第8話:虹色の竜鱗と円舞の剣
キナに案内されるがまま、俺は森の奥深くへと分け入っていった。
そこは巧妙に隠された獣道で深い霧に包まれており、普通に歩いていては見つけられないだろう。しばらく進むと、視界が急に開け、木々の間に築かれた穏やかな集落が姿を現した。
吊り橋が渡され、大きな木の洞をくり抜いて作られた家々が並んでいる。狐の耳と尻尾を持つ獣人たちが、俺の姿を見て少し驚いたように遠巻きに眺めているが、敵意は感じられない。
「父様、ただいま戻りました!」
キナは集落で一番大きな家へと俺を案内した。
中から現れたのは、白髪混じりの髭をたくわえた、威厳のある壮年の獣人だった。キナと同じ耳と尻尾を持つが、その体格は屈強そのものだ。
「おお、キナか。無事だったか……ん?そちらの御仁は?」
「この方は、私をモンスターから助けてくださったんです。マソスさんと言います」
俺が軽く会釈すると、壮年の獣人――この集落の長は、俺の姿を上から下までじっくりと眺めた後、深く、深く頭を下げた。
「娘の命を救っていただき、感謝の言葉もない。俺はこの集落の長、ギンセツという。これは、我らからのささやかな礼だ。受け取ってほしい」
ギンセツに促され、俺は革袋を受け取った。中にはずしりとした重みの金貨と、いくつかの貴重な回復薬やアイテムが入っていた。クエストの報酬とは別に、NPCから直接アイテムをもらうのは初めての経験だった。
「礼には及ばない。俺も、珍しいモンスターを狩れたんでな」
「そう言っていただけるとありがたい。して、そのモンスターとは……?」
「ん?あぁ、なんか強そうな―――」
俺が答えようとした、その時だった。
「マソスさん!あの時手に入れた鱗、見せてもらってもいいですか?」
キナが、期待に満ちた目で俺を見つめていた。
「お、おう…別にいいけどよ…」
俺がインベントリから『虹色の竜鱗』を取り出すと、キナとギンセツは目を見開いて息を呑んだ。
七色に輝く鱗は、室内の明かりを反射して幻想的な光を放っている。
「おぉ、これはまさか…!」
「七色に輝く鱗!やはり、見間違えではなかったのですね!」
キナは確信したように頷くと、父親の方へ向き直った。
「父様、マソスさんにテツ爺を紹介してもいいでしょうか?」
「あぁ、テツ爺ならこの鱗をうまく使ってくれるだろう。紹介してあげなさい」
「はい!ありがとうございます父様!」
俺が知らないうちに何やら勝手に話が進んでいる。
だが、そんな戸惑いをよそに、キナはキラキラとした目で俺の腕をつかんだ。
「マソスさん、来てください!紹介したい人がいるんです!」
俺はキナに引かれるまま、集落の奥にある鍛冶場へと連れていかれた。
カン、カン、とリズミカルに槌を打つ音が響いている。そこにいたのは、小柄だが、その腕は鋼のように鍛え上げられた、一人の老年の獣人だった。
「テツ爺!見てください、この鱗!」
「んあ?なんだいキナ、騒々しい……おお、そいつは……『虹竜鱗』じゃねえか。まさか、まだこの森に生き残りがいたとはのぅ」
テツ爺と呼ばれた職人は、鱗を一目見てその価値を理解したようだった。
キナが、水晶のリザードマンとの戦闘で彼に救ってもらった経緯を説明すると、テツ爺は興味深そうに俺の戦い方について尋ねてきた。
俺は、自分がスキルを使わず、敵の攻撃を回避してカウンターを叩き込む戦法であること、そして【瞬身の指輪】の効果について、正直に話した。スキルや呪いの装備のことは伏せて、あくまで自分の戦闘スタイルだと。
俺の話を聞き終えたテツ爺は、ふむ、と顎髭を撫でた。
「……面白い。実に面白い戦い方をする。スキルに頼らず、己の技量と、世界の理を見切って戦うか。古の剣士のようじゃな」
テツ爺は、何かを察したようだった。
彼は俺の剣『スティング』と、俺の立ち姿を一瞥すると、ニヤリと笑った。
「お主、その戦い方なら、もっと軽くて、もっと速く、もっとお主の動きに馴染む得物が必要じゃろう」
「……!」
「どうだい、若いの。この虹竜の鱗と、お主が持っている素材をいくつか使って、一本、特別な剣を打たせてはくれんか?お主のその、舞うような戦い方に合わせた、最高の逸品を約束するぜ」
願ってもない提案だった。
トッププレイヤーでも手に入れるのが困難であろうユニーク素材を、俺だけの戦闘スタイルに合わせてカスタムメイドしてくれる。これ以上の幸運があるだろうか。
「……ぜひ、お願いしたい」
俺は力強く頷き、テツ爺の提案を受けた。
必要な素材として、これまでの冒険で手に入れた鉱石やモンスターの爪、エリアボスの素材などをインベントリから取り出し、テツ爺に渡す。
「うむ、確かに受け取った。そいじゃ今から最高の剣を打つ。三日後、またここへ来い」
テツ爺は、虹色の竜鱗を愛おしそうに眺めながら、そう言った。
呪われたスキルと装備に絶望したあの日から、わずか十日あまり。
俺は、自分だけの武器を手に入れる一歩手前まで来ていた。
俺の冒険は、まだ始まったばかりだ。
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