第24話 湖の乙女






その日、私は珍しく緊張していた。


これから会う相手は、エルフ社会においても特殊な立場にある人なので、失礼がないよう服装を整える。


すると、その様子を見ていた妹のユウナが声をかけてきた。


「あれ?お兄さま、今日はどこかにお出かけするの?」


小さかったユウナも、この3年でかなり成長した。

まだ14歳なので少しだけ幼さは残しているが、もう大人の一歩手前と言っても良いだろう。


「ああ、クオン殿に会ってくる。」

「クオン様に!?いいなー!私も行きたいー!」


ユウナが駄々をねる。

先ほど成長したと言ったが、やっぱり、まだユウナはユウナだな……。


「ユウナ、いつも言っているが、私は遊びに行くのではない。クオン殿とは、とても大切な約束があるのだ。」


私はユウナをさとす。


「ぶー!ぶー!」


何だかぶーぶー言っているが、ダメなものはダメなのだ。


「代わりに、今度ジン殿に会いに行く時に連れて行ってやる。それで我慢しなさい。」

「えー。ジンお兄ちゃんも好きだけど、私はやっぱり、憧れのクオン様に会いたいな……」


なんか、すまないジン殿……。

私は、その、野性味あふれるジン殿も好きだぞ。


私は何とかユウナに言って聞かせて、クオン殿に会うために、ダートネス氏族の集落を出発した。






クオン殿はこの時間、エルフの森の北側にある湖で訓練を行っている。


森にできた獣道を利用しながら、湖まで歩き続ける。

しばらくすると、視界に入る光量が増え、間もなく景色が開けることを察した。


そのまま森を抜けて、湖へとたどり着く。






「――――――――」


森を抜けた先の湖は、まるでそこだけ別世界であるかのように静寂に包まれており、普通であれば耳に入るであろう水鳥みずどりの鳴き声なども一切聞こえない。


朝靄あさもや残滓ざんしとも呼べるであろう、薄っすらとした霧だけが、かすかに湖を覆っているのみだ。


「――――――――」


私は、静寂に包まれる湖の空気に飲み込まれたかのように、言葉も発することなく、その場に立ち尽くして水面を眺める。


すると、薄い霧に包まれた湖に、人影ひとかげが――――いや、人との影があることに気がつく。


当たり前だが、人も馬も、水の上に立つことはできない。






――――たったひとつの例外を除いて






やがて、湖の水面を風が流れ、薄い霧がゆっくりと晴れていった。


そして、先ほどの人影があらわになる。 




――――女性だ。




その女性は、まるで湖の守り神であるかのように、水色の髪をなびかせながら、瞳を閉じてたたずんでいた。


そして、彼女が跨る馬は、通常の馬より2回りほど大きく、何より通常の馬には決してない特徴――――鋭い1本の角を、ひたいから生やしている。




「―――――――っ」


私は、その神秘的な光景を前に、思わず息を飲んだ。


もう一度言おう、人も馬も、水の上に立つことなど決してできない。


たった1つの例外を除いて。


我らエルフと、根源を同じくするとされる“精霊の民”――――飛竜と一角獣ユニコーン


エルフに古くから残る伝承では、ある精霊は世界樹へと祈り、空を自在に飛ぶ力を得て、飛竜となった。


そしてある精霊は、世界樹へと祈り、大地を踏破し、山岳を越え、水面すらも駆け抜ける力を得た。

それが、一角獣ユニコーンである。




エルフ社会において、飛竜の騎乗技術を伝承するダートネス氏族。


そして、一角獣ユニコーンの騎乗技術を伝承するアルリオン氏族。


目の前で、水面に立つ一角獣ユニコーンに騎乗している女性。




ある人は、水の精霊と呼び。




ある人は、湖の乙女おとめと呼ぶ。




そして、ダートネス氏族と双璧そうへきを為す、“精霊の民”の守り手――






――すなわち、アルリオン氏族長。


クオン=セネカ・アルリオン


その人であった。





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