3年前の悪夢

 3154年01月21日。私は今日も研究をしている。その時、昨日の助手がやってくる。助手は少し照れ臭そうに、


 「昨日はありがとうございました。おかげで久しぶりに家族とご飯を食べに行けました。陽菜博士は、家族とお会いしたりするんですか?」


 昨日、親孝行できたんだな。そう思った。私は結局親不孝者だった。だからせめて私の周りの人には後悔をしてほしくない。そして、私は苦笑いしながら答えるしかなかった。


 「私は最近仕事が忙しくって、家族には会えていないんだ…気にしなくても大丈夫だよ。私は大丈夫だから…」


 「あんまり無理しないでくださいね。もし私が変われることがあるなら変わりますからね。どうか無理はしないでください。」


 私はそんな話を聞きながらあの時を思い出す。あれは確か3年前の…


 ――3年前


 3151年04月10日。私は、表彰台の上に立っていた。


 「自分の発明が認められたんだ。」


 そう思うと嬉しくてたまらなかった。皆が拍手をしてくれる。これで親孝行もできるそう思っていた。子供のころから親には迷惑をかけてばっかりだった。誕生日プレゼントなどに、専門器具をもらったりしようとして困らせたことだって何度もある。だからこそ、このコンテストで優勝して。親に喜んでほしかったのだ。しかし現実は違った、この日からは悪夢の始まりだった。


 すでにこの時は遠くの科学専門の学校に通っていたため、一人暮らしをしていた。そんな家に誰かがやってきた。うちには誰も来ないはずだ。私に用がある人なんてテスト前の友達くらいしかいないだろう。私はドアを開け、


 「どちら様ですか?」


 「国から派遣されたものだ。あなたは、松田陽菜で間違っていないな。国からご命令が来ている。ご同行願おうか。」


 「私は何もしてませんよ。それに命令って何ですか。」


 「後で説明してやる。とりあえず来い。」


 そう言われ半ば強制的に連れていかれた。歩いた先にはリムジンが止まっていた。周りの音が聞こえない。時間が遅く感じた、いつも見慣れた景色は異世界のように違って見えた。私はそれに乗り街の方へと向かっていった。そしてとある研究所に連れていかれた。そのまま接待室のようなところへ連れていかれた。目の前には、国のトップが座っていた。


 「あなたが松田陽菜で間違いないな。私が言いたいことはただ一つ、コンクールで優勝した君を、推薦してこの研究所で働いていただきたい。研究内容は今のうちに話しておこう。君には兵器開発をしていただく。ここから先の未来世界はきっと争いが起きてしまうだろう。その時の兵器だ。」


 「お断りします。私は研究者になりたいですが、兵器が作りたいわけではありません。」


 「拒否するならこちらにも手がある。大変心苦しいが君の家族には、死んでもらおう。もちろん君が開発してくれるなら話は別だ。それに、開発が終わったら開放してやる。」


 相手は狂っている。人の命を天秤にかけてきた。これまで迷惑をかけてきた、家族に迷惑はかけれない。私一人で済むのなら…


 「分かりました。開発します。」


 震える声でそう言った。


 「良い返事をいただけてうれしいよ。さて、まず君は表では死んだことになってもらう。だから、もう松田陽菜では暮らせない。これからは22歳の陽菜博士として暮らせ。勿論家族や友人にばらすようなことがあったら。その人ごと消えてもらうからな。」


 私は思考が追い付かなくなった。自分は死んだことになる?松田陽菜ではなくなる?よく理解できなかった。


 「簡潔に言うと君は松田陽菜ではない。今から君は陽菜博士だ。これが君の免許証と、博士号だ。」


 手渡されたものを見るとそこには、


 「免許証」

 「向井陽菜 22歳」


 その瞬間、世界が止まったように感じた。私はもう、松田陽菜ではない。名前も、日常も、過去の私も、すべて奪われた。鏡に映る自分の顔は、確かに私の顔なのに、見知らぬ誰かがそこに立っているようだった。

 

 思い出すのは、両親に迷惑ばかりかけてきた日々。誕生日や小さな幸せの瞬間も、今や遠い幻のようだ。あの笑顔も、あの叱責も、手を伸ばせば届くはずだった過去も、もう手の届かない世界に消えてしまった。


 部屋の空気は重く、心臓の鼓動が耳に響く。私は、未来を背負わされることになる。選択の余地は与えられなかった。家族を守るため、私の存在すら消される危機をくぐり抜けた今、この新しい名前と共に歩むしかない。

 

 ――向井陽菜


 この名が、私に与えられた運命だ。名前だけではない。人生そのものが書き換えられ、私はもう誰のものでもない、私だけの孤独な道を歩むのだ。友も、家族ももう居ない。皆の中では私は死んだことになっているのだから。


 外の世界は淡い光に包まれ、平和に見える街も、私には届かない。私が守るべきものは、目の前の現実と、決して戻れない過去の亡霊だけだ。胸の奥で、重い喪失感が波のように押し寄せる。涙は出なかった。出してはいけない気がした。弱さを見せる暇も、許される暇も、もうないのだ。


 それでも、私は前を向かねばならない。手にした免許証の紙切れが、これからの戦いの全てを示している。静かに息を吐き、私は新しい名前を胸に刻んだ。向井陽菜


 ――それは、孤独と覚悟の象徴でもあった。


 過去の自分に別れを告げ、未来の自分に問いかける。


 「これから、私は何を選ぶのだろう。」


 答えはまだ見えない。だが、足を止めることだけは、決して許されない。「向井陽菜」


 ――この名が、私のすべてになった瞬間だった。


 深く静かに胸を沈め、私は誰も知らない戦いの始まりに、孤独な一歩を踏み出した…

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