オッサンと無双する生徒たち
第19話 クラス対抗戦の引率をするオッサン
本校舎側の闘技場に向かいながら、俺たちは雑談を交わしていた。
「それで、ミディア先生。そっちの進捗はどう?」
「二人とも元々強かったですし、制御にも困ったところがなかったので、たくさん叩きのめしましたよ」
「たくさん叩きのめしちゃったの?」
「はい、たくさん叩きのめしました!」
元気に答えるミディアに、俺は二人を見る。
フェット、ウェーブは、揃って俺を見て、言った。
「ミディアは悪魔……」
「オレはミディア先生のこと変わらず好きだぜ! でも、ミディア先生との戦闘の記憶、全部飛んでるんだよな……何でだろ」
「やってるね」
「あたしクローリー先生が担当で良かった……」
俺は冷静にミディアを評価し、セイラは俺の後ろに隠れて震えている。
「俺も偶に様子を見てたけど、やっぱり二人も、昔のミディアそっくりだね」
俺が懐かしむように微笑むと、ミディアが「そ、そうですか?」と戸惑う。
「うん。三人ともそっくりだよ。多分セイラも」
首を傾げるミディアに、俺は答える。
「君たちって、真剣勝負の最初と最後で、別人みたいに成長してるんだよね。最初は気配すら感じさせなかった、まったく新しい技を途中で使いだしたり」
土壇場の成長、みたいなのを平然と行ってくるのが、特別な子供たちの特徴だ。都合よく、帳尻を合わせるように、彼らは強くなる。
天性の主人公体質というか。運命に愛されているというか。
俺が言うと、ミディアも「あっ」と声を漏らす。
「確かに、途中でいきなり強くなった瞬間、二人ともありました! 私も昔こうだったので、やっぱり子供の成長って早いなぁって思ってたんですけど」
「アレ普通の子には起こんないからね」
「なるほど……」
愕然とするミディアに、キョトンとする二人。天才というか、英雄の器というか。こういうところが恐れられるゆえんなのだろうけれど。
「セイラさんはどうですか?」
「ひとまずやりたいことはできたかな。ね、セイラ」
「うんっ、今日は頑張るわ! 多分一人も殺さずに済むと思うし!」
「特待生だなぁ」
返す返す優しい子である。元々出られないって言ってた理由も、被害者を出すからだし。
思えば最初のトゲトゲしい態度は、他人を近づけさせないことで、無用に傷つけないためだったのかも。
そんな風に考えていると、俺たちは闘技場に差し掛かった。
「ここだよ。ここで今日は、クラス対抗戦で他のクラスと戦うんだ」
「「「おぉ~!」」」
本校舎とあまり縁のない特待生三人が、感嘆に声を漏らす。
本校舎は、特待生校舎と違って、何もかもがでかい。
教室も大学風の段々式だし、各教科の教室棟は全部がタワーになっているほど。
だが、その中でも『広さ』に意味が発生する闘技場は、更にデカイ。
「……え、今日あたしたち、こんなところで戦うの? 緊張してきた……」
セイラの動きがぎこちなくなる。それにフェットが「大丈夫ー……?」と声をかけられ、ウェーブが「だらしねぇな」とカラカラ笑う。
投稿している特待生三人が、何だかんだ仲が良くて、俺は何だかほっこりしてしまう。
そのまま引率として、三人を先導した。
闘技場に入ると、すでに他のクラスは観客席に落ち着いていたり、闘技場内で列になっていたりした。
―――俺たちだけだ。準備が整っていないのは。
俺たちは慌てて隅に並ぶ。動揺しながら、言葉を交わす。
「お、おかしいな。時間通りだよね?」
「はい、合ってるはずです。……妙ですね」
俺とミディアが、軽く言葉を交わす。生徒たちは、みんな何だか居心地が悪そうだ。
すると、観客席の方から声が聞こえてくる。
「……おい、あいつらが今年の……?」
「ぷっ、マジで三人しかいないじゃん……」
「他七人は不登校なんだって……?」
「前の先生はボコった癖に、あのオッサン先生はボコられてないのな……」
雰囲気がおかしい、と俺は思う。
特待生は、名目はどうあれ、特に優れるからこその特別待遇。評判が悪いからと言って、蔑まれる対象ではない。
「ねぇ、先生……」
「大丈夫だよ、セイラ。落ち着いて」
不安そうなセイラに、俺は言う。
そこで、並ぶ生徒たちの列の前。演説台の上に、校長がのぼった。
「えー、本日はお日柄もよく、絶好の対抗戦日和ですな! 今年は例年よりも、新入生の水準が高いと聞いておりますので、今日が待ち遠しかったですぞ!」
背が小さく太っているが、やたら優雅な服をまとい、金の髪とヒゲを撫でつけたいつも通りの姿で、校長は演説を始める。
「特に、今年は特待生の数が多く、出場枠の三人がちょうど埋まっているようで何よりです! 見ごたえのある魔法合戦を期待しますぞ~!」
校長はこちらに目をやり、ニヤリと俺を見た。少なくとも、校長には悪意はないと分かって、ホッとする。
だが、だとすれば、この状況はどうやって作られたのか。
「では改めて、今回のクラス対抗戦のルールを説明しますぞ!」
校長は語りだす。
「クラス対抗戦とは、クラスごとに担任教師が三人生徒を選出し、選出されたメンバー同士でクラスの名誉を掛けて模擬戦を行う催しです」
勇ましい笑みを浮かべて、校長は続ける。
「春のクラス対抗戦は、入学したばかりの新入生によって行われますぞ。例年はトーナメント戦で行われていましたが―――今年はバトルロワイアル形式に変更となりました」
「え」
何だそれは。聞いていない。
「リーグを三分割し、それぞれで生き残りをかけて、魔法で争っていただく形になりますな。これは急遽提案を受けての変更です」
そんな急な変更があるのか、と俺は戸惑う。今朝の職員会議ではそんなことは言っていなかった。あれから、一時間と経っていないのに。
ミディアは、「まさか」と呟く。
「また、このルール変更に合わせて、特待生の扱いも変更となりましたので、お伝えしますぞ」
校長は明るく言った。
「特待生は、他クラスとは扱いが異なり、各リーグに一人ずつ分かれて戦ってもらいますぞ! 何せ、過去に負けなしの特待生ですからな! このくらいの不利は当然です」
その内容を聞いて、流石に俺も察した。
「ミディア、これ」
「ボルトです。校長先生を解放します」
ミディアが眼鏡を指で下げ、虹色の瞳で校長を見た。ミディアの目が、黄色に染まる。すると校長がビクッと震えて、「え、あ……?」と困惑した声を漏らした。
「……?」
校長が、青ざめた顔で俺たちを見つめている。今の状況が分からないのか。ならば助け船を出さねば―――
そう、俺たちの動き始めを叩くように、奴は現れた。
「では、細かなルール説明は、新任の私が引き継ぎましょう」
ラミエル・ボルト。
奴が穏やかな笑みと共に、校長の後を継ぐ。
「職員会議直後の緊急集会にて口頭でお伝えした通り、五大魔法3クラス、計15クラスを、3リーグに分割します。1リーグは16人での乱戦形式になるでしょう」
この話を皮切りに、細かいルール説明を詰めていくボルト。
校長は状況が把握しきれていないのか、ボルトに役目を奪われっぱなしだ。
「……そこまでやるか」
周囲に目を向ける。他の先生たちも、素直に賛同しているのか、あるいは校長のようにボルトに軽度洗脳を受けたのか、説明を聞きながら笑みを浮かべている。
そうして、ボルトはクラス対抗戦のルールを説明し終えた。
明らかに、特待生の不利になるルールを。
「通常の生徒には、防御魔法のかかった魔道具を配布します。特待生は有利になりすぎてしまいますので、こちらの装備は配布いたしません」
「防御魔道具が破壊された場合、その生徒は敗北とし、速やかに退場してください。特待生は、動けなくなったり、気絶した場合、敗北とします」
「ご安心ください。今回の防御魔道具は非常に強度が高く、致命傷でも一度ならば防ぎきる優れものです。一つ持っておくだけで、特待生と同等の力が発揮できることでしょう」
明らかな差別待遇を受けて、生徒たち三人の顔色が曇っていく。
この場の空気感を受けて、普通の生徒たちも口々に陰口をたたいた。
「『最悪の世代』の特待生なんかに負けられないもんな」
「今年こそ、特待生伝説を打ち砕いてやろうぜ!」
「つーか今年の特待生たちなら、普通のルールでも全然勝てただろ」
「分かる。魔法の制御もまともにできないんだぜ?」
「不登校の奴のが多いしな。学級崩壊したクラスに負けるかよ」
他のクラスの選手たちが、控室へと移動しながら、口々に言い合っている。
こちらは、洗脳ではない。本校舎側での、場の空気の醸成。
ボルトが手を回したのだ。魔法とは異なる技術だが、校長を洗脳してのけるような魔法使いなら、難しくはないだろう。
「……せんせー……」
俺たちの移動までの待ち時間で、フェットが俺を呼んだ。
「わたしたち、最悪の世代、なのー……?」
「っ……」
俺は、その問いにまごつく。そう呼ばれているのは、事実だから。
だが―――だからこそ、力強く否定しなければ。
俺は言う。
「違うよ、フェット。君たちは強い。普通の生徒たちなんて、歯牙にもかけないほどに」
「……ほんとー……? でも、みんな一斉に襲ってきたらー……?」
不安げに、フェットは唇を閉ざす。
俺は、ミディアと目配せをする。どうやって元気づけたらいいものか、と。
そのとき、たった一人、威勢のいい奴がいた。
「オッサン、こいつら世間知らずは、オレたちがどれだけ特別かが、分かってねぇんだよ」
隣の列が動き出す。やっと俺たちが控室に向かう番になって、ウェーブがいの一番に歩き出す。
俺たちに背中を向け、振り返るような態勢で、ウェーブは言った。
「オッサン! 最初のリーグ、オレを出しな。こいつらと毎日ケンカしまくってるオレが、どんだけ連中と比べて特別で、どんだけ圧倒的に強いのか、こいつらに見せつけてやる」
それに、俺は相好を崩す。
「思えば、冒険者として『世間の普通』を知っているのは、ウェーブ、君だけだったね」
「ああ。貴族育ちに孤児院暮らしのお嬢ちゃんたちの、知らねぇ世界で生きてきたもんで」
ウェーブのバカにした言い方に、「ちょっと!」「ナマイキー……」と女子二人がむくれる。
俺は、ウェーブに頷いた。
「分かった。切り込み隊長は君に任せるよ、ウェーブ。この、圧倒的に不利に見える状況を、切り開いて欲しい」
「ああ、任せろよオッサン。甘っちょろいガキどもを、全員泣かせてくるわ」
ウェーブは、犬歯をむき出しに、獰猛に笑う。
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