君だけが日本

白川津 中々

◾️

「伊谷くん」


 まさかのビッグイベント。なんとあの澤井さんから声をかけられてしまったのだ。体の方々が熱くなる。


「なんですか澤井さん。本日なら朝まで空いておりますが」


「いや、一瞬で済むよ。理科室にノート置き忘れてたから届けにきたんだよ」


「おっと、これはかたじけない」


「それ、なんなの? 女子の名前と、その隣になんか、国の名前が書かれてたんだけど」


「……見ちゃいましたか」


「まぁ、軽く……まずかった?」


「いや、いやいや。そんな事はございませんよ。改めまして、お届けいただきありがとうございました」


「うん。それで?」


「は? あ、謝礼ですか。二百円くらいでよろしいでしょうか?」


「そうじゃなくて、なんなの? そのノート。なんかブラジルとかパラグアイとか、やけに南米が多かったんだけど。なんか私日本だったし」


「……聞かない方がよろしいかと」


「えぇ〜気になるぅ〜教えてよ〜」


「後悔されませんか?」


「しないしない!」


「本当に?」


「ホントホント!」


「ならお話ししますが……そこに書かれてる国は……」


「国は?」


「ヤレるかもパラメータです」


「……は?」


「ヤレるかもパラメータ。即ち、性交渉の確度です。本国と離れていればヤレる度が低く、逆に近ければ度合いが高い。まぁ、私はこのようにオタク気質ですので、大半が南米寄りになるわけですが……」


「え、私、日本じゃん」


「えぇ、はい。澤井さん唯一無二のジャパニーズ。間違いなくヤレる女認定です。おめでとうございます」


「……殴っていい?」


「それは構いませんが、この事、他の女子には言いふらさないでいただきたいのですよ。絶対汚物を見るような目で見られますから」


「いや、言うが? 当たり前に」


「僕が自殺するといっても?」


「しないでしょ」


「いいえします。オタクの行動力をなめないでいただきたい」


「……」


「……ほら、そういうとこですよ」


「はぁ?」


「澤井さんはそこで黙るんです。普通ならノータイムで"死ね"なんですよね。貴女は人がいいから、私のようなクソカスゴミムシであっても見捨てておけない。つまりはそういうところ。その人のよさにつけ込み、土下座して、ヤラしてくれなきゃ死ぬっつって半分切腹でもすれば股を開いてくれる。そんな優しさを持っていらっしゃるんです。故に澤井さん。貴女は日本なんですよ。スシゲイシャフジヤマhahaha!」


「……えっと、じゃ、試しに腹切ってみよっか!」


「分かりました。こんな事もあろうかとドスを常備しています。切りましょう。その代わり、生きてたらヤらせてください」


「は?」


「青春バンザーイ!」


「あ、ちょっと待て馬鹿! 本当に切る奴があるか! ちょ、先生! せんせーい! アホが一名ハラキリでーす!」


 その後、なんとか一命を取り留めたものの後遺症として何故が男性機能が喪失してしまい、俺のヤレる率は物理的にゼロとなってしまった。挙げ句、クラス中にヤレるかもノートの話が広がり停学処分。男子からはからかいのメッセージが、女子からは所持したら死ぬ系の呪物が着払いで郵送されてくるのだった。対応に追われ大変である。


 それはまぁいいとして……


「澤井さんと、ヤリたかったなぁ……」


 ワンチャンの損失。

 これがまったく俺を打ちのめし、胸に風穴を空けたのだった。


 性欲は儚く、夢は幻なり。

 流れ落ちる一雫は、リビドーと共に、永遠に消えく。

 人肌の温もりを知らずただ、孤独を歩む人生也。


 しばらくは、立ち直れそうにない。

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