第二幕
一時間ほど歩いた頃だった。
「やっぱり、ここはそのままだったようですね。」
舞はそう言うと開けた場所に進んだ。そこは神社の境内だった。
「神社…?」
「ええ。
「私が生きていた時代?どういうことだ。」
舞は神社の軒に座った。
「私達、契約者、または『指抜きの巫女』と呼ばれる者は年に一度、13歳未満の少女を集め、殺し合わせます。そして最後に残った少女が一年間、村を守る巫女に選ばれる。それがこの村の風習、『指抜き』。その候補に私は選ばれた。ということまではわかります。」
「はぁ…。で結局俺はどうしたらいいんだよ?」
「私と共に戦い、勝ち抜く。それだけです。」
「はぐれの巫女が死んだな。」
部屋の真ん中に佇む老人が呟いた。深い皺を携えた顔をしかめる。
「はぐれがやられる、どういうことですか、当主様。」
中年ほどの男が老人に聞き返す。
ろうそく一本がオレンジの光でその部屋を照らす。
「異変じゃな。本家、分家を集め、祭りの準備を急がせろ。」
「承知しました。」
そう言い残し、中年の男は部屋を後にした。障子の間から入った夜風は和室のろうそくを吹き消した。暗い部屋には老人の妖しげに光る目が浮かんでいる。
「貴方の身体は生半可の攻撃では傷一つつかないほど頑丈になっています。病気や怪我もほとんど瞬間的に回復します。ただ3つを除いて。一つは老い、もう一つは私達『巫女』の攻撃、そして貴方と同じ『器』の攻撃。この3つに関しては一般人と同じように傷害を受けます。」
「私たちの勝利条件は敵全員を殺すこと。一人でも残せばこちらが死ぬことになります。」
舞の視線が矢のように刺さる。晴樹は淡々と語る舞の説明に口を開けることしかできない。
「つまり俺は事故った挙句、クソみたいなガキたちの喧嘩に巻き込まれたというわけか。」
「はい。最終的に貴方が勝ち残ればいいのです。乱戦なので逃げ隠れ続けるもよし、すべてを薙ぎ倒し、狂戦士となるもよし。私はあなたと運命共同体。あなたが死ねば私も死にます。私だけが死んでもあなたは生き続ける。いざとなれば見捨てるもよしです。」
「あぁ、そうか。」
浮ついた、現実離れした感覚に理性が追い付かない。舞の言葉も耳は傾けているが正直理解できているわけではない。生返事を返しながら晴樹は神社の本堂の軒下から空を見上げていた。山の中のため、明かりもなく月明りだけがその場を照らしていた。
なぜか眠たくならない。いや、この状況で眠そうになるほうがおかしいのだろうか。脳裏に先ほどの先頭の情景が鮮明にちらつく。
彼女が見事な技で少女を落とし、頭蓋を粉砕した。気持ち悪さよりも自分の命が助かった安堵を感じる自分に腹が立つ。
無意識にこぶしを固く握り締めていた。
漠然と空を見続ける自分の『器』を横目に舞は彼の手が強く握り締められていることに気付いた。彼の目は月に照らされ光り輝いていた。しかし舞は気づいていた。その奥底に眠る真っ黒な瞳孔が。物理的なものではない。もっと深く暗く触れてはいけないような蓋をされた『闇』を。
「私はあいつら以上に恐ろしいものと契約してしまったのかもしれない。」
空がだんだんと青紫に変わっていく。夜明けだ。
「さて、一旦村まで降りてみるか。」
晴樹は神社の階段を降りていく。舞はその後ろを黙ってついていくだけだった。
長い階段を下りきり、石の鳥居をくぐる。そこは田舎という言葉が似あう。
農道に田畑。目に入る景色全てが原風景だ。
「ここが...」
「ああ。私たちの呪われた村。『
舞は続ける。
「ここからどうしますか?」
「とりあえず、外と連絡を取りたい。」
「えっ。逃げるのですか?」
「最悪な。あとは地図のようなものが欲しい。場所さえあれば奇襲できる。」
「なるほど。」
二人は細い農村を並んで歩いて行った。
農道をずかずかと進んでいく。人が並んで歩けないほど細い道の両端は田んぼにつながっている。青々と茂った稲の葉が一面を覆い、そよいだ風に吹かれ、波打っていた。
「まさに田舎だな...。」
そう呟く晴樹の目は遠くを見つめるような瞳だった。
「夢心地が抜けないのですか?」
舞は尋ねる。
「いや、少し昔を思い出してな。」
そして晴樹は歩みを止めた。舞は歩む方向の先を見る。そこには一人の男と少女が立っていた。
その男は口を開いた。
「あいつが言っていた器か?」
「はい。間違いありません。その巫女とも一致します。」
「貴様が神聖な『祭り』に入り込んだ邪魔者だな。」
「オイオイ、初対面に向かって邪魔者とは失礼な奴だな。俺はただの迷子さ。」
「邪魔者に邪魔者と言って何の問題が?杏子、用意しろ。」
「分かりました。」
男の後ろに立っていた少女が前に出る。少女の右手にどこから現れたのか、光の粒子が集まってくる。
収束した粒子が槍を形成する。
「下がってください‼」
舞の叫びに応じて晴樹は後ろへ下がる。その瞬間、晴樹がいた場所に鋭い槍の穂先が地面を貫いていた。杏子は刺さった槍を軸にして高速で接近する。しなった槍の張力を加えた蹴りが舞を打ち据えた。身体が吹き飛び、田んぼへ落ちていく。すぐさま舞は立ち上がり、姿勢を整える。
「クソッ。」
白い上衣が泥だらけになっていた。田んぼに入ってきた杏子が槍を突き出す。舞は躱そうと身体を翻す。しかし、袴にぬかるんだ泥、その動きは鈍くなっていた。
槍が上衣を切り裂き、肌を裂く。噴き出した血が白い服を染め上げる。
「貴様、串刺しの巫女か…。」
「そうよ。」
杏子は構えなおす。襷で結んだ袖を振るう。槍の薙ぎが青い稲を揺らした。
その男の視線が鋭い。晴樹は拳を握りこみ、構える。男も同じように構える。二人は相対し、にらみ合う。その間数秒だろうか。しかし晴樹にとってそれは数分にも感じるほどだった。
最初に動いたのは晴樹だった。正面に走りこむ。握りこんだ拳を突き出す。間違いなくその拳は速かった。一直線の突きは敵に打ち込まれるはずだった。
しかしそうはならなかった。拳を紙一重で躱した男の裏拳が動きを止める。鼻の骨にめり込んだ一発。さらに鳩尾への正拳突き。ひねりを加えた二発目が晴樹の身体を後方へ吹き飛ばした。
「おグァ…!!」
胃液が逆流するのを耐えきれず、地面に吐き出す。
男は近づき、晴樹の髪を掴み、その顔に膝蹴りを繰り出した。
繰り返し打ち据えられる膝が顔面にめり込む。鼻から血が吹き出し視界が狭まっていく。目の付近が腫れ始めたのか、自衛のための意識の混濁なのか、それはもう分からなかった。
もうこれ以上は保たない。そう思った瞬間、カキンという音が視界の端から聞こえてきた。リレーのバトンほどの筒から大量の煙が吹き出した。
「何!?」
自分の身体が誰かに担がれたようだ。そこで意識をつなぎとめる細い糸が途切れたかのように失神した。
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