【記憶喪失編】

第1話:目覚め、そして外に出る①

 一番最初に覚えているのは、痛みと暗さだった。

 目を開こうとしても何も見えず、ただ全身は焼けたとも切れたとも潰れたとも思えるような痛みがずっと続く、最悪な目覚め。

 口が何かで塞がっていて、息を吸うというのすら最初は大変だったのを覚えている。


 何より何も覚えてなかった。

 ここがどこなのか、全身の痛みの理由は何なのか、ボクが何者なのか。

 全部わからなかったのだ。


 兎に角何か手掛かりを探さないとと思った。

 僅かに動かせる体をよじると、体のバランスが崩れて……そして誰かにそれを支えられた。


「まだ―――、くな」


 最初に聞いた声はそんな風だった。

 言葉として認識するのに時間がかかって、でも言葉だとわかったら、なんて言われたのかが段々わかってきた。

 まだうごくな、だ。

 声は低くて少し籠った感じだ。


 しばらくもごもごとしていると、その声の主は口に纏わりついてたものをとってくれた。

 ペリペリと肌が引っ張られて少し痛い。


 そして喋れるかを確認された後、何があったのかを簡単に説明してくれた。

 

「ここは外れの病院だ。

 お前を見つけたとき、酷い状態だったからな。

 手当をしてここまで運び込んだ。

 俺が見つけてから、10日経過している」


 10日……

 見つけてからということだから、それよりも眠っていたのだろう。

 その時ボクが覚えていたのは言葉くらいだったから、それが長いのか短いのかも、わからなかったけど。


 それからいくつか質問をしようとしたけど、体はぐったりと疲れていて、いつの間にかボクは意識を失っていた。

 


 ボクの意識がはっきりとし出したのは、目を覚ましてから7日ほど経ってからだった。

 その間に何度か目を覚まして話しをしたらしいのだけど、どうにも記憶が曖昧で自分の事のように感じない。

 とりあえず思い出せることをまとめると、こんなかんじだ。


 ボクの名前だが、どうやらビギナというらしい。

 服にそう書かれていたらしい。

 言われてみればなんとなくしっくりときた感じがするから、多分合っているだろう。

 ただ、まだ目は見えないから、確認しようがないのだけど。

 ちなみに女で、年齢はクロートの見立てだと13歳くらいのようだ。


 あの声は、自分の事をクロートと名乗っていた。

 最近この辺りで回収屋をしていて、ボクの第一発見者。

 回収屋というのは、壊れた機械の中から使えそうな部品を拾って、それを売って生計を立てる仕事らしい。

 ボクを見つけたのもその仕事の最中だったとか。


 というのも、ボクは空から落ちて来たらしい。

 デブリ?か何かじゃないかと、使えそうなものはないかと落ちた所を見にいったら、デカい箱の中に入っていたボクを見つけたのだ。

 おそらく着陸船か何かで、落ちてくる座標がズレたとかなんとか……兎に角空から降ってきて、その時の衝撃で大けがをしたという事だろう。

 その着陸船?に関しては、今調べてる最中なんだとか。

 着陸船が何かは聞きそびれてしまった。


 体に巻きつけられていたものは包帯で、怪我を直すための薬の保湿の役割があるらしく、治ったらしい箇所から外してもらっている。

 外すときにペリペリと肌を引っ張られて痛いのだけど、そのひっついてるのが薬なのだそうだ。

 確かナノマシンがどうとか……まぁ、凄い薬なんだと思う。


 ただ、その凄い薬でも治せないものがあるらしい。

 それがボクの腕だった。

 ボクの腕は見つけたときにもう酷い状態で、止む無く切り落としたらしい。

 手の感触だけやたら鈍いと思ったら、そもそも手自体がなかったのだ。

 正直不便で仕方ない。

 起きるといつもどこかが痒いのだけど、手がないから掻くことができないのだ。

 だから近くにいる人に掻いてもらうしかない。

 誰もいない時はひたすら我慢を強いられた。


 そんな苦痛が続いたのだが……今朝起きると、肩から先に何かがくっついていた。

 何だ?と思ってもぞもぞとしていたら、それが動くのに気が付いて、そしてそれが自分の顔をぺたぺたと触ったのに気が付いて、うぎゃあと叫ぶことになった。


 後から話を聞くと、どうやら不便だろうということで簡単な義手……つまり手の代わりをつけてくれていたらしい。

 教えてくれたのはセンセという、いつもこの病院にいる人だ。

 どうやらボクを治したのもこの人らしい。

 センセは随分と他の人に慕われてるらしく、よく人がやってくる。

 大体体の調子が悪いとか、怪我をしたとか、そういう理由でやってきて、センセに相談して少しすると帰っていく。

 たまに少しで済まない人もいて、何日か泊まってく人もいるけど。


 そんな感じで7日間の間に色々あった。

 今日は目の包帯が取れる日だ。


「違和感があれば言え」


 クロートの声がする。

 クロートはこの7日間、毎日様子を見に来ていたらしい。

 拾った責任がどうとか言っていたけど、クロートは来るたびに調子はどうだとか、痛い所はないかとかをちゃんと聞いてくる。

 時間が空いた時は何もなくてもいて、ボクの話し相手をしたりしてくれた。

 流石に僕がおしっことかをしたいときは他の人にお願いしていたけど。

 声は低くて少しおっかない感じがするけど、つまり面倒見がいいという奴なんだ。


「包帯外れたら目が見えるようになるの?」

「わからん。手は尽くしたとの事だが、治ってるかは微妙だそうだ」


 治ってないかもしれない。

 そしたらどうすればいいのだろう、目が見えない状態で生活……大変そうだ。

 外に出れるようになっても何も見えないなら不安ばかり。不安が積もる。


 いや、治ってない時のことはその時考えよう。

 今はこの張り付いた包帯が外れる、その歓びを優先しよう。

 

「では外しますね。

 痛かったら言ってください」


 センセがそう言いながら顔に着いた包帯に手をかける。

 ぺりぺりと包帯が外れるたびに張り付いた肌が引っ張られて、少し痛い。

 我慢できる範囲だから、何も言わない。

 

 そしてそのまま包帯が外れていって……段々と肌が自由になっていく。

 目の包帯が外れていったとたん、瞼の裏から光を感じた。

 すくなくとも光を感じられない訳じゃないらしい。


 少しの間光の眩しさに目を慣らして、恐る恐る瞼をあげる。

 ぼやけたものが段々と広がって、それが段々と輪郭が整ってくる。

 これが見えるという感じなんだろうか。真っ暗に慣れていたから、広がる光景の情報を頭に押し付けられる感じがする。

 暫く頭に詰めこまれる情報に悩まされながら、時間をかけてようやく処理が終わったかのように周りのものに意識が向けられるようになってきた。


 ボクの周りには、白い服を着た老けた男の人がいた。

 頭は禿げていて、少し残った白い髪は短めに揃えられている。

 残った髪の密度も薄くて、頭皮がうっすら見えている。

 

「どうですか?」


 その老けた男の人からセンセの声がする。

 どうやら彼がセンセらしい。

 センセは包帯が取れた目の近くで手を軽く振って、ボクの目が見えているか確認している。


「うん、ちょっとぼやけてるけど」

「長らく包帯が覆ってましたからね、次第に慣れるでしょう。

 うん、ちゃんと見えてるみたいですね。

 傷も塞がってるし、これなら跡は残らないでしょうね。


 いくつか確認しましょうか、指は何本に見えますか?」


 それから、いくつかセンセに確認をされた。

 指の数は何本に見えるかとか、思い出すものはないかとか、景色はどう見えてるか、とか。

 指の数はちゃんと答えられたけど、記憶はやっぱり思い出せなかった。

 景色の方はざっくりと見て、思った事を素直に答える事にした。


 ちょっとボロい壁。壁につけられた透明な板から差している光が周りを照らしている事。

 ボクの体には白い包帯や管がつけられていて少し動き難い事。

 とりあえず分かることを言えるだけ言ったら、「大丈夫そうですね」とセンセは少しほっとしたような顔をした。


 それに腕を組んで眺めていた人が一人。多分クロートだろうか。

 彼の体は、ボクからしても結構特殊な外見をしていた。

 ツルツルとした光沢のある体は硬そうで、センセのように肌色ではなく、鈍色で壁とかの方が近く感じた。

 人の顔と認識できたセンセの顔とは何もかもが違っており、その顔は硬い殻のようなもので覆われていて表情は読み取れない。

 体格はセンセより一回り以上大きくて、それに大きめの黄色い服を纏っているからさらに大きい印象を受けた。

 ボクの覚えている感覚でも、それが普通の人の見た目をしていないのは分かった。

 もっとこう……置物とかに近い印象だ。

 すごくでかい置物。


「人間の判別はついてるみたいだな」


 二人を見比べているとクロートが喋った。

 クロートの声は相変わらず少し籠っている。多分あの顔の殻のせいだろう。

 口のようなものも見えないし、あの殻の裏に口があるのだろうか?

 というかあれで前が見えるのだろうか。


「クロートが変な姿なのはなんとなくわかるよ」

「ふむ、まぁ変だろうな。

 その辺の判別が出来るということは、初期状態という訳ではないか」


 初期状態? 何の事だろう。

 まぁ今はいいか。

 余裕が出来てきてから聞いてみよう。


「鏡を持ってきました。

 自分のお顔を見れば何か思い出すかもしれませんしね」


 センセがいつ間にかどこかにいって、表面がツルツルした四角い板を持ってきていた。

 どうやら、その四角い板は鏡というらしい。

 自分の顔を見る……そういえばまだ自分の顔は見えてなかったな。

 目は顔についてるものだから、当たり前と言えば当たり前だ。


 センセが鏡をこちらに向けると、表面に誰かの顔が写る。

 自分の顔だと気づくのには少し時間がかかった。


 その顔は、センセともクロートとも全然違った。

 顔が丸くて、センセと比べても小さい。

 肌はセンセよりも茶色がかっていて、灰色の目はきょろっとして大きい。

 顔が小さいから目が余計に大きく見える気がする。

 こういうのは何て言うんだろうか……そうだ、幼いだ。


 頭には白い髪が目のあたりまで伸びていて、頭頂部からはピョンと髪の毛の大きな塊が跳ねていた。

 よく見ると耳の後ろのあたりの髪は黒色で、ちょっと外に跳ねているな。

 髪の長さは肩に届かないくらいだけど、センセよりもずっと長い。

 

 センセの見た目を普通の顔の基準にして、色とか髪の量は誤差の範囲として……明らかに違うものが一つあった。

 耳が違った。

 ボクの耳はセンセのものとは違い、肌と同じような質感ではなく硬いもので作られていた。

 クロートの体に近いものだ。


 少し気になって手を動かして耳を触ろうとすれば、自分の手の状態も鏡に映し出された。

 ボクの腕は肩の先、だいたい二の腕くらいの所からすっかり無くなっていた。

 クロートにもセンセにもついてる、腕というものがきれいさっぱり無くなっていたのだ。

 代わりに硬そうな輪っかがつけられていて、そこからひょろっちい棒切れのようなものがつけられている。

 棒の先端には3本の指がついていて、それはボクの意思で握ったり開いたりできるようだ。

 成程、これが義手。

 ただ反応は鈍い。握るように頭で考えてから、ちょっと遅れて握られる。

 それと手の感触もない。動くけど自分のものという風には思えなかった。

 これが借り物の手であるということは、嫌でもわかった。


 とはいえ動く手があるのは便利だ。こうして耳を触る事もできる。

 耳は硬そうで、外れる感じはしない。

 ついでに顔も触ってみるけど、やっぱり明らかに質感が違った。

 普通に柔らかい。

 ついでに目を触ってみる。

 痛くてすぐに手を離した。目に手を突っ込むのはやめておこう。


 それにしても馬鹿っぽい顔だな……

 ずっとぽかんとしたような顔をしていて、口が半開き。

 センセのようなシャキッとした感じがない。クロートは参考にならないので、置いておく。

 ただまぁ、これが自分の顔だということには違和感を感じない。

 名前を聞いた時と同じように、変にしっくりきた。


「何か思い出した事はあるか?」

「……あんまり。自分の顔だなーって感じはするけどそれくらい?」

「そうか…」


 結局、物が見えるようになって他人を見て、自分の顔を見ても思い出すことはなかった。

 手がかりはなしだ。

 クロートは「その内思い出すかもしれんし気にするな」と言って、ボクの頭を軽く撫でて来た。

 実際に見たことでわかったけど、クロートは何もかもがデカい。

 腕なんて、センセの2,3倍はあるんじゃないかと思うくらい太くてゴツい。

 ただ、撫でる手つきは優しかった。

 痛くもないし、なんとなく安心した。

 撫でられるのは良い感じがするな。


 それから、センセとクロートとボクでいくつか話をした。

 これからはこうしようという事を話しながら、時折ボクが気になるものについて質問して、クロートかセンセがそれに答えるという感じだ。

 何度も質問をしても、二人ともちゃんと教えてくれた。


「明日からは歩くリハビリも初めていきましょう。

 大分動いていないから最初は転ぶかもしれませんが」

「うん」

「傷の方は殆ど治っていますし、歩けるようになったら退院としましょう」


 退院。

 病院で過ごして治療をする事を入院といって、それが必要なくなると退院……病院から出ていくらしい。

 つまり、ここにはずっとはいられない。

 でも、ボクの場合病院から出てどうすればいいんだろう?


「その後は暫く俺が引き取る」


 と、思っていたらクロートがそう言った。

 どうやらセンセとクロートの間で話はついていたようで、退院後はクロートと暮らす事になっていたらしい。

 安心した。


「勿論お前が一人で生活できるまでだ。

 死ぬまで面倒は見れんからな」

「わかった」

「仕事も覚えてもらう。食い扶持は自分で確保しろ」

「うん」

「子ども扱いをするつもりはないからな」


 いくつかの注意を聞いて、それに頷いていく。

 あまりよくは分かっていないけど、嫌だといえる立場じゃないのはわかっている。

 記憶も何もない子供を助けて、しばらく一緒に暮らしてくれるだけでも、十分以上に面倒をみてくれてるんだ。

 そこから先は自分で何とかして……お礼もしなきゃいけないなと思いつつ。


 何にせよ、ようやく動くことが出来るようになってきた。



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