第20話 総理、失う
結月との通信を終えた迅一郎は短く息を吐き、再び正面へと視線を向けた。
視線の先、夜叉は回廊の奥からしずしずと歩み寄り、そしてふと立ち止まる。
般若の面がわずかに傾き、低い声が漏れた。
「おそれぬものよ おろか うぬからくるとしれ くしてしんぜよう」
見るものを恐怖で凍りつかせる、冷たく重い響き。
だが迅一郎は一歩も引かずに、口上を述べた。
「貴様の相手は、日本国内閣総理大臣、和泉迅一郎が務めよう。これより防衛行動を開始する——」
鬼面の視線が、迅一郎に向けられる。
大鉈がゆっくりと掲げられた。
りん——
(鈴の音——!)
死線の再来を予兆する、澄んだ鈴の音が響く。
次の瞬間、霧が裂けた。
空気が悲鳴を上げるような鋭い音が響き、見えない何かが、風そのものを斬り裂いて突き抜けていく。
迅一郎は即座に身を引いた。
風圧で髪が乱れ、頬に一筋の切り傷が走る。
紙一重の回避。
迅一郎はそっと頬をなでたあと、刀を構え直した。
「なるほど……斬撃を飛ばしているわけか」
:攻撃やばない?
:遠距離攻撃はずるいんよ
:背後の岩が真っ二つwwww
:あんなエグいの直撃を食らったら・・・
りん——
りん——
鈴の音が再び鳴り、光のような斬撃が飛ぶ。
今度は二度。
迅一郎はすぐさま横へ跳んだ。
直後、背後の石壁が十字形に斬り裂かれた。
「空間そのものを……切り裂いている。触れただけで致命傷だな」
迅一郎は目を細め、敵と自分の位置を俯瞰的に地図情報に重ねていく。
斬撃の軌道、間合い、音の残響——すべてを冷静に分析した。
「間合いは少なく見積もって二十メートル以上。しかし攻撃は直線的……ならば」
りん——
次の鈴の音が響くと同時に、迅一郎は敵に向かって駆け出した。
飛来する見えない刃が頬をかすめ、身にまとったスーツの裾を裂く。
しかし、止まらない。
迅一郎は一気に夜叉との距離を詰めた。
「近距離なら——その遠隔斬撃も封じられよう」
迅一郎の刀が閃き、鬼面の刃とぶつかり合う。
鋼と鋼がぶつかる音が、回廊に響き渡った。
「夜叉よ! 国民を傷つけたその代償——払ってもらうぞ!」
そのまま迅一郎は夜叉と刃を切り結ぶ。
火花が散り、剣戟音が連続して響く。
目にも留まらぬ速さで、互いの剣閃が交差し、霧の中で青白い軌跡を描いていった。
二人の攻防は、まるで光と影がぶつかり合っているかのようだった。
:やべえええええええ
:これ人間の動きじゃないだろwwww
:夜叉の攻撃を全部見切ってる!?
:総理、カッコ良すぎません!?
視聴者コメントが画面を埋め尽くす。
その最中も続く目にも留まらぬ攻防。
迅一郎は敵の一瞬の隙を見逃さず、体をひねって夜叉の懐へ飛び込んだ。
「もらった——」
刃が確かに敵を捉えた、そう思った瞬間。
「……!?」
刃が空を切る。
夜叉の姿が霧のようにかき消えた。
次の瞬間、十メートルほど先に再び現れる夜叉。
迅一郎はすぐに状況を悟る。
「なるほど、斬撃のみならず、自分自身も瞬間移動が可能というわけか……」
:瞬間移動スキル持ちとか厄介すぎでしょ
:これもう無理だろ
:いや、それでも迅一郎なら!
:負けるな総理!
:頑張れー!!
迅一郎は敵を見据え、体勢を立て直す。
その
『総理、分析完了! 敵の正体は〝レイス〟です!』
「レイス……」
迅一郎の言葉を受け、コメント欄が一気にざわついた。
画面には視聴者たちの驚愕と興奮が次々と流れ込む。
:レイスって確か
:そうそう、さっき戦ったウィル・オー・ウィスプの上位種
:物理攻撃が効きづらいとか。基本的な特徴は一緒だけど、ステータスは段違いの強敵よ
:つーか、はっきり言って災害レベルのモンスター。普通に戦おうと思ったら数十人レベルのレイドバトルになる
:はっきり言ってソロで相手するのって無理ゲー
コメントのとおり、レイスはかなりの強敵だ。
霧のような肉体を持ち、物理攻撃を受け流す能力に加えて、高い知性と空間転移を行う特殊技能を備えている。
探索者の間では〝災害級〟と恐れられる存在。
それでも、結月の声には焦りよりも信頼が上回っていた。
迅一郎ならば、絶対にレイスをねじ伏せると。
『敵の正体特定により、行動パターンの予測が可能になりました。今後、モニター上に敵の行動予測パターンを表示します!』
「流石だ、白瀬くん!」
『もう、いつまでも総理の足手まといではいられませんから』
「君を足手まといだと思ったことなんて一度もないが」
『分かってます。言ってみただけです、すいません』
やり取りは短いが、確かな信頼がそこにあった。
通信を終えた迅一郎は、静かに刃を構え直す。
薄暗い回廊の空気が再び張り詰めた。
しかし、次の瞬間。夜叉の不気味な声が響く。
「つよきものなり ゆゑにこそ たちまわりは かへねばならぬ」
夜叉の鬼面がわずかに動いた。
それはわずかな角度の変化。
しかし視線の先を見て、迅一郎の心臓が跳ねる。
鬼面の眼差しは、地面にうずくまるダンチューバーの少女、まこぴーへと向いていた。
「……ッ! まさか」
迅一郎の背筋に冷たいものが走る。
敵は、迅一郎の実力を悟り、その狙いを変えたのだ。
「くしくなる さばらん さばらん」
夜叉が大鉈を振りかぶった。
迅一郎の視界に表示されたモニターに、新たな赤い軌跡が描かれる。
それは次の攻撃予測線。
状況を理解した瞬間、彼の体はすでに動き出していた。
まこぴーとの距離はおよそ五メートル。
迅一郎の疾さを持ってすれば、ほとんど瞬きする間に届く距離。
りん——。
鈴の音が響いた。
同時に、迅一郎はまこぴーを突き飛ばす。
ひゅん、という風切音。
直後、迅一郎の半身を、見えない刃が通り抜けた。
左腕に鋭い痛みが走る。
「ぐっ……!」
迅一郎の口から、苦悶の声が漏れた。
鮮血が舞う。
視界の端で、自分の片腕が宙を回転しながら落ちていくのが見えた。
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