第二章 鍵師

1.職人の街の錆びた看板

早朝の光が、都心から外れた古い商店街を照らしていた。

​ここは、かつて職人たちが集まり、街の生活を支えていた場所だ。再開発の波から奇跡的に取り残され、錆びた看板と煤けた壁が、時が止まったような静寂を保っている。

​如月と五十嵐を乗せたタクシーは、その商店街の裏通りで止まった。

​「ここですか…?」

​五十嵐は、ナビゲーションアプリと目の前の風景を見比べた。地図が示すのは、古びた二階建ての建物の前だ。その入り口の上には、真鍮の板に彫られた看板が、かろうじて文字を読み取れる状態で残っていた。

​『錠と螺旋(らせん) — 鍵師・篠原 宗介(しのはら そうすけ)』

​ガラス戸の奥は暗く、店先に並ぶのは、現代では見かけることのない複雑な装飾の施された古い南京錠や、巨大な金庫の鍵ばかりだ。

​「彼はここで、古代から現代に至るまでの、あらゆる錠前を研究している」如月は言った。「単なる鍵屋ではない。鍵の歴史家であり、哲学者だ」

​如月がドアを叩くと、奥からゴトゴトと重い音が響いた後、ゆっくりと扉が開いた。

​現れたのは、五十代後半と思われる痩せた男だった。黒縁の眼鏡をかけ、白衣を着ているが、その白衣は真鍮の粉と油で薄汚れている。彼の眼差しは鋭く、まるで目の前の人間ではなく、その人間が持つ秘密の鍵穴を見つめているかのようだ。

​「如月か。久しぶりだな、警視庁をやめて以来か」

​「久しぶりです、篠原さん。お急ぎのところ申し訳ない」

​篠原は五十嵐を一瞥し、すぐに如月へと視線を戻した。

​「刑事も連れてか。厄介なことのようだな。中へ入れ」

​工房の中は、一種異様な熱気に満ちていた。壁という壁には、世界中から集められた錠前が隙間なく掛けられている。古代エジプトの木製錠、ローマ時代の金属錠、日本の和錠、そして近未来的な電子錠の試作品まで。それらが放つ鉄と油と、古い紙の匂いが混ざり合い、独特の空間を形成していた。

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