第2話 やらしい目でふゆを見ないで!

「……やだ……離さない」

「いいから離れなさい、ふゆ。破廉恥よ」


 そう言って、涼川真夏はゆっくりこちらに歩み寄ると、深冬を無理やり引き剥がした。

 力は真夏の方が強いらしく、深冬はされるがまま、ただ不満げに真夏を睨んでいる。


「……お姉ちゃん……なんで……ここに」

「そこの廊下を歩いていたら偶然、ふゆがここに入るのを見たのよ」

「……ストーカーは……犯罪」

「だから偶然よ」

「……なら……プライバシーの……侵害」


 ブラウスのボタンを留め直しながら、ブツブツ文句を言う深冬。たしかに盗み聞きは良くないよな。

 だが真夏はそれをふんっと笑った。


「プライバシーも何も。私とふゆは一緒に住んでいる家族よね?」

「……家族にも……プライバシーは……ある」

「たしかにそうね。でもそれより、ふゆの公然わいせつの方が問題じゃないかしら」

「……密室だから……公然に……ならない」

「後ろの鍵が開いていたら密室ではないでしょ?」

「……うるさい」


 口喧嘩は真夏がやや優勢らしい。まあ実際、深冬の淫行はかなりの問題だ。

 というかよく考えてみたら、深冬が閉めたの内鍵だし、普通に中から出られたじゃん。別に密室でもなんでもなかった。


「……お姉ちゃんは……なんにも……わかってない」

「何がわかっていないのよ」

「……私はもう……16だから……恋愛は……自由」

「それはそうだけど。もっと違うやり方があるでしょ?」

「……放っといて」


 そして深冬はプイッと顔を背けた。まるで16歳までは恋愛禁止みたいな言いぐさだな……?

 まあいい。それより今がチャンスだ。早くここを抜け出そう。


「あのぅ」

「何よ、天宮」

「お、俺は帰っても良いですか?」

「え? あぁ、そうね。別に良いけど──きゃっ!」

「真夏さん!?」


 突然。真夏がガクッと膝からバランスを崩した。


「ちょっ、やめて……ふゆ!」


 見ると深冬は表情を変えないまま、嫌らしく姉の胸を揉んでいる。知らぬ間に姉の背後に回り込んでいたらしい。


「……お姉ちゃんだって……こんなに立派なの……持ってるくせに」

「やめ──ひゃっ」


 艶めかしい声を上げながら、激しく抵抗する真夏。

 俺は何を見せられているんだ……たしかに真夏の胸は深冬よりもさらに大きいけど。だからって揉んで良い理由にはならない。


「……ほら……お姉ちゃん……エッチな声……出てる」

「そんなこと、んっ」

「……もっと……素直になって……いいよ」

「────あっ♡」


 全身の力が抜けた真夏は、へにゃりとその場に座り込んでしまった。

 満足げに姉を見下ろす深冬を、最後の抵抗とばかりに、真夏は涙目で睨み付けている。


「……ふふっ……私の……勝ち」

「ふゆ……はぁ……はぁ……覚えて……なさいよ」


 息を切らしすぎて、真夏の喋り方が深冬に寄っている。

 こうして見ると本当にそっくりだな。胸のサイズ以外に違いがない。


「そもそも……星波せなも私に……興奮してた……共犯」

「は、はい!?」

「そうなの、天宮?」


 急に深冬が俺を巻き込んできた……嘘だろ。

 ふらふらと立ち上がった真夏は、俺をぎろりと睨み付けて距離を詰める。最悪だ。


「いやぁ、その、真夏さん──」


 ベチン。


「……えっ」

「やらしい目でふゆを見ないで!」


 理不尽だ。 

 俺だって被害者なのに。



 その後。

 俺は淫乱妹と暴力姉を置き、逃げるように帰路に就いた。ビンタされた頬がまだジンジンと痛む。


 ……俺は絶対悪くないだろ。

 あの柔らかな胸を押しつけられ、ブラ越しに谷間を見せつけられ、あげく目の前で百合百合な姉妹プレイを始められ──健全な男子高校生として、何も感じない方がむしろ失礼だ。それなのになぜ、父ちゃんにもぶたれたことのないこの俺が、クリティカルに平手打ちを食らわにゃいかんのか。


 いや。そもそもの元を辿れば、全部いのりのせいじゃないか?

 あの腐れ縁幼馴染が登校中に絡んでこなければ、深冬に誤解されることも、襲われることもなかったはず。せっかく地元を離れたのに、まさか同じ学校に入学してくるなんて……はぁ、今日はもうさっさと寝よう


 そう決めて、いつも通り家のドアを開けると。


「おかえりなしゃいましぇ~、ご主人しゃま♡」


 ──すべての元凶が、玄関に立っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る