたには会えない。どうか、私を忘れて下さい」
と懇願するように叩頭した。
それを見た紀の姫君の表情は冷たく、流した涙も消えて、
『分かりました』
と一言返して、その姿が揺らいで消えていった。
「多治比の若君、もう頭を上げて。紀の姫君は帰られた」
と広夜が声をかけたが、彼はまだ恐怖に震えていて、顔を上げることも出来ないようだった。
そんな多治比の若君を置いて、広夜は部屋をあとにし、主へ事が済んだと報告すると、
「高円殿、あなたには何とお礼を言ったらよいか」
と多治比の主は感謝を述べ、
「このお礼は改めてさせて頂きます」
と何度も頭を下げた。
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