第3話 ハルカは愛を信じられない

■ハルカは愛を信じられない


「もう信じらんない!」


 帰宅前、ハルカに呼ばれてヨッシーは理科室にいる。

 カーテンが引かれた薄暗い教室。

 独特な薬品の香りが漂う。


「……どうしたの?」


 目を大きくして怒っているハルカにヨッシーは尋ねる。


「田中に言ってたのを聞いた!」

「なんて?」

「『カルピスソーダに釣られて付き合った』って!」

「……ああ」



 ヨッシーは口を閉じる。

 田中との会話を思い返す。


 放課後の教室で、ハルカと付き合い始めたきっかけを聞かれた。

『カルピスソーダ!カルピスソーダに釣られた』

 と確かに答えた。


 田中には本当のことを話したくなかった。

 ハルカの笑顔とカルピスソーダ。

 真っ先に浮かんだからそう答えてしまった。


 意識を理科室に戻す。




「聞いてたの?」

「ヨッシーと帰ろうと思ったら、田中がいて。聞こえたし」

「それは……そう聞いてきたことあったろ?」


 ハルカは一瞬だけ口ごもるが、さらに言葉を続ける。


「確かに言ったけど……その時はヨッシー『うん』って言わなかったじゃん!」

「それはそうなんだけど」

「その時オッケーしてくれてたなら、まだいいけど……」

「そうなの?」


 ハルカはキッと視線を向けてくる。


「はっきり言ってほしかった。『好き』だから付き合ってるって!」

「それは……難しいよ」


 ヨッシーはハルカから目を逸らしてしまう。


「もうあんな言い方しないで!」

「ごめん、悪かった」

「……わかってる?」

「もうしない」

「わかってないよ……絶対にわかってない」


 遠くに蝉の鳴き声が聞こえる。

 ハルカが小さく息を吸い込む音が聞こえる。

 ヨッシーはハルカの方を見る。


「ヨッシーからはっきり言われてない」


 ハルカは片手で片肘を支えて立っているように見えた。

 顔は俯き加減だ。


「好きって言われてない……なのに」


 ハルカの髪が揺れる。

 顔を静かに上げて、ヨッシーと目を合わせる。


「私にとっての『愛してる』は『字がキレイ』だけど、ヨッシーはなんなの?……ちゃんと教えてよ」


 ハルカの右目から涙が流れる。

 ぐっと手で拭う、視線を逸らす。

 ヨッシーの胸に、鋭い痛み。


 ガタッ


 何も言わずに理科室の扉を開けて出ていく。

 廊下に響く足音は遠ざかっていく。



 静まり返る理科室。

 ヨッシーは角椅子の一つに腰を下ろす。

 視線を床に落とす。



『字はキレイ』はハルカにとっての『愛してる』の意味だった。

 俺にとっての『愛してる』?

 なんだよ、それ、俺はハルカのこと何にも知らない。


 弱々しく手を握る。

 そのまま顔を覆う。

 ハルカに伝えたい言葉、はっきり言わないと。


 俺が信じたのは胸の高鳴りだった。


「情けなくても伝えるよ。ハルカ」


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