第7話:隠れ里への誘い

 エリアボス『オオヌマドクガマ』を討伐し、新たな呪い――もとい、ユニーク装備【真理のプリズム】を手に入れた俺は、始まりの街『テラ・オリジン』への帰路についていた。


 例のプリズムは、モノクルとして装着したはずが、いつの間にか俺の右のこめかみ辺りにふわりと浮かび、淡い光の粒子を撒きながらついてくる、という奇妙な仕様に変わっていた。まるで小さな月だ。正直、かなり目立つ。


「まあ、外せないもんは仕方ないか……」


 俺は半ば諦めの境地で、今日の戦利品である素材をどう換金し、どう装備を更新するかの皮算用をしていた。


 ―――その時だった。


 街道から少し外れた林の中から、甲高い叫び声と、硬いものがぶつかり合うような破壊音が聞こえてきた。


「……面倒事はごめんだが」


 無視するのも寝覚めが悪い。それに、万が一珍しいモンスターがいた場合、それは俺にとって格好の獲物を意味する。

 俺は音のした方へ、慎重に足を向けた。


 茂みの向こうで俺が目にしたのは、一体の奇妙なリザードマンに追い詰められている、推定17歳であろう小柄な女性が一人


「なんでこんなとこにプレイヤーが?」

「いや待てよ?あんな耳のアクセサリー無かったぞ」

「もしかしたら、あれはNPCかもしれないな」


 その獣人は、ピンと立った狐のような耳と、ふさふさした尻尾を持っていた。獣人族の一種だろうか。

 そして、その女性を襲っているリザードマンは、俺が湿地帯で狩っていたやつらとは明らかに違う。

 その鱗は、まるで水晶のように透き通り、光を乱反射してキラキラと輝いていた。硬そうだ。


「グルルァァッ!」


 水晶のリザードマンが、鋭い爪を振り下ろす。狐耳の女性は、それを必死に短剣で受け止めるが、完全に力負けしていた。

 なんだか分からないが、助けるか。あのリザードマン、いかにもレア素材を落としそうだしな。


 俺は木の陰から飛び出し、リザードマンの背後へと一気に肉薄する。

「――おまえの相手は、この俺だ!」


 突然の乱入者に驚いたリザードマンが、こちらに振り向いた。好機。

 俺は初撃を、その水晶の胴体へと叩き込む!


 ガキンッ!


「なっ……!?」


 硬い。まるで岩を殴ったかのような、鈍い衝撃が腕に走る。

 ダメージは、わずか-5。クリティカルではない通常ヒットとはいえ、低すぎる。

 こいつの外皮、尋常じゃない防御力だ。


「そ、そのモンスターの鱗はすごく硬いです!関節を狙ってください!」


 狐耳の女性が叫ぶ。なるほど、やはりそうか。

 リザードマンの攻撃を、俺は紙一重で回避し続ける。【瞬身の指輪】が銀の光を放ち、俺の頭の横では【真理のプリズム】が淡い光を明滅させる。

 俺は敵の攻撃パターンを冷静に見極め、爪を振り下ろした瞬間にがら空きになる、肩の付け根――関節部分へと、カウンターの一撃を叩き込んだ!


 CRITICAL!! -102


「グギャッ!」

 確かな手応え。悲鳴を上げるリザードマン。

 やはり、どんな敵にも『弱点』はある。

 俺はその後も、膝、肘、首筋といった関節部分だけを狙い、回避とカウンターを繰り返した。


 数分後、リザードマンは全身の水晶を砕け散らせながら、光の粒子となって消滅した。

 その場には、ひときわ大きく、虹色に輝く鱗が一枚だけ残されていた。

『虹色の竜鱗』。鑑定するまでもなく、超レア素材だと分かる。俺はそれを素早くインベントリに回収した。


「あ、あの……!助けていただいて、ありがとうございました!」


 狐耳の女性が、ぺこりと深く頭を下げた。近くで見ると、かなり整った顔立ちをしている。


「あんたの言う通り、関節が弱点だったな。助かった」

「いえ、そんな……あなたの動き、本当にすごかったです。まるで、舞踏を見ているようでした。その、頭の横に浮いている光も、なんだかとても神秘的で……」


 彼女は、俺の横に浮かぶプリズムを不思議そうに見つめている。

「これは……まあ、色々あってな」

「そうなんですね。私、キナと申します。あなたのような方に助けていただけるなんて、本当に幸運でした」


 キナと名乗った彼女は、少し逡巡した後、意を決したように顔を上げた。

「あの、もしよろしければ、お礼をさせていただけないでしょうか。私たちの集落は、よそ者を入れることはないのですが……あなたのような恩人なら、きっとみんな歓迎します」


 その瞬間、俺の目の前に、システムウィンドウがポップアップした。


 クエストが発生しました


【クエスト名:隠れ里への誘い】

 依頼主: キナ

 内容: 命の恩人であるあなたを、キナが自分たちの集落へ招待したがっている。彼女たちの集落は、いかなる地図にも載っていないという。この招待を受けますか?

 報酬: 不明


[ ACCEPT ] / [ DECLINE ]


 地図にない集落。

 その言葉だけで、ゲーマーとしての好奇心を抑えることはできなかった。

 俺は、迷うことなく『ACCEPT』のボタンを押した。


「……世話になる。あんたたちの集落とやらに、興味が湧いた」

「本当ですか!?ありがとうございます!」


 キナは満面の笑みを浮かべた。

 呪いの装備を手に入れたかと思えば、レアモンスターに遭遇し、挙句の果てには隠れ里への招待クエスト。

 俺の冒険は、どうやら俺自身が思うよりも、ずっと波乱に満ちたものになりそうだ。








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