淡々とアルバイトをこなす転生少女、実は剣鬼に育てられた最強の剣客につき〜世界最強のバイト剣士はひとの心を知りたい〜

御子柴奈々

第一章 剣と心

第1話 剣に魅入られた少女


「──今日も綺麗な空」


 幼い少女は、ボソリとそう呟いた。

 彼女は寝たきりで、不治の病に罹っていた。助かる見込みはなく、延命措置も施されていない。見舞いに来る者はいない。家族はいるが、もう何年も顔を合わせていなかった。もちろん、友人もいない。


 少女は天涯孤独だった。


 ただ、死ぬまでの時間を静かに過ごしているだけ。その少女にとって、世界とはこの病室の中だけだった。


 そして──死は唐突に訪れる。


(あぁ……私はもう、二度と目を覚まさないんだ)


 少女は直感的に理解する。

 この先に待っているのは、暗闇と虚無だけ。けれど、不思議と怖くはなかった。あるがままを受け入れる。それが、彼女の一生だった。



「願わくば──次は、広い世界を見れますように」




 少女は確かにそこで生を終えた。

 だが──彼女には、次の世界が待っていた。


 気が付けば、少女は地面に倒れ込んでいた。

 路地裏。明かりはなく、月明かりだけがこの場を照らしている。


 違和感に気づき、耳を澄ませる。

 ぴちゃり、と水の音。


「……雨?」


 否。それは、雨などではなかった。



「テメェ!」

「囲め! 囲め! 〈剣鬼〉を殺せばお手柄だぞ!」

「殺れ! 一気にいけ!」


 少女は視線を向ける。

 大人の男たちが、一人の男を取り囲んでいた。

 剣を振りかぶり、次々と襲いかかるが。


「──遅ぇな」


 一閃。

 少女は、その剣の軌跡を確かに捉えていた。

 まるで演舞のように、男は次々と相手を斬り伏せていく。人数差など意に介さない。ただ、斬るのみ。一挙手一投足。そのすべてが、斬るためだけに存在している。

 

 鮮血が舞い、死が広がる中で、男は剣を振るい続ける。



「──綺麗」



 少女の口から漏れたのは、恐怖ではなかった。

 その剣の軌跡に、心を囚われていた。目の前の死に怯えることもなく、漆黒の闇に描かれる剣閃だけが、彼女の心に刻まれていく。


「こんなもんか」


 キンと音を立てて剣を納める。


 男はそのまま立ち去ろうとしたが、じっとこちらを見つめる少女に気づいた。


 本来なら、気に留めることもない存在。斬り捨てる価値も、覚える価値もない人間。

 

 だが──その少女の瞳には、恐れがない。そこにあるのは、紛れもない憧憬しょうけいの色だった。


「お前、名前は?」

「……リナ」


 少女──リナは淡々と名を告げる。

 死んだはずなのに、今は生きている。

 その理由など、どうでもよかった。

 彼女は既に、剣に魅入られていた。


「ここで何をしている」

「……分からない」

「家族は?」

「いない」

「アレを見て、どう思った?」


 男の指差す先には、斬り捨てられた死体が転がっていた。血はまだ流れ、常人なら吐き気を催すような光景。


 だが、リナの答えは──


「──綺麗だった」

「綺麗……だと?」

「うん。剣のひらめきが、とても綺麗だった」

「……」


 人は孤独だ。

 どれほど他者と繋がっても、最期は独りで死んでいく。男もまた、孤独に生き、孤独に死ぬつもりだった。弟子を取る気などない。


 ──そのはずだったが。


「行くあてがないなら、ついて来い」

「……え?」

「お前には才能がある。剣を教えてやる」


 それは気まぐれだった。

 なぜ初対面の少女にそんな言葉をかけたのか、彼自身にも分からない。だが、リナの瞳を見て男は即断した。


「……うん」


 差し伸べられた手を、リナは確かに掴んだ。

 前世とは違い、彼女は自分の足で立つことができる。体は自由に動き、初めて自由を手に入れた。


 親も友人もいない。

 ここが何処かも、自分が何者かも分からない。


 それでも──リナは手を取った。


 剣こそが自分の進むべき道だと、この瞬間に決めたのだ。


「ついて来い。剣の極地を見せてやる」

「うん」


 これが、リナの新しい人生の始まりだった。



 †



「ねぇ、師匠」

「なんだ?」

「今日も斬っていい?」

「あぁ。命令だ──敵を斬れ」

「了解」


 リナは命令のままに敵を斬り続けた。師匠の言葉に従い、剣の理を学び、敵を斬る。リナは指導を受け始めて、一年後には頭角を表した。


 意味も意義も理由もいらない。師の命令のままに、リナは躊躇なく敵を斬り続けた。


 そして、剣を学び始めてから──十年の時が経過した。



「──スゥ」


 ひとつ、息を吸う。

 夜は驚くほど澄み渡り、月明かりが静かに世界を満たしていた。その光を浴びて、成長したリナの姿が浮かび上がる。


 月光は彼女の輪郭をなぞるように照らし、絹のように艶やかな漆黒の長髪が、夜風に揺れていた。すらりとした肢体は凛とした存在感を放っている。


 だが、その肉体は決して華奢きゃしゃではない。無駄を削ぎ落とし、剣を振るうためだけに鍛え抜かれた肉体が、静かに力を秘めていた。


 さらに――その美貌。


 夜に映える端正な顔立ちは、息を呑むほどに整い、冷たさと気高さを併せ持つ。



「ククク……こんなガキが刺客とは。俺様も舐められたものだな」


 ゆらりと黒い外套を羽織った男がナイフを抜く。禍々しい魔力が立ち上るが、そんなものはリナに関係はない。


 わずか数歩。

 一息で距離を詰め、一閃。

 閃いた刃は、正確無比に相手の喉を裂いた。


「──ガッ!?」


 男は何が起きたのか理解する暇もなかった。

 リナは既に、迷いなく刀を心臓へ突き立てていた。


「よくやった。リナ」

「師匠……ううん。本当は、首を落とすつもりだったのに。失敗した。私は、まだまだ師匠の足元にも及ばない」

「そうか……。そうかもな」


 リナは自分の剣に満足していなかった。

 先ほど斬り捨てた相手が世界でも屈指の担い手であったことなど、彼女は知らない。


 だが、師は気づいていた。

 リナの剣は近い将来うちに自分を超えていくと。彼女の剣は、前人未到の神域に踏み込む剣だと。


 全盛期へと至ろうとするリナ。一方で師は衰え始めているが、それは年齢だけの問題ではなかった。


「リナ。敵を斬れ」

「了解」

「リナ。次の敵はコイツだ」

「了解」


 淡々と斬り続ける日々。

 リナの成長は留まることを知らない。

 その剣はもう、師の域を越えていた。


 斬って、斬って、斬り伏せた。

 それだけが、リナの人生だった。師の背中を追い続けることもまた、彼女の目標だった。


 永遠に続くかと思われた時間。

 だが──永遠など、どこにも存在しない。



「ゴホッ……ゴホッ……」

「師匠。大丈夫?」

「ん? あぁ……しばらくすれば良くなるさ」

「そっか」


 激しく咳き込み、師の手には血が滲んでいた。

 そう。彼を蝕んでいたのは──不治の病。もう長くはない。彼は誰よりも理解していたが、リナに伝えることはない。


 二人は山奥で暮らしていた。師は日に日に痩せ細っていき、その背中は少しずつ小さくなっていく。それでも、リナは深く考えなかった。師はしばらくすれば良くなると言った。


 その言葉を彼女は愚直にも信じていたからだ。剣しか学んでこなかった彼女が、人の機微など理解できるはずもない。


 ──そして、ある日。

 唐突に師は剣を手に取り、立ち上がった。


「師匠? 元気になったの?」

「あぁ。元気も元気だ。剣を振ることもできるさ」

「そっか。それは良かったね」


 リナはその言葉を、そのままの意味で受け取った。まだ彼女には、言外の意味を汲み取るだけの理解はない。リナの人生せかいは剣で構成されていているのだから。


 いつも鍛錬に使っていた庭へと足を運び、師は静かに口を開く。


「リナ、俺と立ち会え。そして」


 そこまでは、聞き慣れた言葉。

 だが、その先はリナが一度も聞いたことのない一言だった。


「──俺を斬れ」

「……え?」

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