第31話 奥義を放つオッサン
俺がやったことは、シンプルだ。
口の中にパンくずが残っていたから、舌で練ってニシキを呼んでおいたのだ。大型犬サイズのまだら模様の金魚、ニシキを。
そして、ニシキの能力は、幻覚である。
俺は、俺がその場に武装を放棄して跪く幻覚を、ニシキに頼んだ。そして忍び足でその場を離れ、遠回りでセイラの背後に回って、今その肩を叩いている、という顛末だった。
「セイラ」
俺はセイラに告げる。
「もっと奥にある、出っ張った岩。その後ろに隠れてて。これから、ボルトを懲らしめるから」
「こ、懲らしめるって。で、できる、の? あいつ、結構強い魔法使いなんでしょ……?」
「そうだね。彼は割と上澄みだと思う。けど、何とかなるよ。だから、早く」
「う、うん」
セイラが震えながら中腰になり、ひょこひょこと奥へと逃げていく。その姿にニキシの幻覚をかけてボルトから隠しながら、俺は立ち上がった。
考えるのは、これからのこと。
ボルトに俺は、最後通牒をした。だがボルトは蹴った。
もはや、彼と俺が穏便に済ませられることはない。何故かは知らないが、俺は彼からそれだけの恨まれ方をしている。
ならば、禍根を残さないように、俺も動き方を変える必要がある。
「サモンスケイルズ」
俺は手袋の下、指輪があるだろう出っ張りを撫でながら言うと、俺の手元に杖が現れた。
ただし、普通の杖ではない。上部に、天秤がついた杖だ。そして天秤の根っこに、目隠しをした女性の彫刻が彫られている。
俺はその杖を、思い切り地面に突き立てた。
カァン! と甲高い音が鳴る。まるで裁判所で、裁判長が「静粛に」と木槌を打つような音が。
「っ!? 何事です、か……?」
ボルトは振り向き、そして硬直する。俺はすでに幻覚を解いていて、ボルトを見据えて立っている。
「なっ、な、な、な、な……!?」
ボルトも何があったのかと困惑した様子で、黒焦げの俺の幻影があった場所と、本物の俺とを見比べる。
だが、もはや黒焦げの俺の幻影もそこにはない。
ボルトは謀られたことに気付き、顔を真っ赤にして俺に睨みつけた。
「き、きき、きさ、貴様ぁぁあああ……!」
ボルトが唸っているが、俺は知ったことではない。
俺は、この場にふさわしい詠唱を始める。
「―――我が敬愛します神々よ。天秤の音に注目いただき誠に感謝します。此度は彼、ボルトを被告とした、一つの陳述をお耳に挟みたく存じます」
「何を言っている、クローリー! 貴様、私をバカにして……!」
「これ即ち、神々の皆様を裁判官と見立てた裁判に外なりません。故に申し立てるは、彼の信仰、及びその魔法について。よって今より―――」
俺は天秤杖を持ち上げ、もう一度地面に突き立てた。
「『神前裁判』を開催いたします」
カァンッ! と再び音が鳴る。ボルトが、同様の目で俺を見る。
「クローリー、貴様、何を考えている。何だ、それは。場の魔力の流れがおかしい。何をしようとしている……!」
「ボルト被告。あなたには対抗陳述の権利があります。黙秘権も存在します。『神前裁判』は第三審までとし、その後の判断を神々にゆだねるものとします」
俺は深呼吸を挟み、告げた。
「では、第一審を開始します」
「――――ふざけるなァッ! 貴様、何を企てているッ! 雷よ!」
ボルトが詠唱し、杖から雷撃を放つ。
俺はそれに、ニシキの幻覚で隠していたデメとウタカタの二匹に命じた。
「デメ、見切り。ウタカタ、水泡」
ボルトが放った雷撃が、即時に水泡に包まれ無力化される。水泡の中で行き場を失くし、輝く雷の光が浮かぶ。
「はっ……!?」
「よし、いいよ。俺の詠唱が終わるまで、それで封殺してて」
俺は微笑みと共に告げる。ボルトには見えない二匹の金魚が、空中で楽しげに泳いでいる。
―――デメは黒い大型犬サイズのデメキンだ。一方ウタカタは、子犬サイズの白い、水泡眼と呼ばれる種類の金魚だった。
デメキンは目が飛び出ているのが特徴。一方水泡眼は、目の下の頬のあたりがぷっくり膨らんでいるのが特徴となっている。
ウタカタの能力は魔力の籠った水泡の作成。これがなかなか便利で、バリアにもなれば檻にも、無害なシャボン玉にもなる。
だから俺は基本的に、ウタカタは呼びっぱなしだ。それをニシキで隠して、その能力を常に控えさせている、というのが俺の隠し種の一つだった。
「な、な、な……!? 何だ、それはっ!」
「魔法を水泡で閉じ込めただけだよ。もっとも、座標の指定はデメの補助が入ってるけどね」
「何を言っているッ! 雷よ!」
ボルトは再び雷撃を放とうとするが、すぐにウタカタの水泡に包まれ無力化される。そのせいで、輝く雷を包み込んだシャボン玉が、ボルトの周囲でフワフワ浮かぶ始末だ。
俺はもはや相手にする必要もないと、詠唱を続ける。
「このように、被告は寵愛を受けながら、まともに魔法を使用することもできません。よって魔法を使用するに値しない使い手であると主張します。では反対弁論を始めてください」
「クソっ! クソクソクソクソ! 雷よ! 雷よ!」
「反対弁論はないようです。では第二審に移ります」
杖の天秤が、自ずと傾いた。ガチャン、と動き、停止する。
俺は、口を開く。
「被告がこの度攻撃対象としたのは、セイラ・モーガン・ヘカーティア、フェット、ウェーブの三人です。対象とされた三人は特別な子供たちで、大きく寵愛を賜っておりました」
天秤が震え、ガチャガチャと音を立てる。神々が状況を初めて知って、動揺しているのか。
「より大きな寵愛を受ける者に、魔法使いが攻撃する。それは神に対する背信に外なりません。反対弁論をどうぞ」
「クローリー! 貴様だけは! 貴様だけは殺す! これだけ私をコケにして! 絶対に殺してくれるッ!」
「今度も同様に、反対弁論はないようです」
天秤が、より大きく傾いた。俺はそれを見て、「では、第二審を終了し、第三審を開始します」と宣言する。
「第三審は被告の魔法の使用目的です。魔法とは信仰の対価としてもたらされる、神からの祝福。その用途は神話より『己が生を豊かにし、より大きな信仰を捧げるため』とあります」
しかし、と俺は続ける。
「被告は私の差し伸べた手を振り払い攻撃を返しました。私に敵意はなく、共栄可能であるにもかかわらず、です。故に彼の魔法は、彼の人生を破滅に導いています。反対弁論を」
「貴様がァッ! 貴様が悪いのだッ! 私の地位を脅かし! 私をここまで追いやった! 雷よ! 雷よぉっ!」
「事実に反します。被告は常に私に対して、先んじて社会的攻撃を仕掛け、私から仕掛けたことはありません」
「うるさぁい! 黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 雷よぉ!」
ボルトは杖を振るう。そうして放たれた雷のすべてが、ウタカタの水泡に包まれて無効化される。
誰が見ても、明らかに封殺されている。普通の魔法使いなら、どこかで心が折れて、抵抗を止めるような状況だ。
だが、ボルトは抵抗を止めない。魔法を放ちながら、ボルトは叫ぶ。
「僕はお前を破って! 兄さんの正しさを証明しなきゃならないんだ! お前みたいな甘っちょろい魔法使いが、辛く苦しい訓練を乗り越えた僕に、勝っちゃいけないんだよォッ!」
俺はそれを聞き、目を伏せて言った。
「被告の主張は、反論どころか私の主張を裏付けるものとなっています。――――以上をもって三審を終了し、結審を開始します」
俺は呼吸を整え、ボルトを見た。
「ラミエル・ボルト被告は魔法の扱いに劣り、かつその用途を、寵愛を賜る子供たちへの攻撃、また己の破滅へと費やしています。これは大きな背信行為であり、魔法における『法』に背く行為であると主張します。よって―――」
俺は天秤杖を持ち上げ、大きく持ち上げる。
「被告に、『魔法剥奪』を求刑します」
杖を地面に突き立てる。天秤がガシャン! と大きな音を立てて傾く。ボルトがビクリと体を震わせる。
静寂。
それが、この裁判の答えだった。
「……ふ、はは、何だ。意味の分からないことを。もういい! クローリー! 貴様はここで終わりだッ! バレていないと思ったのか!?」
ボルトは再び杖を振るう。
「召喚獣に補助をさせていたのだろう! ならば召喚獣を潰せばいいだけ! 雷よ! 天より下賤な獣を打ち滅ぼせ!」
だが、そこに雷が発生することはなかった。
「……は?」
ボルトが目を丸くする。それから、何度も何度も杖を振るう。
「雷よ! 雷よ! 何で、何でだ! 防がれるだけならまだしも、何で魔法そのものが発生しない! 僕の雷だぞッ!」
「……今まで、何を見てきたんだ、君は」
俺はため息を吐くが、しかし予想していた反応でもあった。
信仰と魔法の繋がりを軽視する魔法使いには、今の諸々は意味不明だろう。何せ詠唱に『神よ』という訴えかけすらないのだ。魔法とは何かすら、ちゃんと知らないのだろう。
俺は諦観と共に、一歩踏み出す。
「ひ……!」
ボルトはそれに、怯えを見せた。身体を震わせながら、一歩後ずさる。
「ボルト。君がどんな過去を歩んだのか、俺は知らない。俺の何気ない行動が、複雑な人生を生きる君を、深く傷つけたのかもしれない。けどね」
俺は再び両手を叩き合わせる。手のひらで無数のルーン文字が輝く。そうしながら、駆け足でボルトに近づいていく。
「―――大人が、……自分の、エゴで! 子供を、傷つけて!」
「うわぁああああ! やめろっ、僕に、僕にちかづくな――――」
「良いワケが、ないだろうがぁぁあああああ!」
【ノットアウト】
俺はボルトの横っ面を、拳で思い切りぶん殴った。
「ぐぁあああああ!」
ボルトは思い切り吹っ飛び、それから地面に転がる。「ぎっ、あっ」と小さな悲鳴を上げながら、ゴロゴロと地面に滑り、そして停止した。
「あが、ぎ、ぁ……!」
しばらくピクピクと震えていたが、すぐに動かなくなった。死ぬような威力ではないから、きっと気絶したのだろう。
「ふぅ……! これでひと段落かな」
俺は息を吐いて、振り返る。
そこではセイラが、心配そうな顔で、岩陰からちらりと様子を窺い、顔を岩陰からはみ出していたのだった。
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