第27話 あたしが匂いを上書きしてあげましゅ♡

「……雨、か」


 午後から俺はまた図書室に戻り、驚異の集中力で8割方宿題を終わらせた。だが達成感に晴れ渡る俺の心とは対照的に、外はあいにくの土砂降りである。

 まぁ、日頃から折り畳み傘は常備しているので問題ない。水が染みないよう、教科書にはビニール袋を被せておいた。雨がこれ以上酷くなる前に、さっさと帰ろう。


「た~くんっ。いれてく~だしゃい♡」

「うわっ!」


 折り畳み傘を広げた途端、後ろからいのりが滑り込んできた。

 ……なぜいのりが学校に?


「いや~、傘を忘れて得をしたのは初めてでしゅ~」

「いのり、学校来てたの?」

「はい! 普通に補講でしゅよ」

「あー」


 たしかに、いのりが自主的に学校で勉強するはずもない。うちの高校、定期テスト赤点者は平日強制登校だもんな……むしろ補講終わりと重なる時間に学校を出た俺の失態だ。


「そんなことよりたっくん? あたしって相合傘に向いてると思いません?」

「相合傘に向いてるも何もないだろ」


 この状況を相合傘ともあまり認めたくないし。勝手に入られてるだけだもん。


「ありましゅよ~。あたしみたいな小柄で可愛い女の子は、たっくんの懐に綺麗に収まりましゅからね♡」

「まあ、たしかに」


 可愛い云々は脇においても、傘自体は非常にさしやすい。頭の高さが近ければこうはいかないだろう。


「……なんかたっくん、女の匂いがしますね」

「おい、ワイシャツを嗅ぐな」

「今日、あたし以外の女と話しました?」

「が、学校なんだから。女子の匂いくらいするだろ」

 

 ……するのか? 犬じゃあるまいし。


「実はあたし~、最近心理学の勉強してるんでしゅよ~」

「えっと……何の話?」

「たっくんの考えていることはお見通しってことでしゅ♡」

「はぁ」

「というわけで、次の質問に全部ノーで答えてくだしゃい。たっくんが一緒にいた女を当てて見せましゅ♡」


 嘘発見器的なことだろうか。噓をついた時の緊張や動揺による電気抵抗の変化で見破るってやつ。人力できるならすごいけど。


「まぁ、どうぞ」

「その女は涼川真夏でしゅか?」

「ノー、です」


 するといのりは、意味深な表情でうんと一回頷く。


「その女は涼川深冬でしゅか?」

「ノー」

「なるほど……わかりました♡」

「えっ」


 コクコクと、いのりは自信ありげに何度も頷いている。


「たっくんの反応が2回とも同じだったので、あの姉妹ではないでしゅね」

「いや、同じじゃないだろ」

「はい。テキトーを言いました」

「……はい?」

「もしどちらかと一緒にいたなら、、を否定する必要がないでしゅからね。たっくんがそれを否定した時点で、答えが同じであることは認めているんでしゅよ~」

「あっ──」


 言われてみればたしかにそうだ。まんまと誘導に乗せられてしまっている……悔しい。


「そしてたっくんに朗報でしゅ♡」

「朗報?」

「別に犯人は別に誰でもいいんでしゅよ~。あたしが匂いを上書きしてあげましゅ♡」

「──!?」


 いのりは小柄な身体を利用し、俺の胸に顔を押し付けてくる。早まる鼓動は完全に筒抜けだ。

 

「や、やめろって」

「やめませ~ん。ところでたっくん、さっき生徒会室で何してました?」

「えっ、いや、普通に手伝い。……というか、なんでそのこと知ってるの?」

「鎌をかける、という技でしゅね。生徒会室にいたなら、一緒にいたのはあの副会長でしゅか」

「ぬぐっ」


 完璧にやられた。

 いや、別にバレてどうということはないのだが。あらゆる誘導に引っかかったのが単純に悔しい。


「あれ、雨あがってましゅね」

「ほんとだ」

「あっ、みてくだしゃい! 二重の虹でしゅよ」

「おお……!」


 虹のアーチが二つ重なっている。アニメとかではよく見るけど、実際目にするのは初めてだ。


「……今朝の星座占い、12位だったんでしゅよ。補講でもわからない問題ばかり当てられるし、全然良いことがなくて」

「うん」

「でも、たっくんのおかげで今日は素敵な一日になりました♡」


 水たまりに反射した陽光が、いのりの笑顔をキラキラと輝かせてる。


「ねぇ、いのり」

「なんでしゅか?」

「──傘、持ってきたでしょ?」

「なっ!? なな、何のことでしゅか???」

「だって。朝の占いを見る人は、天気予報もチェックするでしょ」


 そもそもいくら補講とはいえ。俺と下校の時間が完全に一致するのも変だし。

 俺の傘に忍び込むため、初めから仕組んでいたのだろう。弁当箱にGPSをつける女だし。


「……鞄に入れたままの折り畳み傘が、嬉しくなかったんでしゅよ」

「うん、俺は先に帰るわ」

「ま、待ってくださいよ~」


 このままだと、次は腕を組まれて心が溶けそうなので。

 俺は逃げるように早足で帰宅した。


  

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