3章「延長二試合」

 店の外では興奮した康樹と充晶が、今しがた見たのであろうことを、人目もはばからず話していた。


 二人のテンションはマックスに近い。


 存外無事な姿にホッとしつつ、清司はため息をついた。


 太壱はまだ出てこないが、兎にも角にもこの二人を黙らせなければ、人目を引いて仕方がない。


 清司は夢中で話している二人の頬を同時につねった。


「「痛だだだだ‼」」

「お前ら少し黙れ。商店街で晒しもんになりてぇか」


 そこまで言うと、頬をつねった事への抗議はあろうが、一先ずは二人とも黙ってくれた。


 二人には玉とどんな契約をしたのか聞きたいところだが、それは四人揃ってからの方が良いだろうし、今ここで聞くには人の目があり過ぎる。


 とそこに


「……え?」


 そんな声を漏らしながら太壱が現れた。


 それこそ、本当にその場に瞬間移動でもしたかのごとく現れたのだ。


「え?太壱、いつの間にそこにいたの?」

「え、あ、いや、あれ?」


 そんな康樹の声に、太壱本人も何があったのかわからない様子だ。


 店を振り返ると、そこはあたかもはじめからそうであったかのように空き店舗になっており、入り口はシャッターで閉められている。


 あの店の名残など、どこにもなかった。


「……そんなオチだと思ってたけどよ」


 清司はぼそりと呟いた。


「え、僕達今までここにあった店に居たよ、ね?」

「そうだよ……なぁ?」


 充晶と康樹がはてなマークを浮かべている。


 自分は自ら店を出てきたが、おそらく他の三人は、用が済んだ為店主から追い出されたのだろう。


 あの店主もとい付喪神の話であれば、店ごと姿をくらますことなど容易く出来るはずだ。


 あの店自体が生きているのだから。


 それはそうと。


 この後はどうするか。


 ともかくこの場からは離れたほうがいいだろう。


 清司はいまだ疑問符を浮かべている二人の腕をがっしり掴むと、商店街の出口へ向かい、歩き始めた。



「いやー、何だったんだろ、あの店?」

「ホントだよね!気付いたら無かったもん」

「この貰った玉も契約?したら色変わってたし!」

「え?見せて!……ホントだ!確か充晶のやつ真っ黒だったよな?少し透明になってるじゃん!」

「康樹のは?」

「オレのは赤のまんま。でもオレのも最初より透明な感じになった!宝石みたいだ!」


 そんな会話をとめどなく繰り広げる二人を尻目に、清司と太壱は出されたコーヒーをすすっていた。


 あれから、午後から家族が居ないという康樹の家に立ち寄り、何があったのかをまとめようという話になったのだが、終始この調子で止まる様子がない。


 口を挟むのを半ば諦めて、二人黙ってコーヒーをすするしか無かったのだが、


「オレ赤好きだからいいけどさー。でもすげーよなあの店!もう一回行きたいな!」

「ぶふっ!ゴフッゲフッ‼」


 そんな康樹の脳天気とも取れる発言に清司は思わずむせ込んだ。


「わ、何だよ清司ー。汚いぞー」


 正面にいた為か、テーブルを拭きながらそう抗議してきたのは康樹だ。


「誰のせいだ!」


 自身もティッシュでコーヒーを拭いながら反論する。


 二人のおかげでどれだけ自分が神経をすり減らしたか。


 言ってやらなきゃ気がすまない。


「お前ら、あの店がどれだけ——」


 そう言いかけた所で


「ところでさ。太壱と清司は玉と契約したの?」


 清司の言葉に被せるように充晶が質問してきた。


 言いかけた言葉を引っ込め、太壱と顔を見合わせる。


「契約はしなかったよ」


 落ち着いてそう答えたのは太壱だ。


 太壱は珍しくため息をつくと、二人に向かって真剣な面持ちで話した。


「二人とも契約したって言ったよな?それはきちんと内容を確認して納得した上でしたのか?」

「えっと……」


 そう口ごもったのは康樹だ。


「もちろん。僕はちゃんと確認したよ。こういうことは細かいところまできちんと確認しないとね!」


 充晶は胸を張ってどこか自慢げだ。


「そうか。確認したにしろしないにしろ、二人が契約した理由は?」


 太壱はウンウンと頷きながら次の質問をする。


 この質問には、二人がほぼ同時に答えた。


「「面白そうだから!」」

「「ばかやろう!」」


 それまで黙っていた清司と、質問をした太壱が、流れるようにコンマ数秒で同時に突っ込んだ。


 太壱は天を仰ぎ、清司はこめかみを抑え、それぞれに深いため息をつく。


 そうだ。理由など考えるまでもない。


 この二人は、中学二年から友達付き合いが始まった当初から、心霊の類に興味津々で、常々清司と太壱に幽霊や化け物の類が見えることが羨ましい、自分たちにもそういったものに関わる術は無いのかとせがんでいたのだ。


 もちろん、そんな方法を知るはずもない二人は、二人の話をまともに相手にすることは無かったのだが、よもやこの様な形で特殊能力を手にするとは思ってもみない。


 が、理由だけは予想通りすぎて、二人はある種の倦怠感を覚えていた。


「はぁー。で、お前ら二人、それぞれ何の力なんだよ」


 ため息まじりに清司が問う。


 先に答えたのは充晶だった。


「僕は確か『隔離』だったよ。物とか空間を隔離してどうのこうの言ってた」


 その「どうのこうの」の部分が最重要なのだが。


 そんな事を思いながら口には出さず、康樹に目をやる。


 康樹は充晶とは対象的に、視線を泳がせつつ


「えーっと……確か……ほ……ほー……」


 単語が出てこないのだろう。


 流石に「ほ」だけではこちらも予想しようがない。


 と、そこに充晶が助け舟を出す。


「『捕縛』って言ってなかった?」

「あ!そう!それ!『捕縛』だ!」


 思い出せたのだろう。


 ぽんと手を打ちながら言う。


「で、内容は?」


 ジト目で清司が問うと今度は自信満々に答えた。


「対象の捕縛だってさ!」

「そのまんまだな」

「そうだな」


 またも太壱と二人ため息をつくと、清司は康樹と充晶に向かって言った。


「で、そんなもん、いつ、どこで使うんだ?」


 今度は康樹と充晶が顔を見合わせる。


「見えもしない、感じもしないゼロ感のお二人さんが、そんな大層な能力、どこでどう使うんだよ?」


 ちょっと意地の悪い言い方だが、この二人にはこのくらいはっきりと言ってやらないと効き目がないのは、これまでで経験済みだ。


 太壱も


「そうだね。それに、たとえ結界が張れて、「対象」を捕まえる事ができたとして、その後どうするのかも問題だよね。そのまま捕まえっぱなし?」


 と、追い打ちをかける。


 二人は「うぐぐ」と押し黙ってしまった。


 力を手にしただけで舞い上がっていたのだろう。


 と、充晶が閃いたように顔を上げる。


 これは嫌な予感。


 清司は身構えた。


「そういえば、四つの玉はひと揃えなんだよね?太壱と清司の玉の力はわからないの?」


 言うと思った。


 これは充晶の搦手だ。

 

 こういう質問の仕方に迂闊に答えると、清司一人の時はいつも上手いように丸め込まれる。


 が、今回は太壱もこちら側だ。


 そうはいかない。


 清司は太壱に視線を送りつつ答えた。


「契約もしてねぇのに、知るわけねぇだろ」

「ま。知ってたとしても、契約してないんだから使えないしねー」


 さてさて。


 このハッタリがどこまで二人に通用するか。


 契約していないのは紛れもない事実だが。


「あー。そうだよなぁ~」

「ガッカリだよ」


 どうやら上手く行ったらしい。


 二人は見るからに落胆してみせる。


 が、充晶はまだ引き下がらなかった。


「じゃあさ、二人の玉、見せてよ。見るくらい良いでしょ?」


 コレは逃げ道がない。


 胸中で舌打ちしつつ、清司はカバンの中から玉を取り出した。


 見ると、太壱も苦虫を噛み潰したような顔をしているので、同じような心境だろう。


 清司の玉は、さきほどと変わらない、ガラスのような透明なものに。


 太壱の玉は絵の具のような青からやはり透明度がある青に、それぞれ変化していた。


 こればかりはごまかしようがない。


「あー!あの箱に入ってたときと色とか変わってんじゃん!ホントは二人も契約したんじゃねぇの?」


 やはりというべきか。


 康樹が指をさして言う。


 さて、どう答えたものか。


 清司が困っていると、太壱がため息まじりに答えた。


「それは多分、あの箱からおれ達の手にそれぞれ渡された段階で、玉自体が覚醒したんだと思う。現に箱に入ってる段階だと、間違いなくただの物だったんだけどな」


 太壱の答えに清司も続く。


「それは俺も思ってた。あの店の中にあるモノは全部付喪神だったのに、これだけは何もない、ただの「物」だったんだ。それに、コイツと話したとき、「これまで眠っていた」って言ってたからな」


 と、そこに充晶が身を乗り出してきた。


「会話したの⁉」


 しまった、と後悔した時には遅かった。


「え!あ、そっか!会話したってことはいろんな話したよな?どんな話したんだ?」


 康樹も身を乗り出して、充晶と同じく目を輝かせている。


 チラリと太壱を見ると、彼は頭を抱えていた。


 どうやら本当にヘマをやってしまったようだ。


「本当はどんな力なのかも聞いてるんじゃないの?」

「え?そうなのか?どうなんだ?」


 一度くらいついたら早々には離してもらえないことも、これまでの経験からわかっている。


 わかりきっていた。


 清司は自分の話術の下手さ加減に嫌気がさした。



 結局。


「って訳で、俺の玉の力は『消滅』。でも契約はしてないからな」


 何やかんやと店の中で起こっていた、二人には見えていなかった部分を話し終え、清司は残っていたコーヒーを飲み干した。


 太壱も話の流れで話さざるをえなくなり、玉の力が『封印』であるという事も分かった。


 わかったからと言って、何か進展があるわけでもなく、康樹と充晶の二人の興味を引いただけだったが。


「なんで二人は契約しないんだよ?」


 康樹が尋ねる。


 太壱は少し困ったように今日何度目かのため息をつきながら答えた。


「必要ないからだよ」

「え、なんで?」

「そこらのモノたちを封印したからって何になるのさ?」

「俺は、あちら側の住人に恨みを買う真似だけはしたくない」


 太壱も同じ意見らしく、ウンウンと頷いている。


 ここまで聞いて、康樹と充晶はようやく諦めたようだ。


「あーあ。化け物退治したかったなー」

「だよねー」


 と、未だに馬鹿なことを宣っているが。


「俺は平穏無事に高校生活送りてぇんだよ」

「右に同じく」


 揃って同意見を述べた清司と太壱は、その後は門限を理由に席を立った。


 時刻は既に十八時を回っている。


 康樹の家から普通に帰れば、ギリギリで親には怒られない時間には、自宅に到着できるだろう。

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