第13話 穀神の試練
天への登り道は、長かった。
階段が、どこまでも続いていた。
エピテウスとエイル、そしてノヴァは、黙々と登り続けた。
やがて――
階段が、終わった。
目の前に、光が広がった。
三人は、その光の中へと足を踏み入れた。
そこは――
草原だった。
黄金色の穂が、風に揺れている。
どこまでも、どこまでも続く草原。
地平線すら見えないほど、広大だった。
「……綺麗だ」
エピテウスは、呟いた。
一面が、柔らかな光に包まれている。
だが――
空を見上げると、不思議なことに気づいた。
太陽も、月も、見えない。
ただ、光だけがある。
どこから来ているのかわからない、優しい光。
「ここは……」
エイルは、周囲を見回した。
「神々の領域……?」
ノヴァは、鼻を鳴らして警戒している。
その時――
笑い声が、聞こえた。
子供の、笑い声。
「あはは!」
「来た来た!」
二人は、振り向いた。
草原の中に――
二人の子供が、立っていた。
双子。
兄と妹だろうか。
どちらも金髪で、青い瞳を持っている。
年は、十歳くらいに見えた。
白い服を纏い、裸足で草の上に立っている。
「ようこそ!」
兄が、手を振った。
「僕はルガノス」
「私はセレイア」
妹が、続けた。
「この階層を司る、穀神だよ」
「穀神……?」
エピテウスは、警戒した。
子供に見えるが――
これも、神。
「そう!」
ルガノスは、無邪気に笑った。
「僕たちは、作物の神なんだ」
「人の世界に、実りをもたらすの」
セレイアも、笑った。
「でも――」
二人は、同時に言った。
「最近、退屈でね」
エピテウスとエイルは、互いを見た。
何か――嫌な予感がした。
「退屈だから――」
ルガノスが、続けた。
「少し、人の世界を弄ってみたんだ」
「だって、不作がなきゃ――」
セレイアが、微笑んだ。
「収穫の喜びも、分からないでしょ?」
その瞬間――
エピテウスの胸に、怒りが走った。
「……何だと?」
「え?」
ルガノスは、首を傾げた。
「おかしいこと言った?」
「不作って――」
エイルの声も、震えていた。
「人が、餓えて死ぬかもしれないってことよ」
「うん、知ってる」
セレイアは、あっさりと答えた。
「でも、それがないと喜びもないでしょ?」
「僕たちは、遊んでるだけだよ」
ルガノスも、無邪気に笑った。
「ただ、退屈だから……ねー!」
人の飢え。
人の死。
それを――
まるで天気の移ろいのように語る。
その無邪気さに――
エピテウスは、拳を握りしめた。
「……お前たち」
エイルも、弓を握った。
「許せない」
「え、なんで?」
双子は、不思議そうに首を傾げた。
「僕たち、神だよ?」
「人間を導く存在だよ?」
「導く……?」
エピテウスは、剣を抜いた。
「お前たちは、ただ弄んでるだけだ」
「人の命を――」
エイルも、矢を番えた。
「遊び道具にしてるだけだ」
双子は――
顔を見合わせた。
そして――
笑った。
「やだ、怒ってる」
「人間って、すぐ怒るよね」
二人は、手を繋いだ。
「じゃあ――」
「見せてあげる」
瞬間――
草原が、変わった。
雷が、稲を焼いた。
風が、穂をなぎ倒した。
炎が、実りを焦がした。
豊穣と不作が、混じり合った。
狂った大地が――
二人を、襲った。
「くそっ!」
エピテウスは、炎を避けた。
雷が、彼の足元に落ちる。
「エイル!」
「わかってる!」
エイルは、矢を放った。
だが――
双子は、軽々と避けた。
まるで、遊んでいるかのように。
「あはは!」
「当たらないよ!」
二人は、笑いながら駆け回る。
ノヴァは――
不思議なことに、伏せていた。
戦おうとしない。
ただ、じっとこちらを見ている。
「ノヴァ……?」
エイルは、狼を見た。
だが、すぐに双子に意識を戻さなければならなかった。
「だめだね、人間はすぐ怒る」
ルガノスが、言った。
「だから、僕たちが見ていてあげなきゃいけないんだよ」
「だって、いなくなったら困るでしょ?」
セレイアが、続けた。
「畑を耕すの、あなたたちでしょ?」
エピテウスは、歯を食いしばった。
「こいつら……!」
剣を振るう。
光の剣が、双子へと向かう。
だが――
双子は、手を繋いだまま跳躍した。
軽々と、避ける。
「もっと、もっと!」
「遊ぼうよ!」
戦闘は、激しさを増していった。
エピテウスの剣が、大地を裂く。
エイルの矢が、空を切る。
双子の力が、二人を押し返す。
やがて――
双子が、変化し始めた。
身体が、膨れ上がる。
金髪が、銀色の毛に変わる。
四つ足になり――
巨大な狼の姿へと、変じた。
「グルルル……」
二頭の狼。
それぞれが、馬ほどもある大きさだった。
「……化けたか」
エピテウスは、剣を構え直した。
狼たちは――
咆哮した。
「アオォォォォン!」
その咆哮は、雷鳴のようだった。
天地を、震わせる。
金穀の野が、嵐に包まれた。
狼が、襲いかかった。
牙が、エピテウスの剣を噛んだ。
「ぐ……!」
力が、強い。
エピテウスは、押し返そうとした。
だが――
もう一頭の狼が、エイルへと飛びかかった。
「きゃっ!」
エイルは、咄嗟に弓で受け止めた。
だが、狼の重さに押され、地面に倒れる。
「エイル!」
エピテウスは、叫んだ。
だが――
自分も、狼に押されている。
その時――
エイルは、狼の攻撃を足で蹴り返した。
そして――
矢を、至近距離で放った。
狼の肩に、矢が刺さる。
「キャン!」
狼が、悲鳴を上げた。
その隙に、エピテウスは剣を振るった。
拳で、もう一頭の狼の鼻先を殴り飛ばす。
「うおおおお!」
狼が、吹き飛んだ。
二人は、立ち上がった。
息を整え、狼たちを見る。
だが――
二人の目には、怒りよりも困惑があった。
「……なぁ、エイル」
エピテウスが、呟いた。
「こいつら、本当に倒していいのか?」
「……わからない」
エイルも、答えた。
「でも――」
彼女は、狼たちを見つめた。
「このままじゃ、何も変わらない」
エピテウスは――
剣を、収めた。
「おい!」
彼は、狼たちに向かって叫んだ。
「いいか!」
狼たちは、動きを止めた。
「神だからって――」
エピテウスの声が、響いた。
「人の命を弄んでいいわけじゃない」
「人は――」
エイルも、弓を下ろした。
「お前たちのおもちゃじゃない」
彼女は、真っすぐに狼を見つめた。
「あなたたちが豊穣を与えるのなら――」
「不作の年にも、生きる糧を残して」
「人は、学ぶの」
エイルの声が、優しく響いた。
「奪うだけの神は――」
「いらない」
狼たちは――
動きを、止めた。
その瞳が、揺れている。
やがて――
風が、止んだ。
雷も、消えた。
炎も、消えた。
草原が、再び黄金色に輝き出した。
狼の姿が、ほどけていく。
光となって、散っていく。
そして――
そこに、泣きじゃくる子供の双子が現れた。
「……うう」
ルガノスが、涙を流していた。
「ひっく……」
セレイアも、泣いていた。
二人は――
地面に座り込み、顔を覆っている。
「……僕たち」
ルガノスが、震える声で言った。
「そんなつもりじゃ、なかった……」
「ただ――」
セレイアが、続けた。
「見ていたかっただけなの……」
「生きるって――」
二人は、同時に言った。
「難しいね……」
エイルは――
膝をついた。
双子の前に。
そして――
優しく、頭を撫でた。
「難しい」
エイルは、微笑んだ。
「でも、それを人と一緒に考えるのが――」
「
双子は――
顔を上げた。
涙を拭きながら、エイルを見た。
「……本当に?」
「本当よ」
エイルは、頷いた。
「神は、人を導く存在」
「でも、それは上から見下ろすことじゃない」
エピテウスも、膝をついた。
「一緒に、歩くことだ」
彼は、双子の肩に手を置いた。
「わかるか?」
双子は――
頷いた。
ゆっくりと。
「……わかった」
ルガノスが、言った。
「約束する」
セレイアが、続けた。
「これからは――」
二人は、同時に言った。
「不作の年にも、人が飢えないように見ている」
「ちゃんと、一緒に考える」
エイルは、微笑んだ。
「それでいいわ」
エピテウスも、立ち上がった。
そして――
空を仰いだ。
天の光が、二人を照らしていた。
温かく、優しく。
双子は――
立ち上がった。
涙を拭き、微笑んだ。
「ありがとう」
二人は、同時に言った。
「人間って、優しいんだね」
双子の身体が、光を放ち始めた。
再び、神の姿へと戻っていく。
「また、会える?」
ルガノスが、問うた。
「会えるさ」
エピテウスは、答えた。
「お前たちが、約束を守ってくれるなら」
「守る!」
セレイアが、叫んだ。
「絶対、守るから!」
双子は――
静かに、大地の奥へと溶けていった。
光となって。
草原に、戻っていく。
エイルとエピテウスは、その姿が消えるまで見送った。
そして――
金穀の野の果てに、新たな道が開かれた。
光の道。
その先には――
巨大な宮殿が、見えていた。
白と金で作られた、壮麗な建造物。
それは――
次なる神の待つ宮殿。
天界の中心。
「……あそこか」
エピテウスは、呟いた。
「ああ」
エイルは、頷いた。
「行こう」
二人は、歩き出した。
ノヴァも、後を追う。
新たな道を。
神々の宮殿へと続く、道を。
金色の穂が、風に揺れていた。
それは、まるで祝福のようだった。
そして――
見送るように。
遠くから、子供たちの笑い声が聞こえた。
「がんばって!」
「負けないで!」
双子の、声。
エピテウスとエイルは――
微かに、笑った。
そして――
前へ進んだ。
次なる戦いへ。
神々との、決着へ。
自分たちの運命を――
自分たちの手で、掴むために。
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