番外編小話 サブスクの履歴にはご注意

これはミズキ達が修行をする前の日常である。


ミズキの日課は透の隣で人間界の映像を見ていた。

かつて天界でも、透が持ち込んだ書物を読みふけっていたという。『鉄腕アトム』『火の鳥』——どちらも、神の創造と人の矛盾を描く物語だ。


「手塚治虫先生は……素晴らしい。」

画面を見つめるミズキの目が、まるで光を宿したように潤んでいた。

「これだけの人格者なんだから、きっと天界にいらっしゃるだろう。サインもらえるかな…」


透は笑いながら、前に流した動画サイトの履歴を思い出した。

あれは……たしか、セーラームーンとベルばら特集。ミズキの“男装女子設定”を磨くためだった。


「この年代の作品はすごいな……ええと、候補にあるのは——『まいっちんぐマチコ先生』? 見てみよう!」


——嫌な予感しかしなかった。

案の定、五分後には天界の天使が固まっていた。


「これは……なんという衝撃的な……!」

ミズキは真剣な顔で続ける。

「しかし、生徒が何をしても受け入れるマチコの器の大きさ。あんな寛容な人間が増えれば、争いも減るんじゃないか。すごいな、マチコ。」


透は笑うしかなかった。

だが翌朝、その笑いは凍りつく。


朝食の味噌汁をすすろうとした瞬間——


「透!」

ミズキが勢いよく振り向く。

「手塚治虫先生の作品は素晴らしいし、マチコもすごい女だな!」


「ぶふっ——!」

透の味噌汁が、テーブルの上で奇跡の放物線を描いた。


——その夜、透は静かにサブスクの履歴を全削除した。

天使の教育は、いつだって命がけである。

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