第4話 実力差を分からせるオッサン

 校庭にて。


 俺に決闘を申し込んだ女生徒は、俺に向かいながら、名乗りを上げた。


「あたしはセイラ。セイラ・モーガン・ヘカーティア。ヘカーティア侯爵家の長女よ。アンタは?」


「……メイザス・クローリー。しがない魔法教師だよ」


 俺の名乗り返しに、さして興味も示さず「そう」とだけセイラは言った。


 特待生クラスの校庭。森に囲まれた、開けた空き地でのことだった。俺とセイラの間に、ヒュォオオ、と春の強い風が流れていく。


 いの一番にいなくなってしまった男子は、もう後回しで良いか、と俺もあきらめムードだ。まさか三人しかいない生徒の内、一人が脱出、一人と決闘とは思うまい。


 そして、今相対しているセイラ。と俺は少女をチラと見る。


 ピンクの長い髪をツーサイドアップにして、大きな魔女帽をかぶっている。制服はきっちりと着こなしているが、右袖から出ているのは、精巧な木の義手だ。


 その表情からは、敵愾心がにじみ出ている。大人の存在など認めない、と言わんばかりの睨み顔だ。


 初対面だというのに、嫌われたものだ。何が悲しくて、三十歳近く年下の女の子と決闘しなければならないのか。


「……えっと、やっぱり、今からでも、決闘やめない……? 良くないよ、こういう荒っぽいのは。学校なんだし、せめて一度授業してみて、ダメなところを直すとか」


「は?」


「う、あの、その、……すいません……」


 セイラの半ギレを食らって、すごすごと引き下がるオッサンの図である。自分の弱さが不甲斐ない。


 しかし、それでも俺は教師。ここで引き下がるわけには行かないのだ。


 脳裏に蘇るのは、道すがらの校長の言葉。


『―――らには、導き手など必要ありません』


 特待生に導きなど、助けなど要らないと、帝学院の誰もが語る。校長も、教師陣も、特待生たち本人ですら。


 しかし、それは違うと、俺は思う。


 学校とは、家族以外としっかり関わらなければならない、最初の社会なのだから。


 セイラは語る。


「知っての通り、あたしは前の担任を魔法で丸焼きにしたわ」


 拒絶の目で俺を見ながら、セイラは続ける。この子が、と俺は思う。


「あいつはあたしより魔法が下手な癖に、あたしの魔法を間違ってるって言ってきた。だから叩き潰した。……大人はそんなのばっかり。もううんざりなのよね」


 カチャカチャ、と音を立てながら、セイラは義手の指を器用に動かす。


「あたしたちは、あたしたちで上手くやるわ。だから、放っておいてよ。それでいいでしょ?」


 その問いに、校長が口を開く。


「特待生本人がそう言うのであれば、飲み「いいや、ダメだよ」


 勝手に頷こうとした校長を遮って、俺は首を横に振る。


「子供は、大人の庇護を得るべきだ。例え望んでいなくても。教育は、未来の君たちの財産なんだから」


 俺が突っぱねると、セイラの敵意が何倍にも膨れ上がるのを感じる。


「……へぇ、そう。みすぼらしい中年だし、殺さない程度に手加減してあげるつもりだったけど、やめたわ」


 可愛らしい声で怖いことを言うセイラ。俺を思い切り睨み、歯をむき出しにして、彼女は唸る。


「アンタは、前の担任より、もっと念を込めて丸焦げにしてあげる……! 服の切れ端も残さないくらいにね……ッ!」


 ピンクの長い髪が熱気に膨らみ、火の粉をまき散らしながら、はたはたと揺らめく。


 先ほども起こった現象だが、すさまじい、と思わされる。普通の詠唱魔法では、こうはいかない。ただ感情の発露で、魔法を顕現させるなど。


 それに俺は息を吐き、微笑んでこう答えた。


「いいよ、君の全力を見せて欲しい。今後カリキュラムを組むのに、役立つからね」


「―――――ッ」


 俺の言葉に、セイラの怒りがさらに高ぶる。


 ……あ、アレ。そんなつもりじゃなかったんだけど、冷静に考えたら煽るようなことを言ってしまったかもしれない。


 俺は冷や汗をかきつつ、慌ててミディアに助け船を求める目を向けた。


 ミディアが、音頭を取り始める。


「では、決闘のルールを決めさせてもらいますね」


 この場にいる全員の視線が、ミディアに集まる。つまり決闘の当事者たる俺とセイラに、観戦者の校長と子犬を抱く少女だ。


「今回は挑戦者であるセイラさんに合わせて、『詠唱魔法戦』とします。セイラさんは自由に魔法を使ってクローリー先生に挑んでください。手加減も必要ありません」


「……ふん。妙なルールはないみたいね。あったとしても従わなかったけど」


 セイラは不機嫌そうにしながらも、ミディアの提案を受け入れる。俺も同様に、左手中指に付けた木製の指輪に触れる。


「次に、クローリー先生」


 ミディアは、俺に言う。


「クローリー先生には言うまでもないことですが、セイラさんへのです。魔法も詠唱魔法に限定してください。他にも危険行為は禁止です」


「もちろん。私もそのつもりだよ」


「はぁっ?」


 俺とミディアが合意しているのを見て、セイラが声を上げる。


「何よそれ……! 何であたしが何の制限もなく魔法を使っていいのに、アンタはダメなのっ?」


「いや、それはだって、私は先生だし」


「な―――舐めてんじゃないわよ! あたしはこれでも特待生で、詠唱魔法じゃ天才中の天才なんだからねッ!」


 歯を食いしばって、俺に食い下がるセイラ。その周囲に、セイラの激情に反応して、火の粉が散った。


 俺はセイラの怒りに困った苦笑を浮かべつつ、「ええと」とミディアに告げる。


「じゃあ、俺に攻撃らしい攻撃をさせることができたら、セイラの勝ちにしよう。逆に俺は……セイラが負けを認めたらで良いかな」


「はぁああああっ!? こんな条件で、あたしが負けを認めるワケないでしょ! ふざけてんの!?」


 プライドを刺激されて激怒するセイラ。それでも愛らしい声なのが、神に愛される理由か。


 俺はミディアを見る。ミディアは頷き、言った。


「では、クローリー先生提案の条件で、勝敗を決します。双方、それで良いですね」


「うん。それで」


「――――ッ! ……分かったわ。なら舐めてかかったことを、後悔させてあげる」


 セイラは怒りが一周してしまったのか、逆に落ち着いた声で言った。怖いなぁ、と俺は視線を逸らす。


 せめてもの言い訳で、俺は言った。


「その、舐めてるとかじゃ、本当にないんだ。私はそもそも、大した人間ではないし。才能も、君の方がずっとある。ただ」


 息を吸って、続ける。


「先生が、生徒を傷つけるような真似は絶対にできない。それだけなんだよ」


「……言い訳は、アンタをぶっ倒してから聞くわ」


 セイラには取り付く島もない。俺がショボンとすると、ミディアは口を開いた。


「では二人とも。いざ尋常に―――勝負開始ッ!」


 直後、セイラは大声で叫んだ。


「あいつはあたしの敵! あたしをコケにする背信者よ! あたしの激情を炎に変えて、燃やし尽くせッ!」


 その絶叫に応えるように、セイラの右腕、木義手の周囲に豪炎が渦巻いた。


「おぉ……これはすごい」


 見た目には火の勢いはすさまじく、周辺の森に何の魔法も掛かっていなければ、きっとこの一撃で燃やし尽くしてしまうほどに膨らんでいく。


 だが、俺が感心したのは、そこではなかった。


 素質の時点で相当なものなのに、詠唱に熟練があった。これは天才中の天才、という評価が間違っていないと悟る。


 そして、豪炎が放たれた。とてつもない勢いで、俺に迫ってくる。


 これに抗える魔法使いは、そうはいないだろう。冒険者でも熟練、その中のさらに上澄み。そういうレベルでもないと、この魔法には抗えない。


 だが同時に、表面からは分からないことも一つあって―――


 俺は、ふふ、と笑う。


「これは、鍛え甲斐のある生徒を持ってしまったな」


 俺の声を聞き取ったか、セイラが叫ぶ。


「さぁ、どう!? 前の担任は、これに巻き込まれて死にかけた! アンタはこれに耐えられる!?」


 セイラの声は、若干震えていた。その震えの理由を、俺はまだ知らない。


 ―――だから、これから知っていこう。


 そう思いながら、俺は木の指輪を意識しながら、向かってくる魔法に向けて左腕を伸ばし、詠唱を始める。


「偉大なる火の神に畏み畏みも白すかしこみかしこみもまうす


 詠唱。この手の魔法には付き物の手順。だが俺は思う。詠唱とはとどのつまり対話で、コミュニケーションでしかないと。


「我が名はメイザス・クローリー。豊饒と大地の神ダグザの信任を得し者なり」


 であれば、コミュニケーションの真髄とは、すなわち信用と親愛。そこから成る真摯な願い。それ以上のコミュニケーションなんて、存在しないのだと。


「我が名に免じ、その権能をお納めたまえ」


 詠唱が終わり、セイラが放った魔法から圧力が消える。その異変に気付き「っ? 今、何か」とセイラが戸惑いを見せる。


 それに俺は、最後の仕上げをするのだ。


 迫りくる巨大な炎。豪炎が俺の目の前に立ちふさがる。ここから逃げることは決してできない。そんな炎に、俺は指先だけ触れ―――




「ウタカタ、水泡」


 指で炎を上に払うと、巨大な豪炎のすべてが水泡となって散らばった。




「……は?」


 困惑するセイラ。パチパチとまばたきを繰り返し、何が起こったのか分からないという顔をしている。


 実際、この場の状況は、明確に雰囲気を変えていた。致死性の豪炎は消え去り、空中には無数の泡が、ふよふよと空中に浮いている。


 その光景はまるで、前世の日本の、休日の公園のようだ。子供がシャボン玉を吹いて、それが日光を反射してキレイな様子。あの和やかな空気感が、今ここにある。


 水泡がぱちぱちと消えて行くのを眺めながら、俺は和らいだ雰囲気にホッとして、うんうんと頷き将来有望な生徒に感心する。


「うん。いや、驚いたよ。セイラ、君はとても筋が良い。素質も抜群だし、詠唱にテーマ性がある。勉強すれば、とてもすごい魔法使いになれるよ」


「は? は? い、いや、は? なん、どう、え? な、何? 何したのよッ、アンタ!」


 セイラは動揺しきりで、顔を青ざめさせながらかぶりを振る。


 それにミディアが「初見はビビりますよねぇ……」と遠い目をし、校長は口をあんぐり開けてわなわなと震えている。


 俺は無事何とかなってよかった、と安堵しつつ、簡単に説明した。


「何の事はないよ。詠唱魔法―――正しくは『ドルイド』というこの魔法は、木を通じて神と対話する魔法。だから私は、ただ『どうか矛をお納めください』って神にお願いしたんだ」


 と言っても、他にももう一つ魔法を使っているが、それは今、秘密としておこう。


 ともかく、結果はこれだった。俺の長年の研鑽は無駄ではなく、若き天才の一撃を封じるには足りていた。


「くっ、この……っ! もう一度よ! もう一度火を! あの中年に泡を吹かせるのよ!」


 セイラはそういって義手を振るうも、魔法は発動しない。


 俺は苦笑して「ごめんね」と告げる。


「俺の魔法の所為で、多分これから数時間くらいは、セイラは俺に向けて魔法は使えないと思う。でも普通に使う分には多分使えるから、許して欲しいな」


「なっ、何、何よ、それ……!」


 じわ、とセイラの目に涙が溜まる。それをセイラはごし、と生身の左腕で涙を拭いてから、俺に義手の人差し指を向けてきた。


「あっ、あたしは負けなんか認めないんだからねっ! アンタみたいなみすぼらしい中年に、教わることなんかないんだから―――!」


 そう言い捨てて、セイラは明後日の方向へと走り去ってしまう。


「あっ、ちょっ」


 俺は呼び止めようと声をかけるが、セイラは元気いっぱいの足取りで、どんどんと走りすぐに見えなくなってしまう。


 それを呼び止めようとした瞬間、横から俺に突撃してくる者がいた。


「クローリー先生ぃぃいいいい! ワタクシ、ワタクシ感銘を受けましたぞぉおおお!」


 校長が、感涙しながら俺に抱き着いてくる。


「なっ、何ですか今の魔法はっ! ああ、侮っていた自分が恥ずかしい! まさかクローリー先生が、あれほどの大魔法使いだったとは!」


「えっ、いやあの、校長先生! そっ、それどころじゃないというかあのっ、せっ、生徒が行ってしま―――」


「あなたにならっ、あなたにならば特待生クラスをお任せできます! 是非! 是非っ! 今後ともよろしくお願いいたしま」


「校長先生! 話を聞いてくださいっ!」


 校長が邪魔で俺は追いかけることができず、ついにセイラは、森の中に消えてしまう。


 それにがっくり項垂れる俺を見て、ミディアが「流石クローリー先生です!」とぴょんぴょん飛び跳ねて喜び、子犬を抱えた少女が「すごーい……」と小さく拍手するのだった。





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