宮間の呪い
横内孝
宮間
最近、空き部屋だった隣に誰かが越して来たようだ。引越しの段ボールが家の前を塞いでいたので、私は遠回りして仕事に出かけた。
ある日、夜も更けた頃、仕事から帰ってくると見慣れない若い男性が、私の部屋の前に立っていた。一瞬私は、空き巣か何かと思ったが、手には気持ち程度の米を持っていたことから、引っ越してきたお隣さんだと気付いた。ずっと私はその男性をずっと見ていた。すると男性はこちらに気付き、少しおどおどしながら声をかけてきた。
「あ、あの……あなたはそこのお部屋にお住まいで……?」
「は、はい。あなたは……。」
「私はおととい隣に引っ越して来ました、宮間って言います……。これはほんの気持ちですがどうぞ……。」
「あ、どうも。川西って言います。よろしくお願いします。」
彼はなぜ怯えているのか。初めての挨拶で緊張しているのか、少し落ち着きがないように見える。とりあえず、挨拶を終えると宮間は部屋に帰って行った。
私と宮間の部屋の間には勿論壁があるが、このアパートが古いためか、音が丸聞こえだった。しかも何故か宮間の家側の壁だけ……。
ある朝、この日仕事が休みだった私は、ふと耳を壁に傾けた。すると、女性のうめき声や謎のオルゴールの音が聞こえてきた。私は腰を抜かしてしまった。一体宮間は何者なのだろうか……。私は勇気を出して、毎日壁に耳を傾けた。その度に、何かを逆再生したようなくぐもった音、人の叫び声など恐怖度が増していった。そして、ある日を境に、私は壁に耳を傾けるのをやめた。代わりにクラシックを流して少しでも心を落ち着かせようとした。イヤフォンをつけ音量を上げて聴いていた。しかし、突然赤子が大泣きする声が流れ始め、男性の悶え苦しむ声が聞こえて来た。私はびっくりして頭を壁に打ちつけてしまった。すると、音が鳴り止んだ。
そのすぐ後、私の部屋のインターフォンが鳴った。恐る恐るカメラを覗いてみると、やはりそこには宮間がいた。彼は何かをぶつぶつ呟いていた。私は恐怖のあまり体が動かなくなり、ただずっとドアの奥で立っている宮間をずっと見ていることしかできなかった。しかし、なんとか息を殺して、私がいることが悟られないよう気配を消した。その後も宮間はインターフォンを鳴らしたり、ドアをノックしたりを繰り返し、ようやく部屋へ戻っていった。私は安心して床に座り込んだ。その時、『ギイィ』と、床が鳴った。
帰りかけていた宮間はサッと私の部屋の前へ再び戻って来た。今度は、ドアノブをガチャガチャ回しなんとか入ろうとしようとしてきた。私は泣きそうになっていた。
そして宮間はついに私の部屋のドアを蹴破って入ってっきた。
「きゃああああああ!」
「お前は知りすぎた……。さて、どうしてやろうかな……。」
「な……、何……?あなたは何者なの……。何が目的なの?あなたは一体……。」
「俺はなあ、悪霊だ。ある神社の封印を解きここまでやってきた。人の恨みや憎しみを集め、音にして流すことで俺の力が増幅していくのだが……、お前はその音を聴きすぎてしまった。」
「そ、そんな!私だって聴きたくて聴いてたわけじゃないんだから!」
「へえ、そうかい。それなら聞かせてやるよ。今まで集めた負の感情たちを、今ここでな!そしてお前の中にある感情そのものを全て吸い取ってやるわ。」
すると宮間は、カバンから小さな箱のようなものを取り出し、私に向かって開けた。中からは、壊れかけのオルゴールの音色、男性のうめき声が聞こえてきた。私は次第にその音に呑まれていき、どんどん廃人になっていった……。その時一瞬の出来事すぎたので、抗うことすらできなかった。とうとう私はすべての感情を吸い取られ、廃人になった。もう、私と言っていいのか……。
それからどうなったか……。私は宮間におもちゃのように操られた。
諦め切っていたその時、宮間の箱が急に暴走し始めた。どうやら宮間の箱は善の感情を吸収することができないようになっていたため、無理やり全ての感情を吸い取った箱は次第に壊れていき、今まで箱の中に溜まっていた感情は溢れていき、善の感情と一部の負の感情が私の元へ戻っていった。
自我を取り戻した私は宮間の魔の手から逃れることに成功した。そしてすぐに警察へ連絡した。
数日後宮間は逮捕された。私は今まで通りの生活をしていた。ただ、時々あの時の音が聞こえたり、力が抜けたり後遺症が残った。
そして今、隣の部屋は封鎖されている。さらに、薄かった壁も防音壁が付け替えられた。
ただ、私は度重なるフラッシュバックに悩まされたので、別のところへ引っ越した。
それでも、あの時溢れた負の感情の影響で未だ、その壁の向こうから壊れたオルゴールの音色とともに……
『カワニシ……マイコ……ユルサナイ、オマエ、オカス……。』
という声が、聞こえてくるとかこないとか……。住民は次々に離れていき、ついにアパートには誰も住む人がいなくなった。
そのアパートは未だ取り壊されていない。いつしか心霊スポットとして、ネットで話題になっていた。今でも負の感情を吸い取り続けていることも知らずに……、廃アパートに来た訪問者の心をおかしくさせているため、絶対に近づいてはいけない。
そう、宮間の恨みはいつまでも私に付きまとうのだった。
奴の肉体は普通の男のものだった。どこで取り憑かれたのかは分からないが……。いずれにせよ奴の本体が未だあの部屋と私の近くにいる限り、重い空気はずっと流れていくのだった。そしていつしか私の新しく借りた部屋にも……。
平成二十八年 十一月九日
川西麻衣子 二十二歳
十四時二十五分ごろ、自宅で倒れているのを発見。
病院に搬送されるも、すでに意識不明の状態。
二十二時十五分 逝去 原因不明
宮間の呪い 横内孝 @Ykuc_takosu
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