ビギナ! -beginner-

とうはく

プロローグ:空から落ちてきた少女

 散乱する屑鉄を避けながら、『回収屋』クロートはその先にある大きな窪みまで向かっていた。

 屑鉄や壊れた基盤や廃棄物……所謂ジャンクと呼ばれるものたちは散乱して、まるで窪みのあるところから逃げ出したかのようだ。


 それを避けてすすむ男……クロートの姿は少々物々しい。

 黄色い防護ジャケットを身に纏い、金属で補強された2m近い体躯。

 頭部はヘルメットを被っているように見えるが、首と直接接合されているのを見るにこれそのものが頭なのだろう。

 まるでロボットのように見える彼は、しかしてロボットではない。

 改造人間……所謂サイボーグというものだ。


「相当でかいな」


 窪み……クレーターを見ながらクロートは呟き、目に内蔵されたスキャン機能を用いて周囲の状態を確認する。

 彼の視界に幾つものウィンドウが現れては、周辺情報のスキャンデータが表示されていく。

 

「大気汚染軽微、放射線量正常値。

 マナが随分揺らいでいるが……他は異常なしか」


 スキャンは危険度が低い事を表していた。

 それを確認してから、ゆっくりとクレーターの中央部へと足を運んでいく。


 恐らくクレーターの原因はこの中心に存在するはず。

 クレーターの大きさは直径50m程、相当大きいものが落下した可能性が高い。

 恐らく隕石か、宇宙開発時代に放置されたデブリ……いや、この大きさなら放棄された人工衛星だろうか。

 使えそうな機械類を回収して売買する『回収屋』であるクロートは、人工衛星の可能性に賭けることにした。

 もしも人工衛星であったならば、使える資材の宝庫だ。

 宇宙開発時代の遺産には今はもう製造できないようなテクノロジーも少なくなく、非常に高値で取引される。

 状態の良いパーツが残っていればしばらく食うには困らないなと思いながら、クロートは慎重に先に進んでゆく。

 

「……何もない?」


 が、クレーターの中心が見えて来た頃、クロートは違和感に気が付いた。

 中心部には何もなく、代わりにまた地面を抉ったような半球状の跡が残っているだけであったのだ。

 その様子を確認し、クロートは自身の中の警戒度を一段階上げることにした。


(……妙だな。

 残骸も見当たらない、何もなさすぎる。

 誰かが先んじて回収をした……いや、それにしては痕跡が無さすぎる)


 クロートがここにやってきたのは、行商の者が見た飛来物の調査依頼を受けたからであった。

 行商がそれを目撃したのが夜明け前。

 クロートに依頼したのが早朝の事。

 出来る限り最速で調査が始まった。

 先客がいたとして、ネジの一本も残さず回収して去るほどの時間はないだろう。


 となれば考えられるパターンは……

 クロートがそう思案している中、唐突に彼が見ていた場所……墜落地点の『空間が歪んだ』


「……!」


 即座にクロートが銃を構える。

 何が起こっている? 光学迷彩の歪みか?

 いや違う。スキャンは赤外線情報も表示するから光学迷彩はすぐさま発見できる。

 ならばこれは……


「ベクターポケットか?」


 クロートがそう呟いていると、歪んだ空間に一つの物質が顕れてゆく。

 例えるなら空間に口ができて、そこからものを吐き出すような様子だ。

 最終的に口は人よりも2周りほどにまで膨らみ、人2,3人分くらいの大きさのそれをクレーターの中心に吐き出した。


 箱はひしゃげており、対核シェルターのように頑丈そうな扉が軋みを上げながら駆動していく。

 自動開閉式のそれは何度かの段階をかけて内部の空気を排出……おそらく気圧調整を行いながら、少しずつ開いていった。

 クロートはその様子を眺めながら、扉の方へと銃を向ける。


 異様な気配。技術力も高い。

 ベクターポケットとクロートが呟いたあの空間の歪みは、最先端の軍事開発でもまだ実用化に至っていないような技術による現象であった。

 クロートは訳あってその技術を知っていたが、世間一般が知っているようなものではない。

 そんな技術を持った箱が空から降ってきたという。

 クロートは、これに何か作為的なものを感じずにはいられなかった。

 

 今、自分は大きな何かに関わる瀬戸際にいるのではないか。

 そう思い警戒の糸をぴんと張りつめる。


 分厚い扉が開かれていく。

 ぷしゅうと空気が吐き出され、砂煙をまき散らしながらその箱の中が露わになっていく。

 それを眉一つひそめず、クロートは警戒してみていた。


 箱の中はひしゃげていて、ぎゅうぎゅうに押しつぶされた中に何かがおさまっていた。

 砂煙がおさまるのを待ちながら、クロートはそれの全貌を確認する。


「……子供?」


 中に入っていたのは、齢12,3くらいに見える子供だった。

 褐色の肌、ぴっちりした衣服を着た、白い髪の少女。

 ひしゃげて潰れた箱のなかに窮屈そうに入っていたその子供は、目を閉じて動く気配はない。

 死んでいるのだろうか、いや胸が微かに動いている。生きている。

 とはいえ外から見ていてもわかるほどに状態は悪かった。


 ひしゃげた箱は少女の体を押しつぶしており、体中から赤い液体が流れている。

 かろうじて原型は残っているが、内壁に潰された両腕は見るも無残にぐちゃぐちゃになっていた。

 あの腕は使い物にならないだろう。

 紫色に変色したそれは、もはや人の手の形をしていなかった。


 警戒しながら、クロートは少女を箱から取り出す。

 息はある。腕はもうだめだが、生きている。

 放っておくか悩んだが、生きているのであれば助ける他ない。

 命を無駄にはしない、それがクロートの数少ない決め事だった。


「こんな辺境に着陸船とは……

 それにこの子供は……機人種か?」


 引っ張り上げた少女の耳を見て、クロートはそれが普通の人間でない事を理解した。

 機械の耳、ヘッドホンのようなものではなく、肌に融合するようについている体の一部。

 それ以外は人間にしか見えないが、その一部だけは明らかに異彩を放っていた。


 機人種。機械の人間。

 この周辺ではほとんど見ない、人間とは違う知的生命体。


 誰かが空から送ってきたのか?

 それにしては箱はひしゃげていて、少女は生と死をさまよっている。

 明らかに、着陸座標がずれている。


 クロートは空を見上げた。

 航空すら困難になったこの時代に、更に上……おそらく宇宙からやってきたであろう機人種。

 何者が、何のために送ってきたか、全てが謎の存在。


 ただ、クロートはこの遭遇に運命的なものを感じていた。

 何かの意思を感じる。まるで自分にこの子供を拾わせようと、誰かが仕組んだかのように。


「宇宙、か」


 陽の上り切らない朝焼けが照らす空は、何も答える事はしなかった。

 

 

 


 この物語の始まりは、この出来事から10日後。

 少女が目覚めた所から始まることとなる。

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