第17話 瑠奈ちゃんって呼んでもいいかな?

「深冬せんぱ~い? たっくんはあたしと来たんですよ~。あっちに行ってもらえます~」

「……でも星波……逃げてる……可哀想」

「て、照れてるだけですよ! ねっ、たっくん? ……おーい、たっく~ん???」


 頭を空っぽにして、俺はプールの端を歩く。隣で女子が言い合いしようと、俺には関係ない。全身に水の抵抗を感じながら、ただ無心に、俺は足を動かしていた。結構運動になって良いね。


「ねぇ、君一人?」

「俺らと遊ばね?」

「そそ、せっかくだし。なっ?」

「いやです。離れてくれださい」


 ──あれ、この声って。


「お姉ちゃん……!」


 俺が横を向いた時にはもう、深冬の身体は動き出していた。

 見ると、15mほど離れたプール中央にいる真夏が、チャラそうな金髪の男と、小太りの2人に囲まれている。遠目にしかわからないが、たぶん大学生くらいだろう。

 近くにはそれなりに人もいるが、みんな関わりたくないのか、距離を取りつつチラチラと状況を確認している。


「……な、なんかヤバそうじゃないでしゅか?」

「いかないと──!」


 そうして、俺がプールの底を強く蹴った、次の瞬間だった。


「やめなさい」


 低く鋭いアルトボイスに、その場にいる全員が引き付けられる。

 集まる注目の中、競泳用水着とゴーグルを着用した、スタイルの良いその少女は、彼らの前にゆっくりとやって来た。


「誰だよてめえは」

「身元を明かす必要があるのかわかりませんが……この市民プールを利用している、近所の高校生です。海原と言います」


 うちの副会長だ……!

 廊下を走った時に淡々と詰めてきて、危うく泣かされそうになったあの人。眼鏡を外しているからすぐには気づけなかったけど、声のトーンと喋り方からして間違いない。プールに来てたのか。


「それで。あなたの名前は何ですか?」

「て、てめーに関係ねーだろ」

「その関係のない私に、身元を尋ねたのはあなたですが……?」

「くっ……う、うるせー」

「そして今。あなた方の身勝手な行動で、どれほど多くのが迷惑を被っているか、お気づきですか?」


 その言葉に、何人かの利用客は遠慮がちにコクコクと頷く。空気は完全に海原さんの味方だ。

 大学生相手にも一歩も引かないこの強さ。あくまで冷静に、淡々と彼らを詰めていく。敵だと恐ろしいのに、仲間だとこんなにも頼もしいのか……!


「チッ。お前ら、いくぞ」

「はいっ」


 チャラ男たちがプールサイドに歩き出すと、まるでモーセの海割りのように、利用客がざっと道を開けた。そして彼らが去ると、プールにはまた賑わいが戻ってくる。


「……お姉ちゃん……大丈夫?」

「こわかったよー、深冬ー」


 駆け寄る深冬に、真夏は半泣きになりながら抱きつく。内心は相当怖かったみたいだ。

 そんな真夏の気持ちを落ち着けるように、深冬はその頭をポンポンと叩いていた。


「それじゃあ。私はこれで」

「待って海原さん!」


 真夏は海原さんを追いかけると、その腕を後ろからガシっと掴んだ。


「な、なんですか? 涼川さん」

「さっきはありがとね。ほんっっっとうに助かった!」

「いえ。私は秩序を乱す人間が許せないだけですから……」


 ここまでの感謝は想定外だったのか、海原さんはさっきまでの強気な態度とは対照的に、弱気な困惑の表情を浮かべている。


「それでも嬉しかったの! ……海原さんのこと、瑠奈ちゃんって呼んでもいいかな?」

「え、えぇ。それはもちろん、構わないけど」

「やった! 本当にありがとね、瑠奈ちゃん」

「どう、いたしまして……」


 真夏に名前を呼ばれると、海原さんは照れくさそうに頬を赤らめる。

 そんな彼女の手を、真夏は嬉しそうに両手でがっちりと握っていた。


「じゃあ瑠奈ちゃん! このあと是非、お礼をさせて」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る