終章「男子高校生の日常」
公園でのできごとからまた数日。
肩の傷はすっかり、跡形もなくきれいになった頃。
彼らは市内のショッピングモールのファストフード店にいた。
日曜ということもあってか、モール内はどこもかしこも家族連れやカップルでごった返している。
外の天気が悪いことも影響しているかもしれないなと、清司は単純に考えた。
テーブルにはハンバーガーとポテトとドリンクのセットが人数分置かれている。
いただきますとつぶやくように言って、自分の前のトレーのハンバーガーにかぶりついた。
公園でのできごとの翌日。
康樹が
「そういや今回って、報酬もらう約束してたんか?」
と清司に尋ねてきた。
そんなことは微塵も考えていなかった彼は、思考が停止してしまう。
そういえば、報酬がどうとか、タダ働きがどうとか言っていたか。
過去の記憶をたぐりそんな会話を思い出して、正直に忘れていたと白状した。
そこで、仕方がないと康樹が平田に話をつけに行き、このハンバーガーチェーン店の割引チケットを人数分もらってきたというわけだ。
それも、使用期限が今日までというおまけつき。
おかげで今日こうして、特にやることがあるわけでもなく、男四人が無駄に集まり、ハンバーガーを食べている。
無言で食べすすめていると、正面に座っている康樹がテーブルに身を乗り出して、珍しく声をひそめて言った。
「な、オレから見て斜め前のあそこの席に座ってる女の子可愛くね?オレの超好み!声かけてみよっかな!」
見ると、自分たちと同じ年頃であろうショートカットの女子が、一人でテーブル席に座っていた。
すると、康樹の隣に座る充晶が少し鼻で笑ってみせる。
「康樹の好みはお子様だね。それに、彼女は多分待ち合わせだよ」
なんの根拠があってか、そう言うと、康樹は「えー!」と文句の声を上げた。
会話に混ざる気はさらさらないが、ポテトを口に運びながら、康樹が注目した彼女を横目に気にしていると、充晶の言うとおり、おなじ年頃の女子と、少し年上に見える男が二人やってきて合流する。
「わぁ……ダブルデートってやつかぁ?」
「ぐわー!ま、じ、か‼」
唖然とする隣に座る太壱と、ショックを受け頭を抱える康樹。
それを眺めながら黙々と塩が効いたポテトを食べ進める。
「僕はそこに座ってる彼女のほうが、まだ望みがあると思うけど」
そう言って充晶が示したほう——彼の真後ろの席には、ミドルショートの女子と、セミロングの女子の二人組が、向かい合って談笑していた。
こいつの目はいったいどこについているんだと内心呆れつつ、ドリンクのストローに口をつける。
「試しに僕、声かけてみようか?」
言いながら、ちらりと後ろに視線を送る。
と、それに気づいたのか、女子二人は顔を突き合わせてヒソヒソと話し始めた。
「やめといたらー?」
「成功したらオレもまぜて!」
太壱と康樹がそれぞれ言う中、清司は自腹で買ったナゲットにソースをつけ、口に放り込んだ。
「ま、今日はナンパする格好でもないし、やめとくけどね〜」
言いながら肩をすくめてみせる充晶。
後ろの女子は食べ終わったのか、トレーを持って席を立った。
自分たちの席の横を通り過ぎたあと。
「ね、ヤバくない?」
「え?」
「あの4人組」
「たしかに、イケメンがいる!」
「でしょ!」
「「あの背高い人!」」
その声が聞こえたのか。
充晶が彼女たちに向けて、身内からすればわざとらしく、手をひらひらと振ってみせた。
彼女たちは再び「ヤバーイ!」と、ある種の黄色い声をあげて小走りに去っていく。
「これはワンチャンあったかもね」
と、何故か正面のこちらを見て言う充晶。
その言葉に反応する気にもならず、最後のナゲットを口に放り込んだ。
いつもの流れなら、このあとはゲームセンター巡りかカラオケか。
彼はふう、と息をつくと、残っているドリンクを飲みほし、視線を店の外へと向けた。
モール内を行き交う生きた人間にまぎれるように、見えない世界の住人が行き来する光景を眺める。
それはやはり、彼にとっては日常の光景に過ぎない。
三人の話す声、店内のざわめき、モール内のアナウンスの声。それらが今日はやけに遠くに感じ、彼は持っていた空のカップをトレーに戻した。
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