第3話

 クラス対抗ドッジボールが終わって体操服から制服に着替えていた。この後は待ちに待った昼休み。少しでもゆっくりする時間を確保したい俺はドッジボールの話題で盛り上がっている連中には目もくれずに着替えを済ませた。


「それにしても、西宮ってまじ男だよな」

「分かるわ〜あれだけ狙ったのに結局、一回も当てられなかったし」


 更衣室を出ようとしたところで西宮の話題が聞こえてきた。顔を見れば同じクラスの奴と隣のクラスの奴が半裸の状態で西宮について話している。


「そもそも、運動神経がいいんだよ。背がデカくて手足も長い。重りになるもんもないからあんだけ動けるんだろうな」

「そっちの男子の誰よりも動いてたしな」

「うるせー。西宮が異常なだけだっての」

「いや〜、でも、西宮はほんと男だわ。去年、同じクラスだったけど話しやすいわ、絡みやすいわで女子扱いとか出来ねえよ」

「ほんとそれな。他の女子みたいにドキドキすることもないし、気を遣わないでいいってのが楽」


 西宮を褒めてるのか貶してるのかよく分からない話を二人は楽しそうにしている。他にもよく聞けばあちこちで西宮は男子よりも凄い、と褒めているのか貶しているのか曖昧な話がされていた。

 せっかく、西宮が凄いっていう共通の話題はあるのにどう見たって西宮を女の子としか見れない俺には混ざれる気配がしない。

 さっさと休憩に入ろうとして更衣室を出た。


「あ、東野くん」


 更衣室を出てすぐの所。まだ中の声が聞こえてくる距離の所で西宮から声を掛けられた。


「どうした?」

「あっと、その……よ、よかったら一緒にご飯、食べない……?」

「西宮と俺が!?」


 小さく首を縦に振った西宮。西宮の頬が薄っすらと赤くなっている気がする。と、それを気にしている余裕は俺にはなかった。

 じょ、女子とご飯とかそんなイベントが俺にあるなんて……き、緊張するな。


「い、嫌だよね」


 突然、降って湧いたイベントの申し出に驚いただけだったんだけど、西宮が目を伏せた。俺が大袈裟な反応をしたせいで嫌がられた、みたいな誤解をしているのだろう。


「一応、言っとくけど今のは嫌だからこの反応をした、とかじゃないぞ。女の子とご飯っていう状況が俺の中ではなさすぎて驚いただけだ」

「そ、それは、ぼ、ボクを相手にき、きんちょー、する、から……?」

「あたぼーよ。ってことで、西宮のことめちゃくちゃ女子として意識するけど、それでもいいか?」


 西宮は頬を真っ赤にしてものすごい速さで首を縦に何度も振った。

 こうして、西宮と一緒に昼休みを過ごすことが決まった。



 今日はどうしても学食の肉うどんが食べたくて弁当を持って来なかった俺。西宮も今日は弁当を持って来ていないということで学食で食べることになった。

 学食はお昼真っ只中ということもあって生徒でごった返しになっている。体育の後で出遅れたがどうにか空いている二人掛けの席を見つけて急いで陣取りに向かった。


「ボクはここを守ってるから東野くんが先に注文してきて」

「じゃあ、よろしく頼むわ。あんがと」


 ということで券売機で肉うどんの食券を購入し、おばちゃんに手渡して変わりに肉うどんを貰う。お盆の上に乗せて西宮がいる席に戻った。


「次、西宮の番な」

「う、うん。東野くん、うどんが伸びたらダメだから先に食べてて」

「え、それじゃあ、一緒の意味ないじゃん。多少、伸びようと美味しく食えるし待ってる」

「じゃ、じゃあ、なるべく急いで戻ってくるね」

「ゆっくりでいいよ。人も多いし転んだりしたら危ないだろ」

「そ、そうだよね。じゃ、行ってくる」


 と言いつつ小走りで券売機に向かった西宮。俺の言ったこと分かってんのかな。心配になりつつもうどんの出汁の香りを嗅ぎながら西宮が戻ってくるのを待つ。

 少しして西宮が戻って来た。

 西宮が持っているお盆には天丼とうどんが乗っている。俺よりも食う量が多い。見た目は細いのに意外だ。

 そんなことを思っていたからか。


「へ、変だよね、こんなにいっぱい食べるの」

「別に、変じゃないだろ。女の子がいっぱい食べたって問題ないし。それより、早く食おーぜ」

「う、うん。いただきます」

「いただきまーす」


 手を合わせた西宮を見習って俺も手を合わせてからうどんを啜る。高校の学食とは思えないほど、麺にはコシがあって、美味い。

 西宮の方を見れば天丼に乗っていたかき揚げを美味しそうに食べている。目を細める姿が愛くるしくて可愛らしい。西宮がよく男子と食べている姿は何度も教室で見たことがある。こんな姿で飯食う西宮にドキドキしないとはクラスの男子連中は心臓が鋼で出来ているんだろう。

 俺? 俺なんて西宮を可愛いって意識したせいでうどんの味がしなくなって大変ですけど何か。


「えっと……ボクの顔に何かついてる?」

「いや、美味しそうに食べてる姿が可愛いなって思って見てた」

「かわっ!? そ、そんなことないよ……ボクに可愛げなんてないし……」

「めちゃくちゃあると思うけどな」


 否定する西宮をじっと見つめてみる。西宮は視線を忙しなく動かしたかと思えば、明後日の方を向いた。

 それでも、見ることを続けていれば我慢出来なくなったのか隠れるように天丼が入った丼を手にして勢いよく食べ始めた。


「悪い。西宮を困らせるつもりはなかったんだ。どうにも俺は緊張すると思ったことを口に出してしまうらしい」

「あ、謝らないで……東野くんに悪気がないことは分かってるから」

「慣れないとな、とは思ってるんだ。こうして女の子と二人で過ごしてるからってドキドキしっぱなしじゃ俺の心臓が耐えられなくなりそうだし」

「ひ、東野くんって真顔でそういうこと言うよね」

「顔に出てないだけで今も内心じゃのたうち回ってるよ」

「そ、そうなんだ……」


 言い終わると西宮は背中を丸めて小さくなった。苦しそうに目を閉じていて、胸の前で手を丸めている。


「どっか悪いのか?」

「……ううん、ボクも慣れてないだけなんだ。女子扱いされるの。東野くんも更衣室でボクの話、聞いてたでしょ?」

「やっぱ、西宮にも聞こえてたか」


 着替えを終えて西宮に声を掛けられた時、更衣室での話し声が外にまで聞こえていた。中にいる連中は外に西宮がいるとは思ってもいなかったのだろうが正直、西宮本人には聞かせたくない内容だった。


「ごめんな、すぐに移動しようって言えなくて」

「い、いいんだ。慣れてるから」

「慣れてる、か……」


 男子からも女子からも男扱いされているからこそああいうことを聞いても西宮は表情ひとつ崩しやしないんだろう。で、西宮がそんなんだから周りだって西宮を男扱いすることをやめない。悪循環だな。


「だからって、あんなにも西宮を狙い続けるのはどうかと思うけどな」

「え?」

「ドッジの話。俺だってまだ残ってるのに俺は狙わずに西宮だけを狙ってただろ。女子一人にあんだけ集中砲火して何が楽しいんだろうな」

「きっと勝つために本気だったんだよ」

「じゃあ、全部避け切った西宮はあいつらの誰よりも勝者ってことだな」

「……ほんと、ボクって女の子じゃないでしょ」

「え、女子じゃん」

「違うよ。可愛い女の子ってのはああいう時、悲鳴を上げて逃げるようなものだし」

「そういうイメージがあるのは否定しない。でも、女子の中で俺が守りたいなって感じたのは本気でやってた西宮だけだ」


 別に、可愛いだけが女子の全てじゃないと俺は思う。いや、女子は全員可愛い生き物なんだけど。それは前提としてって話な。

 西宮の言う通り、敵味方関係なく、女子は男子が投げたボールにかん高い声で悲鳴を上げていた。ボールの球速にどうしても声が出てしまうのは仕方がない。

 そんな女子がいっぱいで緊張して動けなかったってのもあるけど、たぶん、西宮以外の女子と俺だけが残っていても気にすることはなかった。自分のことだけ考えて俺は動いていた気がする。

 むしろ、ボールを奪う確率を上げるために当たってくれとさえ思っていたかもしれない。


 けど、西宮にはそんなこと微塵も思わなかったし何なら西宮が当てられる姿を見たくなかった。あ、だからか。だから、あんなにイライラしてたんだ。


「ま、守る? ボクを守ろうとしてくれて、東野くんは当てられたの?」

「いや、当てられるつもりはこれっぽっちもなくてキャッチする予定だったんだよ。俺だってボールを投げたくてな」

「そ、それでも、ボクのせいで東野くんは当てられて……ごめん」

「俺が勝手に西宮のことを守りたいって突っ走ってカッコつけただけだし、そこまで申し訳なさそうにされると俺の方が辛いんだけど。しかも、当てられてるしな。頼むからそんな顔、しないでくんね?」

「で、でも……」


 たかが体育の授業。しかも、ドッジボール。その中で俺が勝手にしたことなのに、西宮はまるで自分の責任だとでも言うかのように顔を青ざめさせている。


「昨日から思ってたけど、西宮って自分の責任にしがちだよな」

「だ、だって、ボクのせいだし」

「違うって。西宮は何も悪くない。他の誰でもない俺が言うんだ。もう気にするな」


 性格上、どこか冷めている俺には心の底から笑うってのは人前では難しい。それでも、西宮を安心させたくて信用してもらえそうな笑顔を作った。


「じゃ、じゃあね。ボクのこと、守ってくれて、ありがとう……」

「……お、おお。当てられてるけどな」

「それでも、とっても嬉しかった。ほんとはね、ボクばっかり狙われて辛かったんだ。どうにかして、ボール取ろうと思ったんだけど難しくて……そんな時に東野くんが間に入ってくれてね。ひ、ヒーローみたいでカッコよかった、よ……」


 口元を手で隠しながら恥ずかしそうに口にした西宮。照れているのか、頬は赤くなっている。さっきまでも落ち込んだような表情は今はどこにもない。

 そして、俺はというと。


「お、おおおっ、おお」


 気持ち悪い反応を晒してしまっていた。だって、仕方ないじゃん。ヒーローみたいだとか。カッコよかったとかさあ。女の子から言われたの初めてなんだからさあ!

 しかもさあ! 冗談とかじゃなくて、本気っぽいしさあ! こんなん冷静でなんていられるかよ!


「ふふっ。東野くんも赤くなったりするんだね」

「お、おおおっ、おお……マジ?」

「うん。可愛い」

「ちょ、か、可愛いとかやめてくれ」

「ごめんね? でも、照れてる東野くん可愛いよ」


 ここぞとばかりに西宮は俺を可愛いと言い、俺を辱めようとしてくる。屈したくないものの、西宮の俺を見る目が愛でるような眼差しで女子特有もののような気がして顔が熱い。


「やっぱ、西宮は女子だわ……はーあっつ」


 制服を扇いで体に風を送るもなかなか冷めない。


「東野くん」

「今度は何だ?」

「良かったら海老天、食べてくれる?」

「え、海老天?」


 西宮の申し出が急過ぎて体の熱が引いていく。


「うん」

「いいけど、いいのか?」

「男みたいなんだしそれじゃ足りないだろって周りから言われて無理してたけど、ボク本当はこんなに食べられないんだ」

「なるほど。そういうことならありがたく」


 西宮が差し出してきた丼から手を付けられていない海老天を貰う。うどんに入れて天ぷら肉うどんを自分で作って啜る。

 そんな俺を西宮がニコニコしながら見てくる。


「そう言えば今日はどうして誘ってくれたんだ?」

「東野くんと一緒に過ごしたかったから」

「あ、そ、そう」

「また、ドキドキした?」

「そりゃ、そんなこと言われたの初めてだし」

「そっか。ふふっ」


 楽しそうに笑った西宮。

 そんな西宮に俺は緊張してせっかく貰った海老天の味を上手く味わえなかった。

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