第14話 総理、約束する
廊下と同じく、パステル色を基調とした個室病室だった。
南側に設置された窓から、薄いレースカーテンごしに淡い光が差し込み、柔らかな日だまりを作り出している。
その日だまりの中、一人の少年がベッドに腰掛けていた。
頭にはニット帽をかぶり、その下に色白の顔がのぞく。
儚げな雰囲気ながらも、こちらを見つめる瞳は年相応の好奇心に満ちたものだった。
少年の隣に寄り添うように立つ母親らしき女性と看護師が、深々と迅一郎たちに向かって頭を下げた。
大貫医師がベッドまで歩み寄ると、少年に声をかけた。
「やあ、
「こんにちは……」
「体調はどうだい? 今、どこか痛いところはあるかな?」
「ううん、いたくないよ」
昴少年は、ちょっと緊張した面持ちで、大貫医師の問いかけに小さな声で答えた。
大貫医師は、枕元のベッドサイドモニタに視線を移し、数値を確認すると静かに立ち上がる。
それから傍らに控える看護師に小さく目配せした。
「昴くん、今日はね。前にお話したとおり、とってもとっても偉い人達が、君とお話をしたいからと言って、遠いところから来てくれたんだ」
「そのおじさんたちのこと?」
昴少年の視線が、迅一郎たちに向いた。
迅一郎は一歩、ベッドの方へ歩み寄ると、手を胸に当てて挨拶をする。
「はじめまして、昴くん。内閣総理大臣の和泉迅一郎です。こちらは厚生労働大臣の福地公克さん」
「はじめまして……」
迅一郎はしゃがみ込んで、昴少年と目線を合わせた。
「今日は、昴くんが一生懸命、病気と戦っているというお話を聞いてね。応援しに来たんだ」
「そうなの?」
「だから、ちょっとだけでいいから、昴くんとお話ししていいかな?」
「別にいいよ」
迅一郎は穏やかな表情で語りかけた。
入院する前のこと。
昴少年の好きなこと。家族のこと。
入院生活のこと。
少年の日常の何気ないことを、迅一郎は一つ一つ丁寧に聞き出していった。
最初は緊張気味だった昴少年も、徐々に迅一郎に打ち解け、時には子供らしい反応をしてみせた。
「ねえ、
「なんだい?」
「そうりだいじんって、いつも何をしているの?」
年相応の素朴な反応に、迅一郎は目を細める。
「昴くんやそのパパやママ……それに病院の先生たちも。皆の生活をちょっとずつ良くするように、その方法を、皆で一生懸命考えているんだよ」
「せいかつをよくする……?」
迅一郎の説明に今ひとつぴんと来ていない様子で、昴少年は首をかしげる。
「昴くんは、今の生活はどう? 楽しいかい?」
「ううん、ずっと寝てないといけないから。あんまり楽しくない」
「そうだね」
「でもびょうきを治すために、仕方ないよ、ガマンする」
「……君は賢いな。そしてとても強い子だ」
迅一郎の視線が病室の壁へと移る。
枕元の棚には、誇らしげに飾られた金メダルと写真立て。
写真の中では、ユニフォーム姿の子どもたちが笑顔で肩を組んでいた。
その横の壁には、欧州リーグで活躍するサッカー選手のポスター。
病室のその一角だけが、少年の夢で彩られていた。
「昴くんは、サッカーが好きなのかい?」
「うん、すきだよ」
「もしかして、将来の夢はサッカー選手?」
「うーん、なれるかはわかんないけど。でもはやく練習したい。ずっと休んでるとヘタになっちゃうから」
「大丈夫だ。少し休んでも、また練習すればすぐに取り戻せるさ」
「……そうかな?」
昴が疑うように問いかける。
迅一郎はまっすぐにその瞳を見返した。
「昴くん。僕の——総理大臣の仕事はね。君がまた思いっきりサッカーをできるようにすることなんだ」
「病気をなおすのって、おいしゃさんのしごとじゃないの?」
「そうだね。お医者さんも、看護師さんも、君のパパとママも、君がまたサッカーをできるように、君を支えてくれる」
「うん」
昴少年は素直に頷く。
迅一郎は、彼の頭を優しく撫でた。
「総理大臣はね。昴くんも、先生も、ママとパパも……皆のことを応援するんだ。僕が応援をすれば、皆、安心して昴くんのことを支えることができる。それが
昴少年は少し俯いてから、小さく頷いた。
「そっか、じゃあ、そうりのおじさん……応援がんばってね」
「ああ、約束だ。君の病気は絶対に治る。そのために、僕が全力で応援しよう」
迅一郎はそっと小指を差し出した。
昴少年は、はにかんだ笑みを浮かべ、おずおずと自分の小指を重ねてくる。迅一郎はその小さな指をしっかりと絡め取った。
「ゆびきりげんまん」と、二人で小さく唱える。
大きな約束が、迅一郎の胸に深く刻まれた。
***
病院での視察を終えた迅一郎は、その後も分を刻むスケジュールで公務をこなしていった。
そして、日も落ちきった現在時刻——午後八時。
迅一郎は、
客室に備えられた応接机に腰を下ろし、バインダーで閉じられた分厚い資料に目を通す迅一郎。
その傍らに立つ結月が、淡々とチェック項目を読み上げる。
「総理、明日のダンジョン配信に向け、通信回線は再確認済みです。必要機材の搬入も完了。あとは総理のスクリプトですが——」
「台本は不要だ。自分の言葉で全力で話る。そうすれば、はじめて人が聞く耳を持ってくれる」
「了解しました」
確認作業を一通り終えた迅一郎。
資料から顔を上げて、軽く伸びをする。
そんな彼に、結月はためらいがちに声をかけた。
「
「……もちろん」
迅一郎は低く呟いて、言葉を繋ぐ。
「第一種指定マテリアル……エリクサー。それが大量に眠っている場所だからね」
「エリクサー……生命力を直接強化する、万能薬とも称される奇跡の薬ですね」
結月のつぶやきに、迅一郎は静かに頷く。
脳裏に浮かぶのは、病室で交わした昴少年との約束だった。
「エリクサーを安定供給することができれば、昴くんだけじゃない。全国の難病で苦しむ人たちに希望の光を与えることができる」
その決意の言葉を聞いて、結月はわずかに顔を俯ける。
「先輩も知っていますよね。79号特地は、帰還率三割未満の未踏ダンジョンです。特に五層最奥の死者の回廊以降、帰還できたものは未だ誰もいません」
「……これでもリスク管理は最優先で考えているつもりだよ。僕が死んでしまっては、昴くんとの約束も果たせないからね」
「はい。どうか、くれぐれもお気をつけください」
「それに……優秀な部下のサポートもあることだし、心配はいらない」
冗談めかして笑みを浮かべる迅一郎を、結月はじっと見つめた。
「……先輩、今のは私のことを?」
「他に誰がいる? 君が支えてくれるなら、僕はどんな深淵も怖くはないよ」
その一言に、結月の胸が熱を帯びる。
秘めた忠誠と想いが、わずかな震えとして、唇に宿った。
「私も……全力で支えます。必ず、生きて戻ってください。そして届けましょう。昴くんに。
「ああ」
迅一郎の笑みを受け、結月もまた淡く微笑み返す。
それから気を取り直すように、手元のタブレットを迅一郎に手渡した。
「それでは
迅一郎は、内容に目を通す。
「79号特地探索配信――シンプルだがいいんじゃないか。だが……そうだね、正式名称だと、少し分かりづらいな」
「では通称名で修正を?」
「ああ、その方向で頼んだよ」
「了解しました。それでは修正の上、12月8日17時から。配信予約を設定します」
結月はタブレットを手に取り、滑らかな指先で画面を操作していった。
「
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