泥棒さんと私

 ここ、王立小学校の屋上にある大きな鐘が2回鳴り、授業が終わる。窓から見える遠くの時計塔、最近読めるようになったそれはお昼の二時を指していた。廊下に出て友達を探していると突然大きな声が響く。

 「出た、うそつきおんなだ!」

「おいうそつき! そんなにきれいな空が見える場所あるんなら見せてみろよー!」

 小学四年生の先輩男子が私にむかって叫ぶ。でも、私はいちいちそんなことに反応してあげない。だって、せっかくの休み時間が無駄になっちゃうもの。ぷいとして、そいつらが居る反対の方向を向いた。だけど、いつもならこのまま何もなく終わるのに、今日の男子たちはなんだかしつこい。

「無視すんなうそつき!」

 いつの間にか走ってきていた男子に体を押され、私はしりもちをついた。男子は少しおどろいたような顔をしていたけど、すぐに私を見下して偉そうにこう言った。

「あ⋯⋯へへ! おれを無視するからそんなことになったんだぞ! はんせいしろ!」

 怖がっている友達のためにすぐ追い払おうとしたけど、しりもちをついたのが痛くて言葉が出ない。それが悔しくて、私は涙が出てきた。男子に気付かれたら笑われちゃうから、私はなにも言わないで走ってその場から離れた。別に逃げたわけじゃない!

 でも誤算だった。今は休み時間、どこへ行っても人が居る。私はだれにも泣いているところを見られたくなかったから、出ちゃだめだけどこっそりと裏庭の庭園へ走った。

「うう⋯⋯痛い⋯⋯お母さんたすけてよ⋯⋯」

 誰もいない裏庭。三年前にどこかへ行ってしまったお母さんを呼んでみる。もちろん、誰か来るわけでもないのに。その時、まだ休み時間はあるのに鐘が3回鳴った。それに、なんだか騒がしい気がする。

「こっちだ、警備の者! 時間泥棒が出たぞ!」

 校長先生の焦った声がする。時間泥棒っていうのは、人の生きる時間を盗んでいく恐ろしいばけもの。子供が一人でいると食べられちゃうって、前に先生が言っていた。でも食べられちゃうのは信じてない、そんなのがいるわけないもん。

「ミルちゃん! 逃げて!」

 どこからか急に飛んできた先生の声にびっくりしていると、突然世界がさかさまになった。背中からだれかの肩に担がれたからだとすぐに理解した私は、振り落とされないようにその人のすべすべな首を両手でしっかり掴んだ。顔は見えないけど、なんとなく女の人だと思う。驚くほど速いスピードで走るその人は突然学校の屋根に飛び上がる。一瞬、目の前が光ったと思ったら、いつの間にか私とその人は町の暗い路地裏に立っていた。

「ごめんね、お姫様。少しの間君は人質になってもらうよ」

 ゆっくりと地面に下ろされた私は、真っ先にその人の顔を見た。髪の毛をお団子にした、優しそうな目の綺麗なお姉さん。

「私はお姫様じゃないよ! だって果物屋さんの子供だから!」

「あ、そうなんだ⋯⋯? わかった、じゃあ⋯⋯えっと⋯⋯」

「私はエルワー・ミル! 先生たちからはミルちゃんってよばれてます! いごおみりしおきを!」

 私の呼び名に悩んでいたお姉さんのために、学校で習った自己紹介の方法を実践する。履いているスカートのすそを持ち上げてあいさつ、これがお上品なれでぃーの証なのだ! 私のあいさつになぜか驚いたお姉さんは緊張がほぐれたのか、あいさつを返してくれた。

「ミルちゃん、か⋯⋯。私はエル、じゃなくってアルカ・ルミネア、世間からは時間泥棒って言われているの。以後お見知りおきを⋯⋯」

 白い長そでのTシャツに黒のロングスカート、お姉さんからすごくお上品なれでぃーを感じる。って、そうじゃない! この人、今自分から時間泥棒だって名乗ったのだ。

「お姉さん、泥棒さんなの? 私のことたべちゃう?」

 泣きそうになった私は身長の高いお姉さんを見上げて尋ねる。食べないよ、といったお姉さんの顔は嘘をついていない顔だったから一応信じるけど、油断はしない。えさになりたくない。

「そうだ、ねぇミルちゃん。お父さんとお母さんとお話がしたいからおうちまで案内してくれる?」

「⋯⋯お父さんは私が生まれる前に死んじゃった。お母さんは⋯⋯まだ帰ってきてない」

 三年前、私に一日のお留守番を頼んだっきり、お母さんは居なくなってしまった。今は学校の先生たちが日替わりで家に来てくれるけど、寂しい。お姉さんはこつん、とハイヒールを鳴らして後ずさった。

「あ⋯⋯。⋯⋯そっか、ごめんね」

 私は俯いて首を振る。お姉さんは何かをしばらく考えて、明るい声で私に提案した。

「ねぇミルちゃん。行ってみたいところってある? 私ね、さっきも使ったんだけど瞬間移動テレポートっていうすごいことができるからどこにでも行けるよ! 遊園地とか、海岸とか――」

「お母さんが話してくれた所、行きたい」

 ずっと思っていたことが口からこぼれ落ちる。私が、お母さんがうそつきじゃないって証明したい。今までのことを伝えると、お姉さんはしゃがみながら優しい声で私に言ってくれた。

「分かった。ミルちゃんと、お母さん。両方とも嘘つきじゃないって、私と一緒にその子たちへ証明してやろう!」

 気分がぱぁっと明るくなる。お姉さん、時間泥棒さんが証明してくれたら、きっとみんなも信じてくれる!

「じゃあ、まずはお母さんのお話をきかせてくれるかな?」

「うん、いいよ! そこはね、お空がいっちばんキラキラして見える所でね、そこにはね――」

 見たことのない場所だけど、詳しく、止まることなく説明ができる。何回もお母さんに聞いたおかげ。お姉さんは私の話を楽しそうに、でもなんだか寂しそうに聞いてくれていた。

 

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時間泥棒と嘘つきの未来 @sokoranozassou

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