第20話 教え子の無双に冷や汗をかくオッサン1

 第一リーグ開始の時が、やってきた。


『では、選手の皆様は闘技場に入場してください』


 魔法の拡声器のアナウンスを聞いて、続々と生徒たちが広い闘技場に入っていく。


 服装は様々だ。扱う魔法によって、戦闘時に適する格好は違う。冒険者風の者、魔法使い風の者、色とりどりだ。


『さぁ始まりました春のクラス対抗戦第一リーグ! 今年は特待生がいるとのことで、華々しいバトルが期待されます! あ、実況は放送部が担当しております~!』


 会場に向けて、ワチャワチャと実況が騒いでいる。学院の行事に花を添える、盛り上げ役というところか。


 そうして入場していく生徒の列の最後に、現れる者がいた。


 ウェーブ。第一リーグ唯一の特待生が、闘技場に入場する。


「さて、と……」


 ウェーブは入場し、事前説明で言われた通りの位置に移動する。


「バトロワ式の生き残り勝負、って話だったが」


 敵となる十五人の生徒たちの視線は、すべてウェーブへと向かっていた。


 当然だろう。特待生は一番強くて、今回倒すべき目玉。特待生を倒す前に、仲間割れなんて考えを持ったバカは、どこにもいない。


 実質的な、1対15。滾るぜ、とウェーブはニヤリ笑う。


『今年も優秀な新入生が揃っているという事ですが……やはり目玉は特待生のようですね。選手たちは全員特待生をマークしているようです! 第一リーグの特待生は、平民にして元冒険者、ウェーブ君とのこと!』


「平民? おい、帝学院は貴族しか入れないんじゃなかったのか?」

「特待生だから、ってことだろ。にしても、元冒険者って……はは」

「下賤の特待生ねぇ。この人数差で、どこまで頑張ってくれるかな」


 実況を聞いて、観客席からあざけりの声が上がる。それらを聞き流しながら、ウェーブは状況を分析する。


「オレからしちゃ、全員ザコも良いところだが……数の暴力ってのは、舐めたもんじゃないからな」


 どれほど格下でも、十五人まとめてかかってくるのなら強敵だ。使ってくる魔法も人数分バリエーションに富む。手数の多さもだ。


 つまり、敵は十五の魔法を使用し、手数も凡人の十五倍ある、手練れの魔法使いと同等。


 ウェーブはそう認識し、ニヤリと笑う。


「アガってきたぜ。オッサンよりはずっと弱いだろうが、腕試しにはちょうどいい」


 ウェーブは構える。敵の服装から、何となく手札の当たりを付ける。遠くで審判が、全員の準備状態を確認している。


 そして、始まった。


『いざ尋常に―――勝負開始ッ!』


「火よ! 渦巻きて嵐を成せ! 彼の敵を撃ち滅ぼすべく―――」

「雷よ! 敵を撃て! 雷雲を作り敵に猛攻を浴びせ―――」

「土よ! 我らを守り給え! 盛り上がりて壁を為し―――」


 ローブを纏った詠唱魔法使いたちが、杖を掲げて一斉に唱えだす。


「速攻を掛けるぞ! ファイアーボール!」「おうよ! ウィンドカッター!」


 変身魔法使いたちが、魔法を素早く飛ばしながら、前に駆けだしてくる。


「速攻なら俺たちだろッ!」「魔法文字が一番速いんだよッ!」


【走狗】【薙ぎ払い】


 魔法文字使いたちが、武器に刻んだ魔法文字を発動させて肉薄する。


「出遅れましたが、援護は任せてください!」「来い! サラマンダー!」


 召喚魔法使いたちが召喚獣を呼び寄せる。


「援護と言ったら俺たちよ」「攻撃力アップのポーション投げまーす!」


 錬金術師たちが、魔法のポーションを味方目がけて投げつける。


『おおっと! これは、全員が特待生狙いだぁぁあああ! 15人の魔法が、一斉にウェーブ特待生を殺到する!』


 実況の声が上がる。納得の一斉攻撃だ。すべてがウェーブに向かっている。その圧巻の様子に、ウェーブは目を丸くして、


 笑った。


「楽しくなってきたじゃねぇか、ザコどもがァァアアアアア! ウェイブ、ショック!」


 呪文と共に地面を踏み鳴らす。会場が大きく揺れ、敵全員の体勢が揺らぐ。


「なっ、わっ!?」「はっ!? たった一人でこの揺れ!?」「アースクェイクじゃなかったぞ! 何属性だ!」「くっ、立ってられな―――」


 敵の魔法使いたちが一斉に動揺する。人によっては立っていられず、地面に手をつく始末。


『何と! しかし特待生ウェーブ! 魔法一つで、向かってくる選手たちを足止めしてしまう! これが! これが特待生の強さだというのかーッ!』


 実況の驚きの声が上がる。


 そんな中で、一人ウェーブだけが、俊敏に駆け抜けた。


「まずはタメの長い、詠唱魔法使いどもからぶっ倒す!」


「ッ!?」


 奥の方で三人が、長い魔法を唱えているのを、ウェーブは見逃さなかった。


 基本的に詠唱魔法は、長く詠唱すればするほど、その威力を増す。短くても威力が高いのなんて、ウチのクラスのヘカーティアくらいのもの。


 だから、ウェーブは分かっていた。敵の詠唱魔法使いは、最初に潰すのが定石だと。


「だっしゃあ! 行くぞオラァァァアアア!」


 叫びながら、ぐらついた敵の猛攻を潜り抜け、最奥へ。そこには、三人の詠唱魔法使いが並んでいる。


「ご丁寧に並んでくれてよぉ! 倒しやすくて助かるぜェッ!」


 そしてウェーブは、拳を振るった。


「ウェイブショック!」


 鍛えているとはいえ、小柄な少年の、飛び掛かりパンチ。普通なら、一人も倒せはしない攻撃。


 だが。


 振動魔法を纏った拳は、並大抵の相手なら、一撃だ。


「がぁああああ!?」「うごぉぉおおっ!?」「きゃぁあああああ!」


 詠唱魔法使いたち三人が、ウェーブの拳の一振りに巻き込まれて、ドミノのように吹っ飛んだ。直後、パキィィィン! と甲高い音が鳴り響く。


『決まったぁぁあああ! 特待生ウェーブ、早速三人打倒! 俊敏にして剛腕! 今年の特待生もすごいぞぉおおおお! 防御魔法具が壊れた方は、速やかにご退場を!』


 実況が熱弁する。詠唱魔法使いたちが、「ひっ、ひぃっ!」と悲鳴を上げながら場外へと消えて行く。


「次ィ!」


 ウェーブは反転し、構えを取り直す。残る十二人の敵が、驚愕と戦慄でもって、ウェーブを見つめている。


「う、嘘だろ! ぜ、全部くぐり抜けられた!」「あいつが起こしたとはいえ、何であの地震の中で自由に動けるんだよ!」


 敵が抗議の声を上げる。ウェーブはニヤリと笑って、「お、何だ? おかわりが欲しいのか?」と唇を舐める。


「なら、遠慮するな。こいつは、おかわり自由だぜぇっ! ウェイブショック!」


 震脚。大きな地震が起こり、再び敵は恐慌に包まれる。


「くっ、やられるなら、破れかぶれだ! ファイアーボール、ファイアーボール!」

「奴の攻撃は拳で来るぞ! 近づかせなきゃ大丈夫なはずだ!」【乱れ切り】


 近接戦に優れる変身魔法、魔法文字使いたちが、それぞれの魔法をめちゃくちゃに振り乱す。


 それにウェーブは、肩を竦めた。


「おいおい、そんなことされちゃあ困っちゃうぜ。困ったから……奥の手を早々に披露しちまおうか! ウェイブショック!」


 ウェーブは、敵に近づかないままに拳を振るう。


 すると、そこから放たれた見えない衝撃が、敵を打ちのめした。


「がっ」「ぐはっ!?」「いっ、今のは何だ!」


「さぁなぁ何だろうなぁ! シンキングタイムはたっぷりあるぜ! 考えて当ててみろォッ! ―――ウェイブショックウェイブショックウェイブショックウェイブショック!」


 呪文と拳の連打で、ウェーブの前方に、無数の衝撃波が放たれる。それに、前線を構築しようとしていた近接系の魔法使いたちが一掃される。


 パキィィイイン! と甲高い音が、六つなった。


『防御魔道具の破壊を確認! ウェーブ特待生の、不可視の攻撃が参加者を襲う! 怪我を負う前に、急いで逃げてください!』


「ハハハハハッ! 見えない嵐がそんなに怖いかぁ!? オレは優しいからよォ! 逃げる奴には撃たないでやらァ!」


「ひっ、ひぃいいい!」「あいつやべぇって!」


 さらに敵が六人、必死の逃げ足で場外へと走り去る。


 残るは六人。召喚魔法使いに、錬金術師たちだ。


「くっ! こうなれば―――おい! お前らの召喚獣に、この薬を飲ませろ!」


「はっ!? 一体何だよそれは!」


「試作段階の巨大化薬だ! 時間制限はあるが、ずっと強くなれるぞ!」


「くっ、信じるからな!」


 召喚魔法使いたちが、一斉に自分の召喚獣に薬を飲ませる。


 だが、そう上手くはいかなかった。


「がぷっ!?」「コロロロロ……」


「っ!? おい! ダメじゃないか! 倒れたぞこいつら!」


『おぉーっと! 錬金術クラスと召喚魔法クラスが手を組んだところ、薬が仇となったようだァー! 召喚獣二匹がダウンしたー!』


「……何やってんだあいつら」


 あまりにも破れかぶれな案で、三匹いた召喚獣の内、二匹が活躍するまでもなく倒れてしまう。


 しかし、ウェーブは遅れて気付くのだ。


「お、おお、おおおおお?」


 小さな火トカゲの精霊、サラマンダー。それが、見る見る内に巨大になり、ちょっとした馬車のようなサイズ感に変貌する。


「っ! 来た! 僕の薬は成功してたんだ! いっけぇ! そのまま特待生をぶちのめし、アガッ!?」


 サラマンダーの振り向きざまの尻尾の一閃で、サラマンダーの主以外の魔法使いが、全員吹っ飛んだ。魔道具破壊の甲高い音に、おめおめと全員が逃げていく。


 残るは、ウェーブと、サラマンダーたちだけ。


「ふっ、ははっ、あははははははっ! すごいぞ! 大きいぞ、サラマンダー! よし! 俺たちであいつに勝って、第一リーグを獲るぞ!」


「グルァァアアアアア!」


 サラマンダー、というか一種のドラゴンのようになった大トカゲが、口から火を噴いた。


『これは!? 召喚獣一体が、巨大化薬に耐えた! 大きさはまるでドラゴン並み! 特待生はこの巨大サラマンダーに勝てるのかーッ!』


「おいおい、中々滾る演出してくれるじゃねぇの」


 予想外に出てきたボスの存在に、ウェーブはワクワクが止まらない。


「まずは小手調べの、ウェイブショック!」


 震脚。地震。だが、巨大かつ腹ばいの体勢のサラマンダーには、地震なんてほとんど効果がない。


「ははははっ、サラマンダーには全然効いてないじゃないか! いいぞサラマンダー! あいつに攻撃だ!」


「グルォオオオ、グゥアアアアアア!」


 サラマンダーは息を吸う。


 そして、大規模な火炎放射を口から放った。


「うぉおおおおっ!」


 ウェーブはそれを、自慢の健脚で回避する。回避ついでに、「ウェイブショック!」と遠隔衝撃波を放つ。


 だが、それも意味がない。サラマンダーの大きな体には、遠隔衝撃波程度では、大きなダメージにはならないし、召喚主もサラマンダーに守られている。


『なんと! 特待生ウェーブの魔法が、巨大サラマンダーに効いておりません! 強い! 強すぎるぞ巨大サラマンダー!』


「あはははははっ! 無敵だ! 無敵じゃないか、サラマンダー! よし、遊びの時間はもう終わりだ! あいつに突進して、圧し潰せ!」


「ガァアアアアアア!」


 巨大なサラマンダーが、ウェーブ目がけて突進してくる。その光景に、ウェーブは苦笑する。


「ったくよ。あの巨体から逃げ回ってたらスタミナ切れで詰み。かといって、振動パンチじゃ正面から潰されて終わり。オッサンにも言われたよな、手数が少ねぇって」


 あの時は衝撃だった。追い詰めたと思ったオッサンが、一瞬でウェーブを仕留めて見せた。


 それもそのはず。ウェーブは頭をこねくり回して多様な攻撃に見せかけているが、すべて同じ魔法。たった一つで器用に頑張っていただけのこと。


「だよな、オッサン。成長しなきゃならねぇ。手数を増やして、どんなピンチにも対応できるようにならねぇといけねぇ。だから―――」


 ウェーブは、笑う。


「だから、ミディア先生にボコられてる中で、二つ目の魔法を覚えてきてやったんだよッ! サーマル・チェンジ!」


 呪文を唱えると共に、ウェーブは足を上げる。サラマンダーの主が「また地震か!? 一つ覚えな奴め!」と勝ち誇る。


 そしてウェーブは、強く地面を踏みつけた。


 直後、ウェーブの足元が高熱に爆発を起こし、ウェーブの体が垂直に飛び上がる。


「ッ!? なっ、なにぃ!?」


「ハッハー! 知ってるかぁ!? 熱ってよぉ! 物体の振動らしいぜ! 振動ってことはよぉ! オレの領分ってワケだァ!」


『こっ、ここで! 特待生が高く飛ぶーッ! 地面を揺るがし風を操り、ついには火を噴射した特待生ウェーブ! たった一人でいくつの属性の魔法を操るつもりなのかー!』


 上空から落下しながら、ウェーブは拳を振りかぶる。


「空気を高熱で燃やして爆発させりゃあ、簡易的なジェット推進になるって寸法よぉ! さぁ、歯ぁ食いしばれ、舌噛むぞォッ!」


「やめっ、やめろぉおおおおお!」


「ウェイブショック!」


 振動を纏った拳が、サラマンダーの主の頬をぶん殴る。


 主は大きく吹っ飛び、直後防御魔道具の砕ける、甲高い音が鳴るのだった。

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