第3話 崩壊学級に放り込まれるオッサン

 それからの日々は、目まぐるしく過ぎて行った。


 馬車で移動することさらに数日。やっとのことで帝学院に辿り着いた俺たちは、そのまま流れ作業のように資格確認や書類提出など、諸々をやらされた。


 幸運だったのが、帝学院にも教師寮があって、住む場所には困らなかったことだ。ミディアに「お隣さんですね♡」と言われたときにはめまいがしたが。


 そうして就業初日となり、俺は職員会議の場にて、自席で自己紹介をさせられていた。


「初めまして、本日より特待生クラス主任教師を務めさせていただきます、メイザス・クローリーです。よろしくお願いいたします」


 挨拶は無難に。それが俺の信条だ。もう少しひょうきんな性格だったなら、軽く笑いを取ることもできたのだろうが。


 流石世界最高峰の学校だけあって、職員室もかなり広大だった。拡声器の魔道具が持たされるレベルだ。広すぎるし、教師の数も多すぎる。


 返ってくる拍手はまばら。同時に、コソコソと話し声が聞こえてくる。


「アレが次の被害者か……」

「前任の先生よりももたなさそうじゃないか……」

「また被害者を増やすだけでは……?」

「今度来る優秀な先生の繋ぎだな……」

「キュクロープ先生の独断には困ったものだ……」

「だが、特待生クラスの御鉢がこっちに来るよりは……」


「……」


 俺は沈黙と共に着席しながら、考える。


 どうやら、特待生クラスの評判は、俺が想定するよりも悪いらしい。


 外見的に舐められやすい俺相手でも、押し付けられるのなら誰でもいい、と無関心になるほどに。


 それからいくつかの連絡事項を終えて、職員会議は解散となる。


 近づいてくるのは、二人の人影だ。


 片方はミディア。もう一人は―――


「これはこれは。先日ぶりですな、クローリー先生。改めまして校長の、マイティー・オウル・ヘッドマスターですぞ」


 背が低く小太りながら、貴族らしくやたら整えられた金髪と髭を蓄えた中年男性が、不機嫌そうな話しかけてきた。


 それに俺は、げ、と思いつつもにこやかに対応だ。


「先日はお世話になりました、校長先生」


「いえいえ、キュクロープ先生が推す人物ですからな。どれだけ厄介……もとい型破りな方だろうと身構えていたものですから、クローリー先生のような方で助かりましたぞ」


 助かった、と言っておきながら、校長は「ふんっ」と鼻を鳴らしている。


 ……この、いかにも俺のことが気に入らなさそうな人物が、この帝学院の校長、マイティー・オウル・ヘッドマスターだった。


 身なりはいかにも貴族らしい、整えられた正装。それでいて眉間に寄せられたシワと、嫌味っぽい語り口。


 そもそもミディアのことが嫌いらしく、そのミディアが連れてきた人物だから、とまとめて俺も嫌っている節のある人物だった。


 そんな校長は、俺とミディアの微妙な視線に気付いてか気づかずか、こう続ける。


「では、初日ですからな。明日からはキュクロープ先生と二人で特待生クラスの切り盛りをお任せする次第ですが、今日ばかりはワタクシが引率して差し上げましょうぞ」


「ハハ……」


 別に頼んでいないのだが、やたら干渉してくる校長だ。


 ちら、とミディアを見ると、こそっと教えてくれる。


「その、なんて言うか、暇な人なんですよ……。首を突っ込みたがり、というか」


「なるほど……」


 厄介な人だな、と思いつつ、せかせかと歩きだす校長に、俺たちはついていく。


 特待生クラスの校舎は本校舎から独立していて、妙な魔法がかかった森に囲まれているようだった。俺はいくらか観察しながら、鬱蒼とした道を進む。


 この森は、事前の説明では、『迷いの森』と呼ばれていたか。納得の不気味さだ。


 森を突っ切る道すがら、校長はネチネチした物言いで話し出した。


「任せた手前脅かすのは良くありませんが、特待生クラスの担任は過酷な業務ですぞ、クローリー先生! 正直、クローリー先生の手には余るのでは、と危惧している次第で」


「ハハ……でも、職員室でも随分とその、特待生クラスは評判が悪かったですね」


 俺は笑って毒舌を受け流しつつ、校長から必要な情報を聞き出しにかかる。


 すると校長は言った。


「あの評価は当然ですぞ。何せ前任の先生は、今年の特待生の魔法で焼かれ、入院生活を余儀なくされているのですからな」


 俺は校長について歩きながら、目を細める。


「それでなくとも、特待生の過半数が不登校。登校している生徒も、揃って教師に歯向かう問題児ばかり。『史上最悪の特待生』とすら呼ばれる始末ですぞ!」


「……」


「そんな子供らが、大人を軽く凌駕する魔法を振るう。それが特待生クラスなのですな。クローリー先生のような方には、到底務まるとは思えません」


 ―――と、口が滑りましたか。失敬。


 鼻で笑いつつ謝罪する校長に、俺は問う。


「では、何故私に任せていただけるのですか?」


「キュクロープ先生の立場が、それだけ特別だからですぞ。特待生クラスにおいては、校長たるワタクシよりも権限が強い。ワタクシが偉いのは、普通のクラスにおいてのみです」


 校長は不機嫌そうに語る。


「そもそも、伝統的に特待生クラスは、そもそも教師を置いていないことの方が多い。授業の自由参加権を与えて放置、と言うのが普通なのですぞ」


「そうなんですか?」


「ええ。例年は一人いるかいないか、という程度の人数ですからな。それが今年は数が多く、担任を用意しなければ、という運びになってのこの顛末なのです。分かりますかな?」


 校長は眉根を寄せて俺を見てくる。


 そこにあるのは、面倒臭さを隠しもしない、冷たい無関心だ。


「―――特待生クラスには、担任教師など不要。それがワタクシの考えなのです。らには、導き手など必要ありません」


「……」


「つきましたぞ」


 俺が口を閉ざしていると、俺たちはついに森を抜けて、開けた場所に出る。


 四方を森で囲まれた広い空き地。その中心に立つ、小さな寂れた校舎。


 校長は言う。


「ここが、特待生クラスの校舎となります」


 では、中まで案内しましょうぞ。そう、校長は小さな校舎に乗り込んだ。






 校舎の中は手入れが行き届いておらず、どこもかしこも埃を被っていた。


 それで済めばマシな方で、注意深く見てみれば、所々に破壊痕すらある始末だ。


「これ、大丈夫なの……?」


 俺が小声で呟けば、ミディアが教えてくれる。


「校舎の調子って、その時々の特待生に左右されるらしいんですよね。過去の特待生で、古くなったからって勝手に壊して建て直しちゃった子もいるとか」


「特待生すごいね?」


 ただ、言わんとするところは分からなくもない。ミディアも昔なら、その場の気分でそのくらいの規模感のことはしてのけた。


 神や悪魔に愛された、特別な子供たち。そう評されるには、そのくらいの力が必要なのだ。


 それが、本人の幸福につながるかどうかは、別の話なのが難しいところだが。


「ここですぞ、クローリー先生」


 先導していた校長が、とある教室の入り口を手で示す。


「ここに、前任教師を病院送りにし、まともに言う事を聞かない特待生たちが集まっています。今日は初日ですので、ひとまず挨拶だけですが」


「はは、そうですね……。まだまともに名簿も確認できていませんから」


 本来なら、引き継ぎ期間でじっくり情報を入れてから教室に臨むべきだ。だが現状誰も担任をしていない以上、まず挨拶だけでも、という事になっていた。


 俺が頷くと、校長は嫌味っぽい顔で言った。


「もっとも、挨拶一つでも、特待生クラスは苦労することでしょうがな。大怪我をして、面倒ごとを増やさぬことを祈りますぞ」


「……はい」


 校長に言われ、俺は教室の入り口に立つ。


 この先に、俺が受け持つ特待生。その内、登校している三人がいる。


「すぅ……はぁ……」


 俺は深呼吸をして、扉に手を掛けた。


 そして、勢いよく開ける。


「おはようございます」


 こういうのは、初めが肝心だ。こんなくたびれたオッサンだからこそ、最初くらいしっかりしたところを見せないと、話もまともに聞いてもらえない。


 だから俺はスタスタと歩き、教壇の前に立った。それから、教室を一望する。


 そこにいたのは、前評判通り、三人の生徒たちだった。


 まず、教壇の目の前に座る、ピンク髪をツーサイドアップにした、魔女帽の少女。


 次に、魔女帽の斜め後ろに座る、白髪をボブカットした、子犬を抱える小柄な少女。


 最後に、教室最後方窓際で机に足を乗せた、ツンツンした黒髪に黄メッシュを入れた少年。


 他には、一人も生徒はいない。十人中七人が不登校にある、特待生クラスの全貌がこれだった。


「……おはようございます」


 ムスッとした様子で、魔女帽の少女が挨拶する。やたらかわいい声だな、と思っていると、続いて子犬の少女が「……おはよ……?」と首を傾げる。


 一旦挨拶はできるのか、とホッとしかけた時、机に足を乗せた少年が立ち上がった。


「ンだよ、またザコみたいな教師が来やがったか。じゃ、オレはパスさせてもらうぜ」


「はっ? ちょっ」


 俺が制止する時間すらなく、少年はひょいと窓から飛び出て行ってしまう。


 咄嗟に俺が追おうとすると、逆にそれを、魔女帽の少女が「ねぇ、アンタ」と制止した。


「アンタが新しいここの担任?」


「えっ? ああ、そうだけど、今はそれどころじゃ」


「なら、あたし、アンタに決闘を申し込むわ」


「はっ?」


 魔女帽の少女は、右手から学院指定の手袋を外して、俺に投げつけてくる。


 それで、気付くのだ。魔女帽の少女の、手袋を外した右手。


 それが―――木でできた、義手であるという事に。


「あたしたちは、あたしたちよりも強い教師にしか、従わない」


 可愛らしい声ながら、詠唱らしくもない単なる言葉に反応して、魔女帽の少女の周りに火が走る。


 そんなことは、普通は起こらない。それこそ、文字通り、神に愛されるような魔法使いでなければ―――


 魔女帽の少女は、強い敵意をにじませて、俺を睨みつけた。


「このクラスの担任教師をやりたいなら、まずあたしのことをねじ伏せてみなさい」


 ひく、と俺の口端が引きつる。ミディアが「なるほど、こう来ますか……」と頭を抱え、校長が「これは初日からご苦労なことですな」と口を曲げる。


 ―――俺、メイザス・クローリー。帝学院、特待生クラス着任直後、生徒に決闘を申し込まれる。


 ……話には聞いてたけど、ここまで大変なのか、特待生クラス。


 俺は唖然としながら、俺にケンカを売ってきた少女を見た。


 ポテンシャルは高い。恐らく才能は俺以上。だが様々な面で、魔法使いとしての未熟さが垣間見える。


 そして何より、気が強そうだ。言って聞かせるだけでは、頑として言う事を聞くことはないだろう。


「……分かった。お受けするよ」


 俺は仕方なく、少女に微笑み返す。


 見た感じ、負ける要素はない。怪我させないように、丁寧に実力を示しておこうか。

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